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夫婦喧嘩は狛犬も食わない。

 警護の女中が廊下を静々と歩いて定位置に着くと、ドラム・ロールとホーンセクションの盛大な音が鳴り響いた――



 ‶ ダラララララララ――ンッ、ダンッ、ダンッ、ドンッズッパンッ、パッパラーッパ、パッパ、ビーバップッ! ″


「レディース、アーーンド、ジェントルマンッ! 死の国の支配者、黄泉津大神よもつおおかみ、女の中の女、女神の中の女神、伊邪那美様の御成り―――――ぃ!」


 伊邪那美が登場すると周囲は静まり返った。純白の衣装は着物の様な合わせで、太い銀のメッシュのベルトに大きなゴールドのバックルで、中心に巨大な紅玉をダイヤモンドが囲み更にその周囲を蒼玉が囲んでいた。そして、編み上げのロング・ブーツの踵を鳴らして歩く度にサイドのスリットから時折見える素肌は衣装に負けないほど白く艶めかしかった――


「そこの者。そこへ直れ」


「はっ……」



 ‶ シュパッ―――ツ! ″



 伊邪那美は腰に差した太刀に手を掛けるや、目にも止まらぬ早業で紹介をした鬼の首を落とした――


「まったく、冥府の住人共は、何度言っても分からぬ様じゃ。女の中の女ではない、美女の中の美女だと何故言えぬのか……そして、冥府に落ちてくる人間も同様、愚図で鈍間の癖に手柄を欲しがる、強欲で、煮ても、焼いても、食えない者ばかり……しかし、血の池地獄で水遊びをし、業火に焼かれてもキャンプ・ファイヤーだと大喜びした者が居るとは驚きよのぅ……」


「はっ、伊邪那美様、仰せの通り、その者を連れて参りまして御座います」


「うむ。その方、面を上げて良いぞ。名は何と申す」


「はあぁっ、小林一蔵と申します」


「ふっ、随分と古風な名前よのぅ。そこの鬼、この者の罪状を申せ」


「はっ、人材派遣会社の社長で労働者からの搾取と政府補助金や公金をせしめたと有ります」


「なに? その程度の罪状で、冥府に落ちると云うのは解せぬのぉ。小林一蔵っ! 包み隠さず真実を申せ」


「はあぁっ、畏れながら申し上げます……私が人の心を失った為、地上に居る必要は無いと……此処に、連行されたので御座います……」


「連行だと? 冥府に落ちて来たのではなく、何者かによって連行されと申すか?」


「ははぁっ、死神が……私の元に参りまして、そのようにハッキリ申しました。嘘、偽りは御座いません……」


「ほう……鬼共っ! その連行した死神を此処へ」


「はっ、それが……誰の手によって連行されたのか、不明で御座いまして……」



 ‶ シュパッ―――ツ! ″



 伊邪那美は再び腰に差した太刀を抜き、鬼の首を落とした。ゴロンゴロンと転がった鬼首は小林の目の前で止まった――


「ひぃ―――いっ!」


「役立たずめ……」


 めぐみも野次馬も、伊邪那美の気性の荒い、残忍な振る舞いに愕然とした――


「ふんっ、死神などと戯けた事を……一体、何時から地上の住人を連行して処罰をしておるのじゃ。それさえも分からぬと申すのか?」


「ははぁっ……平にご容赦を」



 ‶ シュパッ―――ツ! シュパッ―――ツ! シュパッ―――ツ! ″



「伊邪那美様、どうか、お許しを……」


「死の国の支配者はこの私。鬼共をいくら切った所で直ぐに湧いて来る。それよりも怪しい死神を引っ捕らえることが先決じゃ」


「はっ、今直ぐ探して参ります」


 鬼達は、死神を探す事を口実に伊邪那美の前から逃げる様に姿を消した――


「ふっ、所在も分らぬまま探すなどと、馬鹿な事を。ところで小林一蔵、その方、地上に戻りたい様じゃのぅ?」


「はあぁっ、はい……」


「地上の地獄は、この無間地獄よりも苛烈極まる世界とは誠であるか?」


「はあぁっ、誠で御座います……」


 伊邪那美は自分を前にしても嘘を吐き通す小林に、恐れ戦き退散する鬼共には無い凄みを感じ取っていた――


「ふぅむ……よかろう、お前を地上に戻してやるっ!」


「はっはあぁ……有難き幸せ、恐悦至極に存じます」


 小林は、お付きの女中に案内をされて御殿の中へ入って行った。すると、伊邪那美の表情が険しくなった――


「先程から気になっていたのだが、臭うのぉ……」


「これは失礼いたしました。しかしながら伊邪那美様、臭いなど何もしませんが?」


「いや、無理もない。地上を知らぬその方らには感じ取る事は出来まい……」


 女中達は騒めいた――


「伊邪那美様、それは、どう云う事なのでしょうか?」


「獣臭がする……」


「獣臭?」


「犬の臭い、それも只の犬ではない、狛犬の臭いがするのじゃ」


「狛犬っ!? それは、一大事で御座いますっ! 今直ぐ兵を……」



 ‶ ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ ″



 めぐみは驚いて飛び上がった――


「アッチャンとウッチャンが危ない、早く逃げなきゃ」


 めぐみは、急いで立ち去ろうとしたが、野次馬だらけで身動きが取れなかった。そして、伊邪那美は鼻をひくひくさせて臭いを嗅ぎ取っていた――――


「それだけではないっ! この匂い……この懐かしい匂いは……処女の臭いじゃっ!」



‶ ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ、ザワザワザワ ″



「処女って、もしかして、私? ヤバいよ、見つかっちゃうよっ!」


 めぐみは必死で逃げたが、伊邪那美の神力は強大かつ圧倒的で、一瞬にして野次馬は消え失せ、あっと言う間に兵の者達に取り囲まれてしまった――


「あわわわわ……」


「捕まった、アンッ!」


「もう駄目だ、ウンッ!」 


 伊邪那美の兵は、狛犬を恐れる事も無くアッチャンとウッチャンを捕獲すると、めぐみも取り押さえられて伊邪那美の前に引きずり出された――


「お前達は何者じゃ……此処へ何しに来た?」


「あぁっ、ちょっと、サイト・シーンって云うか、社会見学みたいな?」


「その方、良い度胸をしておるのぅ……」


 兵の者達は一斉に槍をめぐみに向けた――


「小娘がっ! 伊邪那美様に聞かれた事にふざけた返答をするとは何事かっ!」


「まぁ、良い。断りも無く地上から人間を連行する死神と、狛犬を連れて物見遊山に小娘が此処へ来ている事こそ問題じゃ」


 伊邪那美の表情が険しくなり、鋭い眼光でめぐみを見据えた――


「狛犬を連れて此処へ来たと云う事は……初めてでは無いなっ!」


「えっ?! あっ、はい……」



 めぐみは、伊邪那美の肩がほんの少しでも動き、太刀に手を掛けたその瞬間に、切り殺される事を悟った――






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