お前は、もう死んでいる。
珠美は、落としたラブ・レターを拾うと、そこには和樹の足跡が着いていた――
「二人の恋は 終わったのね 許してさえくれない あなた……」
「いやいや、二人じゃないし、一方的な片思いだし。サン・トワ・マミー?」
「うっせ――わっ!」
「失恋のひとつやふたつ、どうって事無いよ」
「あ。何だよ? 失恋じゃねぇ――んだよっ!」
「はぁ? ショックで頭やっちゃた?」
「バ――カ。和樹様はなぁ、ガチで惚れってから、鼻毛抜いてくれたんだよっ!」
「無い無い、関係無いよ」
「じゃあ、聞くけど、嫌いな女の鼻毛なんか抜くか?」
「あのね、見苦しいから抜かれたんだよ。ぷっ、クックック」
「ちくしょう、笑いやがったな」
「まぁ、珠美は、失恋の初心者だからなぁ……」
「あんだと」
「世の中の半分は男。まだまだチャンスは幾らでも有るって事よ」
「そうか……そうだったのか。お前も和樹さんの事を……しくじり先輩って呼んで良い?」
「しくじってねぇ―――わっ! 振られてねぇ――っちゅ――のっ!」
「強がら無くて良いよ。分かるよぉ……和樹さんは、お前の顔さえ見ずに、背中を向けて去って行った……失恋先輩っ!」
「しくじりでも、失恋でもないよっ! もうっ!」
〝 めぐみちゃん、安心して。和樹さんは、めぐみちゃんが好きだから、横顔を見られたくなかったんだよ ″
「あら? ショーティ、和樹さんの事が分かるんだぁ? でも、横顔を見られたくないって、どゆこと?」
〝 戦いに赴く兵士は……誰も皆、無口なんだよ ″
「戦いって? 何の?」
〝 冥府から地上に帰還した、小林一蔵と云う男を討ち取りに行ったんだよ ″
「冥府から帰還って、どゆこと?」
〝 めぐみちゃんが、冥府に行った時に、伊邪那岐様が連行した小林一蔵を、伊邪那美様が地上に戻してしまって、丁度、すれ違いになったんだよ ″
「あぁ……そゆこと。でも、和樹さんなら、大丈夫だよね?」
〝 それが……そうでもないんだよ。勿論、力の勝負なら和樹さんに勝ってこないけど、相手は狡猾な人間だからね ″
「うーん、ちょっと、気になるなぁ。心配ねぇ……」
「おい、めぐみっ! あっ、めぐみ様。誰と話していらっしゃいますの?」
「えっ? あぁ。ショーティって言うの。私の愛犬なの。うふっ」
「そ、そんな時計の中で飼っているのか? それって、虐待だろ?」
「違いますよぉ――だっ! 私の可愛いショーティには、御飯もあげているし、ドッグ・ランで走ったり、遊んだりしているんだもんっ!」
〝 初めまして、珠美ちゃん。僕はジャック・ラッセル・テリア。名前はショーティって言うんだ。めぐみちゃんには、とっても、大切にされているんだ ″
「ほーら。ショーティは、賢い子なんだよぉ。よしよし」
〝 ワンワンッ! クゥン、クゥン、プルプル ″
「良いなぁ。お前ばっかり良い思いしてんなぁ……」
「色々、働いた結果だよ。御褒美に貰ったんだもんっ! あんたも、頑張りなさいよ」
「違ぇ――よっ! 神様はペット禁止なの。頑張っても、駄目なモンは駄目なの。なのにお前は、特別扱いだって言ってんのっ!」
「あぁ、禁止なんだ? 知らなかったよぉ」
〝 ワンワンッ! クゥン、クゥン、プルプルプルプルプルプルッ! ″
―― 都内某所にて
「良いですか、皆さん。企業や会社に守って貰う時代は終わりなのです。職業選択には、あらゆる選択肢が無ければならないのです。言い換えれば可能性です。スキル・アップに伴う可能性の拡大と、雇用の流動化はセットで考えなければなりません。企業の歯車の時代は終わったのですっ! これからは、個人の時代なのですっ!」
〝 パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、 パチパチパチパチ ″
「会社に縛られる人生は悲惨なモノです。非正規であれば会社に縛られる事は有りません。非正規だからこそ、夢のワーク・ライフ・バランスが実現出来るのですっ!」
〝 パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、 パチパチパチパチ ″
「これまでの……」
〝 パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ ″
「そこのあなた。もう、拍手は結構です」
〝 パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ パチ ″
「静粛にお願いします」
「はっはっはっは。スキル・アップだと? 笑わせるぜっ! そんなのは、ごく一部の人間だけ。つまり、非正規で働かせ、奴隷化するのが目的と云う訳だぁ……」
「そこのあなたっ! 妨害行為をするなら退出して頂きますっ!」
「フッ、小林一蔵。お前を始末しに来てやったんだぜ?」
「何をっ!」
「お人好しを騙すのが、そんなに楽しいのか?」
〝 ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワザワ ″
「お前は何者だっ!」
「『人間に答える義務は無い』とだけ言っておこうか」
「おいっ! こいつを叩き出せっ!」
小林の部下や警備員が包囲すると、和樹はサンダー・ショットをお見舞いした――
〝 バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタンッ! ″
「おいっ! しっかりしろっ! お前、一体何を……死んでいるぞっ!」
〝 人殺しぃ――――――いっ! ″
〝 ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ ″
「安心しろ。感電して気を失っているだけだ」
和樹のサンダー・ショットは、武者修行の甲斐有って、技の名前を名乗る必要も無く、ドッカ―――ンッ、バリバリ等と云う音も無く、一瞬で全員を仮死状態にしていた――
「警察を呼んでくれっ! 110番通報っ!」
「フッ。無駄な事よ……」
会議室に居た全員のケータイは通信不能になり、小林が備え付けの電話を手に取ると電源喪失した――
〝 バチバチッ! ブゥ―――――――――――――――――ンッ! ″
「往生際が悪いなぁ……お前はもう死んでいるっ!」
「なっ、何だと?!」
「一度は冥府に行ったのだ。今更、死ぬ事など……恐れる事でも無かろう」
「止めろっ! 助けてくれ……」
和樹が、小林を睨み付けて、胸座をグイっと掴むと、両足はブラブラと宙に浮いていた――
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