以心伝心が厄介なんですよ。
―― 二月二十一日 先負 庚戌
めぐみは、朝一番で、皆の朝食の準備をしていた――
「めぐみお姉ちゃん、お早う……早いねぇ……」
「あったりめぇよっ! 江戸っ子でぇぃ」
「はぁ? 何時から?」
「今朝から……なんちゃって」
「あはははは」
「賑やかね」
「あぁ、レミさん、お早う」
「ふたり共、朝から冗談を言えるんだから、大したものねぇ……」
「直ぐに朝食が出来るから、顔を洗って来て下さいね」
「えぇ。有難う」
レミが洗面所へ行くと、七海が鍋の中を覗き込んだ――
「コラッ!」
「えっへへ。めぐみお姉ちゃん、豚汁とは考えたねぇ……」
「まぁね。全部冷凍してあった奴」
「里芋が、良い感じに煮えてるお」
「豚バラも大根も良い感じに味が染みるから冷凍食材を始末するのにはコレが一番かなぁ……と思って」
めぐみは、豚汁と塩結びの朝食を食べ終えると、レミと七海を送り出した。そして、丁寧にお茶を淹れて、ひと息吐いた――
「ほぉ。やっぱり緑茶に限るねぇ。落ち着くよぉ……」
‶ めぐみちゃん。後、二十分で仕事に向かわないと遅刻するよ ″
「分かっているよ。ショーティは、そんな事まで教えてくれるんだね。賢いわねぇ」
‶ これが、以心伝心機能です。右上のボタンで設定すると、秘匿モードが選べます ″
「あぁ、コレ? ははぁ、秘匿モードを使えば私の心が読めなくなるわけだ。でも、話さなくてもショーティが理解してくれた方が楽しいから、そのままで良いや」
ドアに鍵を掛けて、階段を降りて自転車に乗り込もうとしたときに異変に気付いた――
「あれ? 電源が入っている。点けっ放しにする訳が無いのに……」
‶ めぐみちゃん。自転車の三メートル以内に近づくと自動でオンになるんだよ。 ″
「まぁ。スゴイねぇ、スマート・キーみたいな感じね。あら?」
荷物を入れようと、前籠のジッパーを開けると何か入っている事に気付いた――
「おや? あの男、クロノ・ウォッチを持って行く時に、代わりにコレを入れて行ったんだ……何かしら?」
‶ めぐみちゃん。それは全方位GPSだよ ″
「全方位GPSって?」
‶ 過去・現在・未来、あらゆる時間軸で位置の確認が出来るGPSの最高峰です ″
「そうなんだ……未来かぁ。未来に行った事、無いもんね。迷子にならないために必要なのね」
‶ めぐみちゃん。話は後にして下さい、出発の時刻です ″
「おーっと、遅刻しちゃうよっ!」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「おざっす!」
「めぐみさん、お早う御座います」
「おはよう、ございますぅ」
「めぐみ姐さん、お早う御座います。何だか上機嫌ですね」
「まぁねぇ。うふふふふ」
「あのぉ。ピースケ君、めぐみさんはぁ、新しい時計にぃ、買い替えたんですよぉ」
「あぁっ、本当だ。あのごっついオッサン時計じゃなくなっている。紗耶香ちゃんは細かい事に良く気が付きますねぇ。きっと、良いお嫁さんになれますよ」
「やぁだぁ。もう、ピースケ君ったら……」
熱い視線で見つめる紗耶香の言いたい事は直ぐに分かった――
「あぁ、その良いお嫁さんを貰うのは僕ですよね……照れちゃいますよぉ」
「あーあー、イチャイチャイチャイチャ。おまーら、一生やってろっ!」
めぐみはピースケと紗耶香に呆れつつ、拝殿に昇殿すると、清掃を始めた――
「フッフッフ。二十四時間、一年中ピカピカなのである。ササっと吹き仕上げでピッカピッカなのである。これも常日頃から手抜きを一切しない清掃の結果なのである。うむ」
‶ めぐみちゃん。本殿の清掃に行きましょう ″
「本殿、本殿……あっ、あのふたりどうしているのだろう? 居るの忘れてた」
‶ めぐみちゃん。今は大丈夫です ″
「えっ? 分かるんだ?」
‶ 今は静寂です。安心して下さい ″
「ショーティは頼りになるねぇ。あんがと、行ってみよっと」
めぐみは本殿の清掃に向かった――
「御免下さいませぇ……」
めぐみは、そっと扉を開けて隙間から中を覗くと、楽しそうに話をしている二人が見えた――
「ほっ。大丈夫ね……お早う御座います。清掃の時間です。宜しくお願い致します」
「うん、よろしゅう頼む」
「はぁい」
めぐみが清掃を始めると、ふたりは外に出て、冷たい朝の新鮮な空気を味わっていた――
「清掃が終わりましたので。どうぞ、ごゆっくり。失礼いたします……」
清掃を手早く済ませて授与所へ戻ろうとすると、引き止められた――
「待てっ! 随分と……早いではないか?」
「はい。常に埃ひとつ無い本殿で御座います。故に清掃は完璧に御座います。時間も掛かりませぬ。うぉっほっほ」
「ならば点検じゃ。良いな」
「はい。只、お言葉ですが、時間の無駄かと……」
「何ぃ?」
伊邪那美は桟の上を指で擦り取った――
「むむむむっ……」
「伊邪那美様とも有ろうお方が、小姑の様な真似をするとは……うふふふふふ」
「何をっ!」
伊邪那美は、上桟・中桟・下桟・立桟はもちろん、ありとあらゆる入隅を指で擦り取った――
「伊邪那美様。どうなさいました? チリひとつ見つける事が出来ない。それが、私の清掃。仕事の結果で御座います。おーっほっほ」
「うーむ、朝の日差しに埃さえ舞い上がらないとは、天晴れな仕事ぶりじゃ」
「お褒め頂き光栄に存じます。それでは、私は仕事に戻りますので、、失礼いたします」
「待てぃ……」
「まだ何か?」
「その方の仕事に対する姿勢に、いたく感心したのじゃ」
「それほどでも……」
「信頼出来る小娘じゃぁ……」
「はぁ?」
「頼みが有るぞよ」
めぐみの背中に稲妻が走った――
「頼まれる程、頼りにはなりませぬゆえ……」
「天晴な仕事をしても尚、謙虚な態度は見上げた心掛けじゃ。だが、謙遜しなくて良いのじゃ。案内を頼む」
「案内……って? まさか……」
「夫婦で睦合には本殿は都合が良い事は分った。だが、一日中では息が詰まる……のぅ?」
「あ、いやぁ、出歩くのはマズイかと、心得ますが……」
「苦しゅうない、苦しゅうない。なにも、心得無くて良いのじゃぞ」
めぐみは、伊邪那美の此処に居るほうが余程、息苦しいと云う、強い視線にたじろいでいた――
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