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渡る世間は神ばかり。

  ―― 二月二十四日  赤口 癸丑


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「おざっす!」


「めぐみさん、お早う御座います」


「おはようさんですぅ」


「めぐみ姐さん、お早う御座います」


「まだ、寒いけど、ちょっと春らしくなってきましたね」


「そうね。梅も咲いたし、河津桜が満開よ。桜が咲く頃は、何時も新鮮な気持ちになるわねぇ」


「めぐみさん、典子さんはぁ、格好を付けてもぉ、花より団子なんですよぉ」


「そりゃ、お花見に団子は付き物じゃない。間違ってないでしょっ!」


「満開の言い方がぁ、やらしいんですよぉ」


「下ネタじゃないわよっ!」


「まぁまぁ。春は、美しい季節ですよねぇ」



 春を感じさせる日差しの中、巫女も神職の者達も、仕事に精を出していた――


「あれ?」


「何よ。どうかしたの?」


「今、伊邪那美様が、横切った様な……」


「まさか。本殿からは出ないわよ」


「気のせいですかね……」


「ほら、口を動かすと、手が止まるんだからぁ。手を止めないで、作業をして。集中して」


「あぁ、すみません」


 ピースケは、仕事に集中をしたが、やはり、気なっていた――


「チラっ」


「はっ!」


 授与所の窓の外に人の気配が有ると言っても、参拝者は、鳥居を潜って参道を歩いて来るので、拝殿の方向からの気配を感じるのは、位置的にピースケだけだった――


「ピースケちゃん、集中しなさい」


「めぐみ姐さん、今、チラって、横切りましたよ。やっぱり、あれは伊邪那美様ですよ」


「えぇ?」


 めぐみは、筆を止めて、頭を上げ外を眺めた。すると――


「誰も居ないじゃないの……あぁっ!」


 めぐみは目を疑った。伊邪那美が、授与所をすました顔で横切った――


「ほら、やっぱり伊邪那美様ですよ」


「何をやっているんだろ?」


「さぁ」


 めぐみとピースケは、顔を見合わせ、スルーをする事に決めたが、伊邪那美が何度も何度も授与所の前を行ったり来たりするものだから、仕方なく声を掛けた――


「あのぉ……伊邪那美様? 何か御用でしょうか?」


「おぉ、これはこれは、めぐみ殿。今日は天気も良く、春を感じさせるのぅ」


「めぐみ殿って……伊邪那美様。何か言いたい事が有るなら、ハッキリと言って貰えませんか? そう何度も何度も、授与所の前を横切られては、気が散って仕事が出来ません」


「気が付いているのなら、サッサと出て来れば、良いではないかぇ。気が利かぬ女よのぅ」


「伊邪那美様。『気が利かない女』は、女性が言われると一番嫌な言葉ですよ。禁句ですよ」


「これ、この私に『禁』など無いのじゃ」


「あくまで、一般論ですよ」


「うむ。まぁ、地上の人間の作法も、知っておく必要があるやも知れぬのぅ……」


「はっ!」


 めぐみは、ようやく七海の言葉が点と線で繋がった――


「ところで、めぐみ殿、その方に頼みが有るのじゃ……」


「はぁ。私に出来る事なら、なんなりと」


「心強いのぅ。実は、先日、和樹殿が参られた時、尋ねたのじゃ……」


「はい、何をでしょうか?」


「お腹を痛めて産んだにも拘らず、顔さえも見ず……死別してしまった我が子……しくしく、ぐっすん」


 めぐみは、わざとらしい小芝居だと思ったが、事実は事実と受け入れた――


「どうか、我が子を探し出して、連れて来て欲しいのじゃ。ひと目で良い、我が子に会いたい。会って、抱き締めてあげたい。そう思う母の気持ちを分かって貰えるかぇ? 女なら、分かってくれるのぅ?」


「あ、はい……」


 めぐみは、「分からない」とは絶対に言えない状況に追い込む伊邪那美に、軽くイラっとした。だが、駿を連れて来る事など容易い事だし、恩を売る絶好のチャンスだと心の中でガッツ・ポーズをした――


「めぐみ殿。この事は、くれぐれも内密にな」


「内密にですか?」


「なにせ、あの人は、怒りに任せて我が子を十拳剣で切り殺した張本人じゃ……火之夜藝速男神ヒノヤギハヤヲノカミに合わせる顔も無ければ、再び、切り殺さぬとも言い切れぬ故……」


「畏まりましたぁ」


「よろしゅう頼む。母の願いを叶えてくれた暁には、たんと褒美を遣わすぞ」


「ははぁっ!」



 めぐみは、伊邪那美の命を受けると神妙な面持ちで本殿を後にした――



「ぐふっ。伊邪那美様に、恩を売ると同時に褒美まで貰えるボーナス・ステージだよ。これは、チョロい案件。うっしっし」


 めぐみは拝殿から出ると、思わずスキップで授与所に戻った――


「あれ? めぐみ姐さん、伊邪那美様は?? 何か良い事でも有ったのですか?」


「良い事と言えば、良い事なんだよねぇ。ぐふっ」 


 めぐみはピースケに事情を話した――


「なるほど、それは好都合ですね。でも、確認の為、一応、和樹兄貴に連絡をした方が良いと思いますよ」


「和樹さんに? 何の連絡よ?」


「和樹兄貴が伊邪那美様に、駿さんとの関係を何処まで話したのか、確認はしておいた方が良いですよ」


「あぁ、そうね。そこ重要なポイントだよね」


 めぐみはケータイを取り出して、和樹に連絡をした――


 〝 トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル、チンっ! ″


「もしもし」


「もしもし。和樹さん?」


「あぁ、めぐみさん、こんにちは」


「こんにちは。和樹さん、ちょっと聞きたい事が有るんだけど?」


「あぁ。何だい?」


「伊邪那美様に謁見した時に、駿さんの事を話したでしょう?」


「あぁ」


「何処まで話をしたのか、知りたいの」


「えぇ? 何処までって……『駿が地上に居る』とだけ伝えたんだ。それだけだよ」


「じゃあ、私達の事は何も知らないのよね?」


「あぁ、何も。きちんと話をしたかったんだが、伊邪那岐様が傍に居たからな。言いたくても言えなかったんだよ」


「そうなんだぁ。ありがとう、じゃあねっ!」


「あぁっ、めぐみさん。こう言っては何だが……喜多美神社で何時も一緒に居るのだから、折を見て、さりげなく駿の事を伝えてくれないか? 頼むよ」


「うんっ! 分かった。ギンギラギンにさりげなく伝えるよっ!」


「あぁ、ヨロシク。恩に着るよ」


 めぐみは、通話を終えるとケータイを仕舞った――


「むふふふ。チャンス到来っ! 春、到来っ! きゃ――っほ、らん、らんっ! きゃっほ、らん、らんっ!」



 めぐみは、伊邪那美と和樹と駿に、恩を売る算段をして、ほくそ笑んでいた――





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