ご褒美に上機嫌。
湯舟にお湯を落としながら調理を始め、出来上がる頃には、湯船にもお湯が溜まっていると云う寸法だった――
「お風呂も準備出来たし、湯豆腐も良い感じだよ」
めぐみは、ゆっくりと土鍋の蓋を開けた――
「あぁ、この、蓋を取った時に天井まで登る湯気と、真っ白い感じが素敵。安上がりなのに、何故か満足をしてしまう湯豆腐。食後のデザートも罪悪感が無くなるよね。うふっ」
食後には豆腐プリンを食べ、豆腐尽くしを堪能した気分でお風呂に入った――
「湯豆腐を食べてぇ、お風呂の中で自分が豆腐になる感じが素敵っ! 豆腐のコンプリートだねぇ。うふふ」
めぐみは、湯船に漬かりながら取説を読むが癖だった――
「お風呂でゆっくりと、取説や成分表を読み込むのは頭に入り易いのよね」
取説を濡らさない様に、慎重に手に取って開いた――
「おや? これだけ??」
取説には、たった一行しか書いていなかった――
「これって……どう云う事?」
‐‶ どうぞ、ご自由に時間旅行をお楽しみ下さい ″
*商品の品質には万全を期しておりますが、万一商品が破損・汚損していた場合、またはご注文と異なる場合は、お届け後7日以内にご連絡ください。
「なんだ、物を見てみないと分からないのかぁ……」
風呂から上がると、コーヒー牛乳を正しい作法で飲んだ――
「ぷっはー。やっぱ、これだねぇ」
机の上に置いた、ビロードの小袋を手に取ると、新しいクロノ・ウォッチ取り出した――
「おぉっ! G―SHOCK的なごっつい奴から、スマート・ウォッチになってるよ。やったぁー! もうさ、女の子の細腕にはアレは似合わないんだよねぇ。お洒落で最新の多機能モデルって分けね。やるなぁ、気が利いているよ」
モニター画面にタッチすると、直ぐに起動して画面が立ち上がった――
「おぉっ! カッケェー! こうじゃなくっちゃねぇ、おや? この両サイドに出っ張ているのは何だろ?」
そこにはイヤホンのマークが印字してあった――
「えっ!? こんな小っさいのに、イヤホンなの……何だか、耳の中に入って取り出せなくなりそうで不安なんだけど……ったく、取説くらい書いて置けば良いのにぃ。商品の品質は万全でも、使い方が分んなかったら意味ないじゃん。もうっ!」
めぐみは、スマート・ウォッチからイヤホンを取り外し、耳に入れた。すると、コロコロと中に入ってしまった――
「うげっつ、入っちゃったよっ! どうしよう、取り出せないよぉ……」
すると、スマート・ウォッチの音声ガイダンスが流れた――
‶ この度は、お買い上げ有難う御座います。そして、おめでとう御座います ″
‶ この製品には取扱い説明書は御座いません。このイヤホンは、耳の中で溶け て、鼓膜と一体化しますので取り出す必要は御座いません ″
‶ この製品はインターフェースに拘り、直感的に操作出来る事を目的に開発されました ″
‶ どうぞ、お手に取って、楽しみながら操作を覚えて下さい ″
‶ 又、学習機能も搭載しておりますので、使い込む程に成長する次世代のスマート・ウオッチを体感して下さい ″
「マジで、ビビるわぁ……いきなり音声ガイダンス出るし、まるで、未来の製品みたい……」
‶ 初めまして。スマート・ウォッチのショーティです。お客様、只今『未来の製品が見たい』と、仰いましたか? ″
「うわぁっ! ビックリ。あの、未来の製品みたいだって言っただけです。未来に行って製品を見たい訳では有りませんので……」
‶ 畏まりました。「ショーティっ!」と呼んで頂ければ何時でも起動します。 終了したい時には「ハウスっ!」と言って頂ければシャット・ダウンします ″
「えっと、ショーティ? この画面の中で、笑っている犬があなたなの?」
‶ はい。そうです。ちなみに僕はジャック・ラッセル・テリアをモティーフにしています ″
「可愛いっ!」
‶ 有難う御座います。お客様のお名前、もしくは愛称を教えて頂ければ、僕が話し掛ける時に、そのお名前で呼びます ″
「そうなんだね。じゃぁ、めぐみちゃんって呼んでね」
‶ 了解しましたっ! めぐみちゃんっ! ″
「何コレ、可愛いっ!」
‶ 有難う御座います。気に入って頂けて嬉しいですっ! 画面にタッチしてみて下さい ″
「どれどれ、いい子いい子。撫で撫で」
めぐみが画面の中のショーティの頭を撫でると、画面が切り替わり、ドッグ・ランを大喜びで走り回るショーティになった――
「何か、楽しくなって来たっ! ショーティ、このスマート・ウォッチの機能を教えて?」
‶ はい。めぐみちゃん、機能に関しては説明が出来ません。取り扱いの説明が極秘なのです。状況に応じて必要な事を聞いて頂ければ、その都度、対応をする様になっています ″
「極秘? 八百万に分からない様にしているのね?」
‶ はい。めぐみちゃん、スパイ防止のためです。只、これ迄使用していたクロノ・ウオッチと違うのは、先程申し上げた通り、未来に行ける様になった事です ″
「あっ! 過去に戻って、時間を遡って現在に戻る機能の、更に上を行くのね」
‶ はい。めぐみちゃん、未来も過去も何時でも自由自在に行けますので、時間旅行を楽しんで下さいね ″
「『うわぁっ! 凄いっ!』って言いたい所なんだけどさぁ。ねぇ、ショーティ、コレって任務用でしょう? 楽しいだけじゃぁ、無さそうなんだよねぇ……」
‶ でも、めぐみちゃん。このスマート・ウォッチを持っているのは、めぐみちゃんだけです。快挙ですよっ! ″
「そうなんだ? 快挙って言われてもなぁ……」
‶ めぐみちゃん、暗くならないで。このスマート・ウォッチは伊邪那美と伊邪那岐を地上に戻した、復活のお祝いに天国主大神から与えられた物なのです。だから、楽しんで使って頂ければ、それで良いのだと思いますよ ″
「本当? お祝いの品なんだぁ……ご褒美って事なのね。ショーティ、生きていれば良い事も有る物ねぇ」
‶ はい。めぐみちゃん、これから、長いお付き合いになりますから、宜しくお願いします ″
「此方こそだよ。何だか、ちょっと、勇気が湧いて来たっ!」
めぐみは、画面の中で尻尾をプロペラの様にクルクル高速で回すショーティが可愛くて仕方なかった――
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