食い付きがハンパ無いんです。
伊邪那美は、天から降り注ぐお金の奪い合いをする人間達を、冷静な眼差しで見つめていた――
「哀れよのぅ……」
「あのですねっ! 皆、一生懸命働いているのに、お金を降らせてパニックにしているのはあなたでしょうっ! 勝手な事を……」
その時、転倒してガソリンが漏れたバイクをきっかけに、事故を起こして路上に放置された車が次々と爆発して行った――
‶ ドッカ―――――――――ンッ! ボッカ――――――――ンッ! ドッカ―――――――――ンッ! ドッカ―――――――――ンッ! ″
「助けてくれ―――っ!」
爆発する車の炎は、街中に降り注がれたお札に引火し、ゴーゴーと音を立てて燃え広がると、泣き叫ぶ声と悲鳴が響き渡り、騒然としていた――
「ひいっ! ヤバいよ、ヤバいよ、立場無いよ。立花伊代ちゃん、現れてっ!」
めぐみは、合掌して祈った。だが、立花伊代は現れなかった――
「あれ? 伊代ちゃん? 伊代ちゃん? 伊代ちゃんってばぁ!」
めぐみは、迫りくる炎にパニックになっていた――
‶ めぐみちゃん、慌てないで、落ち着いて ″
「あぁ、ショーティっ!」
‶ めぐみちゃん、今直ぐ元の時間に戻せば大丈夫だよ ″
「あぁっ! そう云う事なのね。伊邪那美さんの神力には通用しないと思い込んでいたよ……えっと……」
‶ めぐみちゃん、時間合わせをしなくても良いんだよ。『戻りたい時間に戻れ!』って頭で考えるだけで大丈夫だよ ″
「うん、分かったっ!」
めぐみは、伊邪那美を挑発する前に戻ろうと考えた。すると、地獄絵図は一瞬にして元通りの平和な街に戻った――
「やったぁ、元通りになったっ!」
‶ めぐみちゃん、困った事が有ったら、僕に聞いてね ″
「有難うショーティ、助かったよっ!」
「むむ? その方、時間を戻したな?」
「はい。勿論で御座います」
「えぇいっ! 戻す必要など、有るまいに……」
「あのですね、皆、平穏な日常生活を守っているんですよっ! お金を降らすなんて冗談じゃ有りませんよっ! 死人が出たら、どーするんですかっ!」
「我が身の本文を忘れ、金に血眼になる様な人間共がどうなろうと……所詮それまでの命……情けなど無用じゃっ!」
「恐ろしい事を言わないで下さいよ。本文を忘れさせる様な事をしたのは、伊邪那美さん、あなたですっ!」
「フッフッフッフッフ。可愛いのぅ……産むも殺すも思いのまま」
「そんな……」
「殺生与奪の権は我が手に有るのじゃ! 邪魔立て無用っ!」
めぐみは、伊邪那美に睨まれ委縮し、へこんでいた。だが、ショーティは、時間を戻して神力を無効化しためぐみに殺生与奪の権を奪われ、心中穏やかではない伊邪那美の心を見切っていた――
「伊邪那美さん、人間の生活風景を見て、よく考えてから行動して下さい。いきなり社会を混乱させ、破壊するようねマネは厳に慎んで下さい」
「人間の生活風景とな? 人間の生活とは、これ如何に……」
「良く見て下さい。皆、僅かな給料でも文句も言わず、世のため人のために一生懸命働いています。中には文句ばかりの人も居ますけど、本意では有りません。きっちり仕事しているんです」
「うーん、あれは何じゃ?」
「あれは、タクシーです。人を目的地まで運んでいます」
「では、あれは?」
「あれはドラッグ・ストアです。薬局と言えども品揃えが豊富で、お買い得なんです」
「あれは? あの行列は何じゃ?」
「あれは、最近出来た人気のラーメン屋です」
「ラーメン屋とな? それは、どんな物じゃ?」
「えっと、具の多いスープです。醤油、味噌、とんこつ、白湯、鰹等、色んな味のラーメンが有りますが、あのお店は名古屋コーチンのガラスープに、独自の手法で作った焼き味噌を溶いて、濃度の調節が出来るのが特徴です」
「その方、やけに詳しいではないか。だが、濃度を調節すると云うのは納得出来ぬのぅ。主が確りと味を決めて出すべきではないのかぇ?」
「はい。申し上げた通り、名古屋コーチンのガラ・スープが良い味を出しておりますので、いきなりお味噌をガツンと入れないで、最初は透き通ったスープと小麦の味を堪能します」
「ふんっ、スープだけを味わうなどと……小賢しぃ。味無しなど以ての外じゃ」
「それには理由が有ります。スープにはガラだけでなく、利尻の根元昆布を使用しております。ですから、お箸で掴み上げた麵に天日塩を、ほんのひと摘まみ」
「ほんのひと摘まみ、何をするのじゃ?」
「パラパラっと掛けて、熱々の麺の上で、天日塩の角が溶けて馴染んで来た所を口中へ」
「ほほう。乙な食し方であるのぅ……」
「口中にて、麵とガラ・スープと昆布の旨味を塩が強調して混然一体となった所で、鼻から『ふ―ん』と息を抜きます」
「息を抜くとは、何事ぞ……」
「小麦の香りとコーチンの香りが先行し、後から昆布の香りが追い掛けて来ます」
「ふぅむ。香りを堪能するのじゃな?」
「はい。そして、もうひと口行く時に自家製の焼き味噌を盛った蓮華を、どんぶりの斜め四十五度の位置に沈めます」
「斜め四十五度、北東の位置に蓮華を沈めるとな。何故、その様な事を……」
「口中にて堪能している間に、自家製の焼き味噌がスープの中に溶け出し、ゆっくりと開いて行くからです」
「うんっ! 相分かったぞ。中々に、侮れない物じゃのぅ。それ故の行列とな……」
「はぁい。長くなりましたが、説明は以上です。それでは、先に参りましょう。ご案内致します」
伊邪那美は、仁王立ちになり、動こうとしなかった――
「あの、先へ参りますので……」
「是非とも、食してみたいモノよのぅ……」
伊邪那美は冷静な眼差しで暖簾を見つめていた。そして、吸い込まれる様に店へ向かって行った――
「おい、ちょっと、あんたっ! 横入りすんなよっ!」
「皆、並んでんだよっ! 見りゃ分かるだろーがっ! これだから素人は嫌なんだよっ!」
「伊邪那美さん、並んでラーメンを食べている場合じゃ有りませんよ。さぁ、此方へ……先を急ぎましょう」
伊邪那美は、めぐみを無視して店内へ突撃した――
「おい、こっちは一時間以上、並んでいるんだぞっ!」
「ぶっちぎってんじゃねえよっ! ちゃんと並べっ! クソババアッ!」
めぐみは、女神に対して禁句の『クソババア』が出た事で、天変地異を予感し震えた――
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