母を訪ねて三千年。
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「めぐみ姐さん、あの萌絵ちゃんが、何も言わずに去って行きましたよ」
「そう言えば、神妙な面持ちだったよね。まぁ、何か言われても困るけどねぇ」
「和樹兄貴はともかく……その、レミさんって大丈夫なんですか? 伊邪那美様も黙り込んで本殿へお戻りになられましたけど」
「天海徹が付いているから、きっと大丈夫よ」
「天海徹?」
「天児屋根命。祝詞の神様よ」
「えぇっ! 天児屋根命って、和樹兄貴の息子ですよね?」
「鹿島の武御雷神のよ。まぁ、年齢的には、和樹さんより上っぽいけどね」
「うわぁ……そんな事になっていたんですね」
「そうよ」
「祝詞の神様と、レミさんって人の関係は?」
「まぁ、作詞家とミュージシャンみたいな感じよ。レミさんは、天の国の分室に居たの」
「分室!? 分室と言えば、天の国の座敷牢みたいな物ですよね? 何か、やらかしたんですか?」
「アマテラスが誘拐されて、天国主大神様の命令で調査に向かったレミさんが、地上でBAND活動をした事で命を狙われ、その時に彼氏が犠牲になって死んでいるの。それで、八百万に気付かれない様に保護したって分け」
「なるほど……懲罰を与えた様に見せかけて、カムフラージュしたって事ですね」
「アマテラスが、何処でどうしているのか分からないけど……フェイクを倒してから救出するのか、救出したら消え失せるのか……私には分からないけどね」
「何だか、ワクワクしますよねっ!」
「いやぁ、私は気が重いって云うか、モヤっとするわ」
「何を言っているんですか。それもこれも、めぐみ姐さんの縁結びの力じゃないですか。アマテラスが元に戻ったら、きっと、今より世の中がう――んと、良くなりますってっ!」
「そうだと……良いけどね」
「そうですよ。決まっているじゃないですかっ! 楽しみだなぁ」
めぐみとピースケは、いつも通りに仕事を淡々と熟していた。すると、めぐみはふと気が付いた――
「あれ? そう云えば、駿さんが来ていなかったよね?」
「あぁ、そうですね」
「何でだろう……」
「何でって、そりゃぁ、呼べないって云うか、ちょっと気不味いでしょう?」
「まぁ、十拳剣で首を切り落とした父と、出産のときに大火傷を負って死んだ母だもんね」
「ちなみに、伊邪那美様は、駿さんが地上に居る事を知っているのでしょうか?」
「まぁ、知らないと思うけど、なにせあれ程の神力と霊力のお方だからねぇ……知らない訳が無い様な有る様な?」
「伊邪那美様が居る事を、駿さんには伝えた方が良いんじゃないですか?」
「誰が? えぇっ! 私が?!」
「そりゃぁ、そうでしょう。めぐみ姐さんが伝えなくて誰が伝えるんですか? 地上に蘇らせておいて、何も知らせない方が不自然ですよ。後で居る事が分かったら『どうして、教えてくれなかったんだっ! 隠す事無いじゃないかっ! 酷いっ!』なんて事になったら、目も当てられませんよ」
「あうっ、そうよねぇ……」
喜多美神社の日も暮れて、めぐみは、仕事を終えて帰路に就いていた――
「はぁ……鼻歌も出ないっちゅーのっ! しっかし、集中して漕いでいたら、アッと言う間に、到着なんだぜ……」
駐輪場に自転車を停め、重い足取りで階段を上り、ドアを開けると、元気な声が出迎えた――
「めぐみお姉ちゃん、お帰りっ!」
「あぁ……はい。ただいま」
「あんだおっ! 元気ねぇ――なっ! 若いんだから、寒がってちゃダメだお」
「七海ちゃんは、いつも元気ねぇ」
「まぁな。一応な」
「夕飯は?」
「無いよ」
「どぇ――――っ! 無いって、どう云う事よっ! 死ぬ、餓死する」
「チッ、焦ってんじゃねぇ―――よ。今日はレミさんがバンドの練習で遅くなるって言うからさぁ、たまには外でどう? って話」
「おぉっ! 羽振りが良いねぇ。江戸っ子だねぇ」
「まぁな。一応な」
「で? どこ行くん?」
「例のお店」
「はぁ?」
「イッケイさんの、ほら」
「あ――ぁ、ビストロ・フルール・エ・レーヴ?」
「うん」
「でも、何で、フレンチ?」
「イッケイさんに誘われたんよ」
「あぁ、そーゆう事か。七海ちゃんが、外食に誘うなんて、おかしいと思った」
「つーか、前々からずぅ―――っと、誘われてたんよね。忘年会も新年会もやってないじゃん? だから、新年は二月からだからって言って、引っ張り続けていたら、今日、街でイッケイさんにバッタリ会っちゃたんよぉ」
「それじゃあ、ちょっと、お洒落な奴に着替えなくてはねぇ……」
「んでね」
「はぁ?」
「イッケイさんの友達も来るって」
「ふーん。良いじゃない。大勢の方が盛り上がるでしょう」
「あぁ……その、お友達って言うのが、イッケイさんの組合関係者らしいんよ」
「マジで?!」
「かーなり、クセ強い系だって」
「まぁ。二丁目的な? でも、小林シェフがOKなら良いんじゃね?」
めぐみと七海は、お洒落に着替えてお出掛けした――
「そう言えばさぁ、駿さんは元気にしている?」
「うん。連載が忙しいみたいで、何日か連絡して無いけどね」
「へぇ、そう云う気遣いをするんだぁ……七海ちゃん、大人になったねぇ」
「まぁな。一応な」
「そっかぁ……」
「何? 何か伝えたい事が有るなら、連絡しよっか?」
「うん……」
「何よ? めぐみお姉ちゃん、踏ん切り悪ぃ――なっ! ハッキリ言ってみ」
「あのさぁ……駿さんのお母さんが居るのよ」
「えぇっ! お母さんが、上京しているん? 何で、もっと、早く言わないんよっ!」
「だから、訳ありなんだよっ!」
めぐみは、七海に駿の親子関係について説明した――
「そりゃ、訳ありにも程が有るっちゅ―――のっ! 父ちゃんは面目ないし、母ちゃんには合わせる顔が無いじゃんよ―――――ぉ」
「な? でも、言わない訳には行かないんだよねぇ……」
「まぁな。一応な」
「将来的には、七海ちゃんの父ちゃん母ちゃんって事だからさぁ」
「だから何よ。複雑な家庭環境の人なんて、この世には数え切れないほど居るお?」
「だから、ふたりの出会いに、七海ちゃんの力を借りたいのよ」
「騙されている気がする。利用されるのは御免だお」
「違うって、だから、姑さんに恩を売る感じ?」
めぐみは、出会いのプランを提案した――
「そんなんで、上手く行くとは思えないお……」
「嫁に借りが有れば、強気には出れなくなるでしょう?」
「うーん、そんな、嫁姑問題が拗れる前提で話すの、おかしくね?」
「いいえ。嫁と姑は拗れますよ。どんなに平和に見えても、腹の中は分からないからねぇ……」
「ドキッ! 脅かさないでよぉ……」
「結果として、家族関係が上手く行くんだから、OKでしょ?」
「まぁ、協力くらいはするお」
「有難うっ! 七海ちゃん大好きっ!」
めぐみは、七海に「偶然の出会い」のお手伝いをお願いした。七海は、嫁姑問題以前に婚約すらしていない事を、すっかり忘れていた――
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