震える二人。
前向きになった女性が出て行くと、入れ替わりに伊邪那美とめぐみが黒テントに入って行った――
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。占いの黒テントへようこそ」
「見料三千円ですね? はい」
「三千円は、おひとりの価格。おふたりやったら六千円」
「私は占って貰わなくて良いの。此方のお方だけを占って欲しいの」
「何やて? おや? あんたこの間の? アカンでぇ。六千円や」
「何でよ? 私は付き添いなんだから良いでしょう?」
「アカンて。付き添いやったら、席料や」
「えぇっ! がめついなぁ……」
「そんな目で見んといて。大阪やったら当然やで?」
「はい」
「ありがとさん。おおきに。 ほんで、今日は何を占うん?」
「だからぁ、今日は、此方のお方を占って欲しいの」
占い師の眼前に、圧倒的存在感を放つ伊邪那美が微笑を浮かべていた――
「あれまぁ。あんた、無茶ゆーたらアカンでえ。あんたもそーやけど、この人も占う必要無いやんか……」
伊邪那美は、占い師に語り掛けた――
「おや? 占う必要が無いとは……これ如何に?」
「はぁ? これ如何にって、あんたら、ふたり共、一点の曇りも無いわ。まっ、自由自在に生きて行けるっちゅうこっちゃな。羨ましいわぁ……ホンマに」
「待たれよ。自在と申したが、自在に出来ればこそ、迷いが生じるというものでは無いかぇ?」
「いやいやいやいや、自由自在やん。『あっ! コレ違ぅた、間違ったわぁ……』ゆーても、修正が、なんぼでも出来ますやん」
「ちょっと、メンヘラ女子を手玉に取ってボロ儲けしている癖にっ! お金を受け取っておいて、占わないのは詐欺よっ!」
「ちょっとネーチャン、人聞きの悪い事言われたら、かなわんなぁ。あんなぁ、あんたに言われた通り、真面目にやってんねん。ほんでな、メンヘラ女子っちゅう人達に納得して頂ける占いを心掛けてんねん。なぁ? そしたら見てみぃ、行列や。あんたには感謝してんねんで」
「何言ってんのよっ! あのね、私は……」
「いや。己の本当の心を隠し、人に騙され、傷付けられた女性の心に寄り添い、慰め、励まし、前向きに生きて行く道を説く立派な御方じゃ。中々、出来ぬ事よのぅ」
「ちょっと、聞いた? わし、こんなん言われたの、初めてやぁ……」
「伊邪那美様。違いますよぉ、こいつは病んでいる人間の心の隙間に入り込んで、足元を見ているんですよっ!」
‶ はぁ―――――――あっ、ぐっすん、すんすんっ! ″
「ちょっと、あんた? 泣いてんの?」
「そらそうやぁ、泣けるわぁ。わしな、褒められた事あらしまへん。あんたは、人の心の隙間に入り込んで足元見てるゆーけどな、そうせな帰らへんねんで。ホンマの占いやって、何度ゆーても分からしまへん。キレるわ、泣くわ、暴れるわ、手ぇが付けられへん。ほんで、あんたに言われた通りに、流れに任せる事にしたら、口コミで行列や。皮肉やでぇ」
「儲かっているなら、感謝しているなら、態度で示しなさいよっ!」
めぐみは、手を出してお金を返せとアピールした――
「アカン、アカン。一旦懐に入ったお金は、よう出しませんわぁ」
「ムカつくっ!」
「まぁまぁ。良いではないか。癇癪を起こす事も無かろう……だが、見料を払った以上、占いは確りとやって貰わねばならぬのぅ」
「そないゆーても……」
「『手が付けられない』では済まない状況になるやも知れぬが……それでも良いのかぇ?」
「ゴクリッ……」
占い師は伊邪那美に睨まれ硬直し、言われるがまま占う事にした――
「はぁ、さてさて、ふぅーん。あんなぁ……どう転んでも、自分の思い通りになる。これは間違いないねん。せやけど、何や、血生臭い戦いちゅうんか、天変地異みたいな、何か、ひっくり返る様な起きるわ」
「戦か?」
「せやなぁ……あんたさんを気に入らん連中が、何か、おかしな事しよるわ。ほんで、揉め事っちゅうか……血生臭い感じがしよるけどな、結局、あんたさんの思い通りになるから、何にも心配せんでええわ」
「ふぅむ、分かった。大儀であった、褒美を取らすぞ」
「ははあっ! 有難き幸せに御座いますぅ」
伊邪那美が静かにめぐみを見つめると、占い師も同様に見つめ、待機した――
「えっ?! 私? いやっ、何も持ってませんけど……」
「ならば、コレを」
伊邪那美は袖から打ち出の小槌を出してシャン、シャン、シャンと、三回振った。すると、占い師の前に帯封の付いた札束が三つ現れた――
「こ、こんなに?! いや、幾らなんでも貰い過ぎや、お返ししますわ」
「あら? がめつい癖に、格好付けちゃって。褒美を断るなんて無礼千万。今更、遠慮なんて要らないわよ」
「いや、冗談や思うて、乗ってみただけやねん、おもろいな思うて……ほな、有り難く頂きますわ……」
「さぁ、伊邪那美様、帰りましょう」
「うむ」
占い師は、めぐみが「伊邪那美」と言ったのを聞いて、震え上がっていた。そして、震える指先で札束が本物か確かめていた――
「伊邪那美様、此方が多摩川です」
「おぉ、見事じゃのぅ……」
「はい」
「澄み切った空は高く、青く美しい……」
「はい」
「春とはいえ、まだ冬の名残りがあるのぅ……」
「はい。頬を撫でる風は冷たいですけど、気持ちが良いです」
「厳しい季節を超えて生きる木々は、新緑の季節になれば、さぞや逞しく、美しいであろう……」
「はい」
「この眼に映る物全てが美しい……」
「はぁい」
めぐみは、心静かに、しみじみと景観に見入る伊邪那美に安堵していた――
「川の流れは同じに見えても、形を変えて常に移り変わって行くものよのぅ……」
「はい」
「頬を撫でる風は、冷たく気持ちが良いと……申したな」
「……はい」
「何時の世も……目には見えない物が大切である事に変わりは無いと……」
「は? はい……」
「悲しい事よ」
「あのっ……」
「地上の空気は、淀んでおるぞっ!」
「ひぃっ!」
めぐみは、自分の産んだ国を、我が子の成長を見守る母親の様に目を潤ませていた伊邪那岐の瞳の奥に、深い悲しみと哀れみ、そして、大きな怒りの炎を見た。そして、ガクガクと震える足を、止める事さえ出来なかった――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。