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やるっきゃないんです。

 アイリッシュ・コーヒーを飲み終わる頃には、取り敢えずこのメンバーで音を出す事を承諾していた――


「で?」


「あぁ、あの、グルーブを出すと歌詞が乗らないって云うか……」


「僕ガー、君ガーって、語尾が上がるから落ちないのよ」


「でも、グラビティとかポケットとかって、落ちるって言うより、切れるって云うか……」


「グルーブって溝だから。ねぇ、あんた達は何に拘っているの? 私は確りとしたリズムを刻みたいだけ」


「いやぁ、確りしたリズムで歌詞を乗せると、何か……上手く行かないんですよね……」


「それで?」


「……」


「つまり、日本人の情緒的な歌詞と、バック・ビートが合わないって言いたいんでしょ?」


「はぁ……」


「で、歌詞を優先してリズムがひっくり返るのはOKで、リズムに合う歌詞を書くのは嫌だって事ね」


「いやぁ……」


「それが怠慢だと思わないの? 洋楽風の日本の音楽って、つまり、なんちゃってソウル、ファッション・ロック? 小洒落た横文字入れてウオゥウオゥウオゥ、イェイイェイイェイって?」


「でも、なんちゃってでも、ファッションでも、ヒット曲は有る分けで……」


「そうね。商業音楽だから売れなければ意味が無い。でも、売れた曲が正義だと云うのなら、世界一売れているカップ・ヌードルが最高なグルメなの? 只の商売であり、結果でしょう?」


「だけど、良い曲じゃなければヒットはしませんよ。広告宣伝力も重要ですけど、売れないモノは売れませんから」


「誤解しないで。私は否定しているんじゃないわ。あんた達が何をやろうとしているのか知りたいだけ。何に拘っているのかさえ漠然としているでしょう? 世界に通用するサウンドをやりたいのか、ドメスティックで満足なのか? どっち?」


「それが、難しいですよね……」


「何も難しくなんかないわ。やりたい音楽をやるだけよ? 難しくしているのはあんた達の思考、いいえ、欲望よ」


「うぐっ……」


「メジャー志向を拗らせて、ドメスティックで売れなければ世界は見えて来ないとか、世界を目指したらドメスティックでは相手にされないとか? つまり、あんた達が拘っているのはリズムでも歌詞でもないの」


「ななっ…………」


「成功に拘っているのよ。図星でしょう?」


「…………」


「まぁ、良いわ。どんな曲も、揉み手で手拍子をするのが良いのなら、徹底した方が良いわ」


 レミは、ソーサーごと手に持って立ち上がり、カウンターに行き、『ごちそうさま』と言ってマダムに差し出すと、リスニング・ルームのドアを開けてオーディオの電源を入れた。アンプが温まって来た所で、おもむろに一枚のレコードに針を落とした――



 ‶ タンタララン、タッタタン、タンタララン、タッタ、タァ――――ン ″



「えぇ?」


「何?」


「これは?」


 日本人なら誰でもほっこりする、明るい農村風景を想起させる長閑な音が店一杯に充満した――



 ‶ 藁にまみれてヨ――ォ 育てた栗毛―――ェ 今日は買われてヨ――ォ 町へ行く ″



「まぁっ! レミちゃん、コレは主人が大好きだった曲よ。そんなレコード何処に有ったの?」


「あぁ、一番上の棚の漆塗りの箱の中に」


「あら、そうだったの? 懐かしいわぁ……」


「思い出の曲なんですね。あんた達、この曲の『あ――ァ、あァ――ァ、あ――ァ』にはちゃんと意味がるでしょう? そして、どんな意味にも解釈が出来る幅が有る」


「レミちゃん、重なる『おーらおーら』が効いているわよね」


「この辺りから手を付けなければ駄目ね」


 メン募で集まった三人は「月の河原」で真顔になり「可愛いたてがみ、なでてやろう」では完全に歌の世界に飲み込まれていた。そして、その頃。喜多美神社に異変が起こっていた――



「めぐみ姐さん、大変ですっ!」


「何?」


「表を見て下さい」


「はぁ?」


 めぐみは、社務所の窓を開けて外の様子を伺った――


「ありゃ? 何なの、あの人達」


「典子さんと紗耶香さんには見えていないんですよっ!」


「ってぇ事は、伊邪那美の関係者って事ね」


「はい。恐らく……」


 めぐみは、社務所を出て怪しい男たちの元へ向かった――


「こんにちは」


「おや? 見えるのですか? 参ったなぁ……」


「いえ、私は神様ですから、見えるんですよ」


「あぁ。そう云う事ですか。安心しました」


「いえ、こっちは安心どころか不安なんですけど?」


「御安心下さい。私達は伊邪那美様の警護の者ですから」


「いや、だから、警護が付いている事自体が、不安にさせているんですけど?」


「あはは。まぁ、これから戦が始まる様ですから仕方ないですよ」


「戦?!」


「あれ? 八百万の神々は完全に制圧されている事が分かっていないのですか?」


「はぁ。初耳ですけど?」


「嫌んなっちゃうなぁ……トーシロ―はこれだから」


「伊東四朗は喜劇役者ですよ」


「伊東四朗じゃなくて、トーシロ―、素人」


「あぁねぇ。でも、八百万の神々が完全に制圧されているなら、戦など有り得ないですよね?」


「だから、この地上には、伊邪那美様が産んでいない、不届き者が居るんですよ。のさばっていると言っても過言では有りません」


「で?」


「で? って、討伐ですよ。決まっているじゃ有りませんか。そりゃぁ、もう『やるっきゃない! ガンバ!』って感じなんですよ」


「感じって、感じが嫌な感じ。言い方が古いし、大体その格好が不安にさせるんですよ」


「格好? 格好って、あなた、皆、お揃いのスーツですよ」


「組長の葬式みたいじゃないですか」


「嫌んなっちゃうなぁ……もうっ! 大仰な格好は控える様にとの、お達しが有ったからこそ、この格好なんですよ?」


「逆に不気味なんですよっ!」


「あーのね、ぶっちゃけるとコスパ。一番安い紳士服屋で買ったんですよ? もっとお洒落な奴にしたかったなぁ……でも、時間が無かったので、皆、コレで我慢しているんですよっ!」


 

 警護の者は拝殿中央、左右に各五名。参道両脇から鳥居を抜けて駐車場まで隙間なく整列していて、蟻の子一匹たりとも通さない状態だった――






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