裏切り者は許さない。
伊邪那美はアッチャンとウッチャンをジロリと見るや、舌なめずりをした――
「うん。旨そうな狛犬じゃ……」
「ガクガク……」
「ブルブル……」
「冥府に落ちて来る者は皆、煮ても焼いても食えないが、地上から来た狛犬は実にうまそうじゃ。熱湯を掛けて毛抜きをして内臓を抜いて塩を擦り込んで天日干しにして、その後……蜂蜜にでも漬けられれば良いのだが……」
「食べられたくないアンッ!」
「助けてウンッ!」
「狛犬を食べるなんてとんでもないですよっ! 馬鹿な事はお止め下さいっ!」
「ほぅ。この期に及んで狛犬の心配するとは、立派な心掛けじゃ……ふっふっふ、処女の味は格別よのぅ。ふっふっふっふっふ」
「げぇっ! わ、私も食べる気なんですか……?」
「おや? それ以外に何の利用法が有ると言うのじゃ? まさか、此処から帰れるとでも思っているのかぇ?」
「そ、そんなぁ……」
伊邪那美は、めぐみに歩み寄ると怪訝な表情になり、鼻をひくひくさせて、臭いを嗅いだ――
「ん? おかしい……処女の臭いはするが、人間の臭いは薄い……お前は、本当に人間なのかっ!」
「あわわわわ……」
伊邪那美は、めぐみの襟首を掴んで引き寄せると、首に見覚えの有る指輪が有る事に気付いて激高した――
「この指輪は、元々私の物っ! この指輪を持っていると云う事は、全て伊邪那岐の仕業に違いあるまいっ! 許さんっ!」
めぐみは、瞬時に伊邪那美の肩が動き、爪先が開いて構えに入ったのを確認した。そして、太刀に手が掛かると同時に首が落とされるか、頭のてっぺんから股まで一気に振り下ろさて真っ二つにれるか……最早、防御をする術も無く諦めたその時、思わず断末魔の叫び声を上げてしまった――
‶ た す け て ぇ――――――――っ ! ″
すると、首に掛けた指輪が輝き、伊邪那美は目が眩み、手元が狂った――
「うわぁっ! 目がっ、目が見えぬ……」
‶ ぼわわわぁ――――――んっ! ″
「お嬢さん。お呼びでしょうか?」
「あっ! 死神さん……って云うか伊邪那岐さん、伊邪那美さんに殺されそうなんです、助けて下さいっ!」
「えぇ、勿論です。今、お助けしますので御安心を」
めぐみに優しく微笑む伊邪那岐の態度は伊邪那美を逆上させた――
「この裏切り者っ! 産みに産んだこの私との約束を守らず、背を向けて逃げた卑怯者。そして今、こんな、小娘と契り結ぶなど……絶対に許されぬ事っ! 女の復讐を受けるが良いっ!」
「やれやれ。天の国だろうと地上だろうと、そして、この冥府に於いても女のヒステリーと云うのは最悪ですねぇ……」
「何を言うっ! あたかも私に落ち度が有る様なその口ぶり……聞き捨てならぬっ! ヒステリーなどと言語道断、責任転嫁も甚だしいっ! 天の国であろうと地上であろうと、そして、この冥府に於いても裏切り者のクズ野郎が女の敵である事に変わりはないっ!」
「それは、此方のセリフですねぇ。 黄泉の国の竈で煮炊きした物を食べる黄泉戸喫をしたのは誰ですか?」
「…………」
「ほら。反論出来ませんねぇ。あなた様を信じて愛していたのに、裏切ったのはどちらでしょうねぇ?」
ふたりは睨み合い、夫婦喧嘩が勃発した――
「アッチャン、ウッチャン。ヤバいよ……どうしよう?」
「夫婦喧嘩は犬も食わないアンッ!」
「夫婦喧嘩で狛犬が食われるなんて、聴いた事がないウンッ!」
伊邪那美は太刀を抜くや、伊邪那岐に切り掛かったが、伊邪那岐は涼しい顔で瞬間移動をして躱すものだから、伊邪那美は髪を振り乱して太刀を振り回した――
「アッチャン、ウッチャン。この緊張状態の中でもジェントルなままだよ……伊邪那岐さんマジでカッケー」
「感情的にならないで落ち着いているアンッ!」
「相手の技を見切っているから出来る事。格が違うウンッ!」
伊邪那岐は隙を見て手を肩まで上げると、指をパチンと鳴らした。すると、めぐみ達の元へ何処からともなく一羽のカラスが飛んで来た――
「カァ。地上までお連れします。カァ」
「何? 誰? 何処?」」
「カァ、コッチだよ、木の上だって、俺だよ――んっ!」
「えっ? あんた……カラスじゃん」
「カァ、ちょ、おまえ、 良く見てみろよ。只のカラスじゃねぇ――よっ! カーーァッ!」
「え? あっ! チンコがデカいっ!」
「ふざけんなよっ! チンコじゃね――よっ! 足だよ足っ! 三本足のカラス、八咫烏だよっ!」
「あぁ――ねぇ。でも、本当にあんたが、地上まで連れて行ってくれるの?」
「あっ。舐めてんな? ちょ、見てみろ、ホレ」
八咫烏が大きく羽搏くと身体がグンと大きくなった。そして、羽搏けば羽搏くほど、どんどん大きくなって行った――
「うわぁっ! 凄いっ!」
「なっ。ベイベー、ほんじゃぁ行くかい? それっ、カァ――――ア!」
八咫烏は、右足でアッチャン、左足でウッチャンを、真ん中の足でめぐみを掴むと、大空へ羽搏いた――
「これで帰れるアンッ!」
「助かったウンッ!」
「待って、伊邪那岐さんはどーするのよ?」
「あー、それなら大丈夫、大丈夫。ひとりで返って来れるから。何より今、お取り込み中だから。おいら達はその隙にサッサとトンズラするのが正解なのよ。分かったカァ?」
「うん、分かったっ!」
伊邪那美は、逃亡するめぐみ達を発見すると声を荒げた――
「ぐぬぅっ、逃がすものかっ! あの者達を、捕まえろっ!」
「はっ!」
伊邪那美の一声で、兵の者達は弓を引き絞り、天空を舞う八咫烏とめぐみ達を打ち落としに掛かった――
‶ シュッ、シュッ、シュッツ、シュッ、シュッ、シュッツ、シュッン、シュッンッ! ″
「おいおい。 おいらは神の使いだよ。そんな簡単に打ち落とせる訳ないじゃんカァ!」
しかし、兵の放った矢は、八咫烏の左頬を掠めた――
「お―――っとぉ、やるねぇ。だけど、おいらは天の国の神様の使いだからね。仲間を呼んじゃうもんね」
‶ カァ―――――ッ! カァ――――――ッ! カッカッ、カァ―――――ッ! ″
八咫烏の号令が天まで届くと、一転にわかに掻き曇り、大空を埋め尽くす八咫烏の大群に、辺りは真っ暗になり、伊邪那美の兵達は狙いを定める事さえ出来なくなっていた――
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