女心と春の空。
めぐみは、素戔嗚尊が旅に出たことも、伊代ちゃんが現れた事にも特別な意識は持っていなかった――
「あぁ、何だかどっと疲れが出たよ。やっぱ、副作用かしら……」
「めぐみ姐さん、あれだけ働けば疲れて当然ですよ。もう、目が回りましたよ」
「そう? そんなに……」
「そんなにって、あんなハイ・ピッチで作業をされたら、明日からやる事無いですよ」
「あら……」
「少しはペース配分を考えて貰わないと。典子さんも紗耶香さんも、参拝客が居ない間は、やる事が無くて待ちの姿勢で固まって、吐息が聞こえるほど静まり返っているんですから」
「そうねぇ……でも、明日は明日の風が吹くって言うでしょう? 明日になれば又やる事が有るわよ」
「めぐみ姐さん。それにしても、やけに静かだと思いませんか?」
「えぇ?」
「なんて云うのか、不気味なくらい静かですよ」
「気のせいよ。祈年祭が終わって、ノー・ハラ東京みたいな変態イベントが終わったから、そう思うだけよ」
「まぁ、だと良いんですけど……何だか、嵐の前触れみたいで、気味が悪いなと思ったので……」
めぐみは、社務所を出て授与所へ向かって歩いている時、ピースケの言葉の意味を理解した。素戔嗚尊が居なくなった本殿の結界は消え、冷たい風が吹いているのに木々の枝は揺れていなかった――
「うーん、不気味っちゃぁ、不気味だなぁ……」
すると、狛犬のアッチャンとウッチャンが話しかけて来た――
「アンアン、冥府で不穏な動きが有るアンっ!」
「ウンウン、死神さんが危ないウンっ!」
「えぇっ! 死神さんが危ない? 何で? どうして?」
「アンアン、冥府に連行した男が問題アンっ!」
「ウンウン、くたばらないウンっ!」
「冥府に連行されたにも関わらず、あの、無間地獄でくたばらないってどう云う事だろう……アッチャン、ウッチャン、情報を有難う」
「アンアンっ!」
「ウンウンっ!」
めぐみは、天海徹の言葉を思い出していた――
「天照大御神がフェイク……天国主大神が、私を地上に派遣したのは、その任務のためだと……任務かぁ」
めぐみは、大きな溜息を吐くと、木々がザワザワと揺れた。すると、目の前に天海徹が現れた――
「この間は迷惑掛けて悪かったな。お前のお陰で命拾いをした。有難う、感謝する」
「あら? 嫌な感じ……何で、あんたが此処に居るのよ?」
「嫌な感じとは御挨拶だな。オレが神社に来てはいけないのか? この間の礼を言いに来ただけだ」
「あぁ。礼なら助けてくれたレミさんに言いなさいよ」
「馬鹿だな。オレはあいつのせいで殺されそうになったんだぜ? レミは命の恩人のオレに礼を言い、オレはお前に言う。それが筋だろ?」
「まぁね……ねぇ、アッチャンとウッチャンに死神さんが危ないって、聞いたんだけど、あんた何か知っている?」
「アッチャンとウッチャンとは、あの狛犬か……お前は冥府に行った事が有るんだろう?」
「えぇ……」
「普通なら、あの無間地獄から這い出て来るような人間が居るとは考え辛い。だが、伊邪那美のお気に入りになれば復活も在り得る」
「お気に入り?」
「地上で目覚ましい成果を残した人間なのだろう。又、無間地獄に落とされて尚、復讐の焔を燃え滾らせるような真性の悪人と云う事だ」
「元々、伊邪那美の刺客と云う事ね?」
「いいや、違うね。伊邪那美の刺客として放たれた者なら、冥府の無間地獄で消滅する。そして、その事を伊邪那美も確認している筈だ。人間として地上に産み落とされ、誰よりも人間を憎む存在。最恐の悪神になる可能性が高い人間だ」
「そんな人間が居るなんて信じられない……」
「あぁ。信じられない事ばかり起こるのさ」
「最恐の悪神が無間地獄から生まれるなんて……死神さんはどうなるの?」
「殺されるだろう。そして、アマテラスとスサノオ、ツクヨミも消滅する」
「消滅!? そんな馬鹿な……」
「オレが国勢調査をしていたのは、何時の間にか消えて行く神の数が尋常ではないからだ。お前がレプティリアンを退治している隙に、神の処刑が行われていたと云う事だ」
「神様を処刑することが出来るなんて……」
「邪神、悪心を退治した数よりも遥かに多くの神がこの地上から消えている。伊邪那美にとって、この地上がデストピアになろうが御構い無しだからな」
「でも、それって……」
「伊邪那岐に対する復讐だ」
「復讐って、醜い姿を見られただけでしょう? そんな事で……」
「腐乱した自分の姿を見られた事に対する復讐と考えるのは甘いな。約束を守らなかった事、自分の事を信じなかった伊邪那岐に対する恨みだ」
「なんか、馬鹿馬鹿しい。そんな事で周囲を振り回すなんて最低だよ。だんだん、腹が立ってきた」
「お前は面白い女だな。女心を理解し共感するどころか腹を立てるとは……はっはっは」
「笑い事じゃないでしょうっ! 死神さんが危機に晒されているんだから」
「まぁまぁ、コレは俺の推測だが……お前と契りを結んだのは、そのためだと思う」
「えぇっ!?」
「やがて、お前が時間を操る様になれば、解決するのだろう。問題は、そうなる前に殺るか殺られるかって事だ」
「そんな、冗談じゃないわよっ! 死神さんが殺されるだなんて……」
「心配するな。伊邪那岐だって黙って殺られたりはしない」
「だって……」
「チッ、礼を言いに来ただけだと云うのに、話が長くなってしまったな。これだから女は嫌なんだ。まぁ、レミを守っていれば、その内に動きが有るだろう。じゃあな」
めぐみは、天海徹の後ろ姿を見送ると、言い様の無い不安に襲われた――
「その内にって言われても、どうすれば良いのだろう……」
「アンアン、冥府に行ってみるアンっ!」
「ウンウン、伊邪那美に会って、直接対決するウンっ!」
「もう、アッチャンもウッチャンも、直接対決だなんて無責任な事を言わないで。余計に拗れたら収拾がつかないよ……恐ろしい」
めぐみは、時間を操れる様になるまでの空白の時間を、どう過ごすか考えていた――
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