藪蛇なんです。
ショーティと楽しく遊んでいると、七海が帰って来た――
「ただいま……」
「お帰りっ! 寒かったでしょう? お風呂入れるよっ! うーんと、温まってね。うふふふ」
「ほぇ。めぐみお姉ちゃん、何だか上機嫌だね……てっきり、夕飯の事で怒られるかと思ったんよね」
「怒る? 私が? そんな事、有る分けないじゃない。ちゃんと夕飯を用意して頂いて感謝してますよ」
「だって、豆腐被りだし、足りなかったかなぁ……と思ったんよ」
「何言ってんの、豆腐尽くしを堪能で来たし、美味しかったぁ。まぁ、贅沢を言えば湯葉も欲しかったけど、安い食材でも十分満足出来たよ。ふふふふふ」
七海は湯豆腐と豆腐プリンで被っている事に怒っているのではないかと心配していたが、杞憂に終わった――
「食いしん坊のめぐみお姉ちゃんが、あんな粗末な夕飯で満足するなんて、なんか変だけど……まぁ、いっか」
七海は風呂から上がると、スマート・ウォッチに夢中になっているめぐみを見て、やっと異変に気付いた――
「あれ? めぐみお姉ちゃん、新しい時計買ったの?」
「ん? あっ、コレ? 貰ったの」
「ふーん、そんなん、プレゼントしてくれる人が居るん?」
「居ますよ。何よ……」
「だって、和樹兄貴は、そんなセンス、絶対に無いじゃんよぉ」
「あぁ……そうねぇ。和樹さんは女の子にプレゼント渡すようなタイプじゃないもんね。分かる」
「誰に貰ったん? 新恋人?」
「違うよ、七海ちゃんの知らない人。任務の御褒美に貰ったんだぁ……うふふふふふ」
「だけど、時計を貰った位で、よくもそんなに上機嫌になれるよなぁ……」
「だって、これ、ワンコが入っているのよ。ほら」
めぐみが、スマートウオッチの画面を見せると、ショーティが七海に挨拶をした――
‶ 初めまして。 こんばんは。 僕の名前はショーティ。 ジャック・ラッセル・テリアがモティーフなんですよ ″
「ジャック・ラッセル・テリアのショーティって言うんだぁ……可愛いっ!」
‶ お嬢さんの、お名前を聞かせて ″
「あぁっ、えっと、私の名前はぁ、中俣七海ちゃんです」
‶ 七海ちゃんですね。 よろしくお願いしますね ″
「うん。ヨロシクね。賢いなぁ」
「そうなのよ。どんどん学習して行くから楽しいんだよねぇ」
「いいなぁ……」
「まぁさ。私の場合ゲーマーだった分けよ、それが、地上に降りて来てから全然やらなくなったでしょう? 久し振りに、こんなん触ったらもうね、何だか血が騒いじゃって、大変なのよ。犬を飼うのが夢だったしさぁ。うふふ」
めぐみと七海がショーティと遊んでいると、レミが帰って来た――
「ただいま」
「レミさん、お帰りなさい。お風呂入れますよ」
「あら? 楽しそうだこと。仲が良いわねぇ……」
「まぁ、ちょっとしたオモチャみたいな物で遊んでいるだけですよ。あはは」
「はぁ……疲れたぁ……」
楽しそうな二人と対照的にレミは憮然とした表情でお風呂場に向かった――
「なーんか、機嫌悪そうだお」
「そう? 何時もあんな感じでしょう? それより、七海ちゃんは駿さんと何処へ行ったの?」
「あぁ。あっシ? 駿ちゃんとホット・ドッグ食べに横須賀」
「ホット・ドッグ? そんな物を食べに横須賀まで? ご苦労さんねぇ……」
「分かってないなぁ。ふたりで過ごす時間が愛を育てるんよ。夜景は綺麗だしさぁ、ロマンチックなんよねぇ」
「はぁ、長い時間、タンデムで抱き着いて居たかっただけって事かぁ……なるほど」
「変な納得しないでちょ。ホット・ドックはリアル・アメリカンだお。旨いんだぜ」
「そうなの? ホット・ドックなんて何処で食べても変わらないでしょうに」
「甘いなぁ……ホット・ドックみたいな雑な料理は、意外と美味しい店が無いんよ」
「そうなの? そんなに美味しいんだ。良かったね」
お風呂から上がったレミは、ふたりの話に食いついた――
「ねぇ。今、Amって言ったよね?」
「いや、甘いなって言っただけだお?」
「そう……どうも、脳がやられているのね……」
「レミさん。大丈夫ですか? だいぶお疲れみたいですけど……」
「まぁね。日本の音楽を掘り下げて聞き込んでいたら、もう死にそう」
「調子に乗ってノリノリになると、疲れるんよねぇ」
「ノリノリ? 乗りたくても乗れないから死にそうなのよっ! 大体、恋愛ソングって何なのよ。ウンザリするし、失恋ソングなんて最低過ぎて死にそうよ」
「えぇっ! 良い曲一杯あるお?」
「そうみたいね」
「クリスマス・イブとか?」
「大ヒット曲だって言うから聞いてみたけど……最低最悪だわ。きっと君は来ない、フフフンって……来ない事を喜んでいるでしょう? 失恋に酔いしれるなんて気持ち悪い男。ゾッとするわ」
「んじゃ、Pretenderとか?」
「あぁ。もっと違う設定で、違う関係で、出会える世界線選べたら良かった。ってヤツ?」
「そうそうっ!」
「もっと違う性格で、もっと違う価値観で? 君の運命の人は僕じゃないって? 何から何まで変えなきゃ無理なのって、恋愛ですらないわっ!」
「えぇっ! マジでぇ……」
「只の妄想ね。君はっ、綺麗だぁっ! なんて、本当に恋愛をして傷付いていたら、こんな暢気な歌詞は書けないでしょう?」
「レミさん的には、もっと、泣ける奴が良いんでしょう?」
「全く違う。はぁあ……オーディエンスがこれだから、仕方が無いのかもねぇ。
商業音楽は売れなければ次は無い。それは仕方のない事かもしれない。でも、失恋ソングは心の古傷を痛ませる事で感情を揺さ振り、人の心に届き易い……人の心の弱みに付け込んだ卑怯で短絡的で、売れよう儲けようとする魂胆が見え見えだから嫌なのよっ!」
「…………」
「あなた達に文句を言ってもしょうがない事は分っているけど、本当にイライラするの。悪く思わないでね。きっと、その内に慣れるわ……」
「あのぉ、やっぱ、レミさんはロックの方が良いんですよね?」
「はぁ? 話聞いてた? ロック? ロックって簡単に言うけど、仲の悪い隣国、宗教、人種間対立、人間同士の怒りと憎しみが生んだ野蛮な音楽が日本に在り得る? 神道、仏教、大和心で助け合って生きて来た平和な島国日本にロックなんて在り得ないでしょう? 日本人のロックは只のファッションよ。ロック・ミュージシャンを演じている役者に過ぎないわ」
「…………」
めぐみは、 しょんぼりする七海を気遣って、フォローしたことが藪蛇だったと反省をした――
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