冥府に死す。
伊邪那美の命令には背けない兵達は、天に向かって矢を放ち続けた。だが、暫くすると、力尽きたその矢が雨あられの如く落ちて来て、何処からとも無く悲鳴が聞こえた――
「何と云う事じゃ、何も見えぬ。冥府が漆黒の闇になるとは……小賢しい真似をしおって……」
伊邪那美は大地に向かって手を翳した――
「この伊邪那美を見くびると、どんな目に合うか教えてやろう……えいっ!」
‶ ゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ォォオッ!!! ″
「ちょっと、八咫烏ちゃん。真っ暗で何も見えないんだけど?」
「大丈夫、大丈夫。GPS付いているから、直ぐに戻れるカァ」
「なんか、変な音がするアンッ!」
「冥府の地下からマグマの様な赤い火が見えるウンッ!」
「あぁっ! 本当だ、地割れがして今にも吹き出しそうっ!」
「アレレレ? ちょっと……ヤバい、カァ!」
ウッチャンの言う通りマグマは地獄の業火だった。そして、地割れをした所からボコボコと音を立てて吹き出し始めると、時を待たずして間欠泉のように天に向かって吹き上げた――
‶ ズッゴオォ―――――――ゴゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ゴオォ―――――――ゴゴゴオォ―――――――ォォオ――――ッ!!! ″
マグマは火柱となって天高く吹き上げ、とうとう八咫烏の大群にまで届いた。すると、何千、何万羽の八咫烏が火の玉になって燃え落ちると、空に穴が開き光が見え始めた――
「ちょっと所じゃない、かなりヤバいカァ! 一旦、下へ降りて身を隠すカァッ!」
冥府の空が見えて視界が良好になると、伊邪那美の眼前には、自ら放った矢を浴びて折り重なって死に絶えている兵達の無残な光景が広がっていた――
「ふっふ。この程度の事、痛くも痒くもない……今度はあなたの番よっ! 」
伊邪那美の目が赤く光ると突き刺さった全ての矢が空中に浮いて、伊邪那岐を目掛けて飛んで行った――
「おやおや。此方もその程度の攻撃は織り込み済みです。あなた様の矢をお返ししましょう」
伊邪那岐が上げた手の平を返すと、矢は全て逸れて行った。そして、向きを変えて伊邪那美を目掛けて飛んで行った――
「ふんっ、お遊びは時間の無駄のようじゃ……兵よ甦れっ!」
飛んで来た矢は、空中で静止すると、伊邪那美の神力によって兵に生まれ変わり、伊邪那岐を一斉に取り囲んだ――
「おやおや。世話が焼けますねぇ。どんなに兵の数を増やした所で、それこそ時間の無駄ですよ」
穏やかでジェントルな伊邪那岐の表情が険しくなり、握り拳を突き出すと、目が眩む程の閃光が走った――
‶ ギャア―――――――――――――――――――――――――ァッ!! ″
一瞬にして、伊邪那美の兵達は消滅した――
「何と云う事を……」
「どうしました? 遠慮は要りませんよ」
「ふっふ。良い覚悟じゃ」
太刀でも矢でも敵わぬ事を悟った伊邪那美は、槍を手に取るとビュンビュンと扱いた。その時、物陰に身を隠して見ていた、めぐみの女の勘が働いた――
「違うわっ! 伊邪那岐さんは、殺されに来たのよっ!」
「えぇっ! そんな訳、無いアンッ!」
「いいえ、感情的にならず、冷静なのは……殺される気だからよっ! じゃなきゃ丸腰のまま、身を晒す訳が無いよっ!」
「きっと、何か、特別な神力でもって対抗する気なんだウンッ!」
「いいえ。伊邪那岐さんは、この恋に決着を付けるために、私と契りを結んだのよ。私と伊邪那美の対決になったその時、私が助けを呼ぶ事を知っているから、だから……」
伊邪那美は容赦なく伊邪那岐の身体を槍で突いた。伊邪那岐は避ける事も躱す事もせず、槍で突かれ続けた――
「このままじゃ、死んじゃうよ……」
「助けて、アンッ!」
「止めさせる、ウンッ!」
「まぁ『復讐と恋愛においては、女は男よりも野蛮である』と言うしなぁ。そう云う事なら、パシリにされた事も頷けるってもんだカァ」
槍はグサグサと伊邪那岐の身体を貫通した――
「はぁ、はぁ、何故、避けぬっ! 何故、戦わぬっ!」
「おやおや。どうしました? 憎き裏切り者への復讐が、この程度ですか?」
「何を……強がりを言うのもそこまでじゃ、止めを刺してやるっ! 覚悟っ!」
伊邪那美は、止めを刺そうとして槍を構えると、伊邪那岐の心臓を目掛けて槍を突いた――
‶ グサ――――――――――ッ! ″
槍は左胸から背中に突き抜け、伊邪那岐はその場に倒れた。逃げるそぶりさえ見せずに槍を身体で受け止めた伊邪那岐の目を見て、ようやく伊邪那岐が殺されるために冥府に現れた事を悟り、伊邪那岐に駆け寄り抱き起した――
「何故……」
「君の愛に応えるためさ……」
「嘘よっ! そんなこと、信じられる訳がない……」
「僕が悪かったのさ……あの時、僕は……君を愛する余り、心配になって……約束を破ってしまった……」
「あなた……」
「だから、君の好きな様にして良いんだ……これで……良いんだよ……」
「いいえ、私の方こそ、黄泉戸喫をしてしまった……悪いのは私の方よ……」
めぐみ達は息を止めて、その光景を見つめていた――
「皮肉な物だね……喧嘩なんて……一度もしたことが無かったのに……君の僕への憎しみが……愛おしいだなんて……」
「あなた、死なないで……」
めぐみは、このまま伊邪那岐の死を受け入れる訳にはいかなかった――
「絶対に死なせないっ! これじゃ、あんまりよ、黄泉の国まで追いかけて来たのに黄泉戸喫をして、帰れなくなっていたのは伊邪那美じゃないのっ! 今日だって、最愛の妻の思いを遂げさせようと、殺されるために此処に来たなんて、悲し過ぎるよっ!」
「もう駄目だ、アンッ!」
「時、既に遅しだ、ウンッ!」
「まぁ、何事もあきらめが肝心。なるようにしかならねぇ……カァ」
「ちょっと、あんた達。そんなんで良い分け? そんじゃぁ、私の立場がないじゃないのっ……あ―ぁっ!」
めぐみは、立花伊代に貰った飴ちゃんが、懐にひとつ残っている事を思い出した――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。