ラブストーリーが突然に。
――翌日 赤口 戊辰
玲子は足早に駅に向かっていた。うっかり何時も通りの時刻に起きて二度寝をしてしまい、通勤ラッシュの電車に乗る羽目になった。
満員電車がホームに入ってくると、まるでメリーゴーランドの様に見えた。ドアが開くと吐き出される様に人が降りて行き、そして、吸い込まれる様に飲み込まれて行くと目の前に達也がいた。
驚いて足を止めたが、容赦なく乗客に押され二人は抱き合うような格好になった――
「あっ、おはようございます、玲子さん」
「おはようございます――」
「昨日の晩に再会して、今朝も同じ電車に乗るなんて、偶然も二度重なると必然だって言いますよね」
玲子は最早、声も出なかった。
満員電車で身体は密着し、上目遣いで達也の顔を見る事など、恥ずかしくて出来なかった。
「恋愛モードなら、紛うことなき神展開なのだろうけど、ラブ・ストーリーが突然過ぎて吐きそう……」
――結局、何も話す事が出来なかった。
電車が駅に到着すると「さよなら……」と言って降りようとした時に達也が「本当にダンス・クラブに遊びにおいでよ! 待っているからねっ!」と念を押されてしまった。
玲子は社員食堂でいつもの様に朝食を摂っていた――
「昨日、此処で彼女と出会ってから、おかしな事ばかり…… まさか、神通力でも有るのかしら? もしも、そうなら夜討ち朝駆けで神頼みの効果が現れている事になる……科学者、研究者として突き止める必要が有るわ」
朝食を済ませ、食堂から研究室に向かうと、ガラスに映り込む自分の姿を見ては溜息を吐き、洗面所で鏡に映る自分を見ては項垂れた――
「あぁ、ブスに恋愛の資格無し。ブスは恋愛の免許が失効。ブスは外出するな。ブスは家で寝ていろ。ブスは家で寝ているから豚になる。豚になる事でブスが少し隠せる。ブス隠しに豚になる。豚は人に非ず。早く人間になりたい! 恋の病を治してもブスは治らないまま。ブスに生まれてブスで死す……豚にはならずに済んだけど……」
玲子は持病が出ると、エンドレスで自分を責め続けてしまう癖が有った――
お昼休みにディーラーから連絡が有り、愛車が戻って来た。結局、原因が分からず「おそらく新車特有の初期不良だと思いますが、暫く様子を見て下さい」と言われ、高性能だと胸を張っていたクセに完成度の低い新型を買わされた事にガッカリして後悔をした。
地道な研究は果てし無く続くので、キリの良い所で終わらせて定時で退社をすると、めぐみの居る喜多美神社に直行した――
夕暮れ時の神社には人影は無く静まり返り、結界が有る様に感じられた。
玲子は冷たい空気の参道を静かに歩いた。すると、清掃作業中のめぐみと、お手伝いをする七海が視界に入った。
「こんばんは。めぐみさん、あなたと話したい事が有るの。ちょっと御時間を頂いてもよろしいかしら?」
「はい。構いませんが……何でしょうか?」
「昨日、あなたと会ってから不思議な事ばかり起きて、心当たりが無いか確認したいの」
「不思議な事って何でしょう? 心当たり……? 何もありませんよ」
「とぼけないでっ!『神頼みを後悔させない』って言ったでしょう? どうして私の神頼みの内容を知っているの?」
「嫌だなぁ……玲子さん、知っている訳が無いじゃないですか」
「嘘を吐かないで、内容を知らないのなら、何故、私のマンションの住所を知っていたの! どうして私が須藤玲子だと知っていたの? 本当の事を言って!」
「めぐみ姉ちゃん、この人だーれ? 喧嘩売ってんなら、代わりにあっシが相手してやんよっ!」
めぐみはファイティング・ポーズを取る七海を諫めた――
「七海ちゃん、この人はね、研究所で働く偉い人なんだよ。ほら……細菌の、腸内の。研究をしているの」
「最近の町内の様子なら、あッシの方が詳しいぜっ!」
「もうっ! ちょっと、あっち行ってて!」
めぐみは七海を遠ざけると急に眼光が鋭くなった――
「玲子さん。仮に、私が知っていたら何だと言うの!」
「何だ…って ………ぅっ …………」
めぐみは手を掴み「ぐいっ」と引っ張り、昇殿すると拝殿を抜け本殿に連れて行き、玲子をひとり残して姿を消した――
閉じ込められた玲子は本殿の神聖な空気と緊張感に居たたまれなくなり大声で叫んだ――
「こんな所に連れて来て、何をする気なの! めぐみさん、何処にいるの!」
すると、千早を羽織り、頭には前天冠を着け、長い黒髪を後ろで絵元結にしためぐみが榊を手に持って目の前に現れた。
玲子はその神々しい美しさに息を飲んだ――
「須藤玲子。口を慎め! ここは祭神が祀られている最も神聖な場所。『こんな所』などと軽々しく言って良い場所では無い。玉垣を巡らし、外界と区切っている、すなわち玉垣の外側が俗界、内側が神域なのだ!」
玲子はあまりの迫力に凍り付いた――
「は、はい。申し訳ありませんでした……」
「お主の願いは既に天国主大神に届いておる。にもかかわらず、本人がそれを信ずるどころか疑うとは何事か!」
「そんなの嘘です! 信じられる訳が無いでしょう……私が無神論者になったのは、子供の頃から神頼みを何度しても、何ひとつ叶わなかったからよ!」
「だからと言って整形手術などして何になる! くだらんっ! そんな願いを聞き届ける事は出来ぬ!」
「あなたみたいな美人にブスの苦しみなんか分かりっこないっ! 街を歩いても誰ひとりとして声を掛けてはくれないし、ダンスの時だって誰も手を差し伸べてはくれない、フォーク・ダンスですら手を握る事さえ拒否されて……子供には『おばさん』って言われるし、異性と認識されない辛さが分かる訳が無いのよ!」
めぐみの瞳の奥が「キラッ」と光った――
「科学者が美容整形外科医に騙されるなど言語道断! ブスは病気では無い! この世にブスなど居ないっ! ブスはお主の心だ! 親に貰ったその身体と、神が与えし霊を侮辱し汚しているのは己自身ではないかっ! 感謝する心を忘れ、逆恨みをするとは不届き千万! 成敗してやるっ!」
めぐみが手に持っていた榊を手放すと、ゆっくりと床に落ちて行った。そして、懐に隠し持っていた短刀を抜いた――
玲子は逃げようとして背中を向けたが、めぐみの左手が右腕を「むんず」と掴み「ぐいっ」と引っ張られて向き直った――
「えいっつ!」と言った声が本殿に響くと、短刀が「スッー」と心臓を突き抜けて行った――
意識が遠のく中で―― 玲子が最後に見たのは、静かに短刀を抜くめぐみが血飛沫で赤く染まって行く姿だった――




