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 ―― 二月二十日 友引 甲辰 


 喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――



「おざっすっ!」


「めぐみさん。お早う御座います」


「おはようですぅ」


「めぐみ姐さん、お早う御座います」


「清々しい朝ですね。祈年祭も終わり、夏越しの大祓まで、ゆっくり出来ますねぇ」


「めぐみさん、そんな甘い考えでは駄目ですっ! 日々、精進しなければなりませんよ」


「えぇっ、はい……」


「めぐみ姐さん、日常業務のブラッシュ・アップが急務です。僕は頑張りますよっ!」


「ピースケちゃん、やる気満々ねぇ……」


 ピースケは授与所の御守りとおみくじの整理整頓を始めた――


「あっ、紗耶香ちゃん、そっち持って」


「はぁい」


「これで良いよ」


「うん。これ上げるっ!」


「これは?」


「ピースケ君に」


「えっ!? そんな、気を使わなくて良いのに……」


「良いのよぉ…」


「だって、それじゃぁ、悪いし」


「悪くなんかないよぉ。だから……」


「でも……」


「良いってばぁ」


「だって……」


「良いの。ピースケ君のためだから…」


「そう? じゃぁ、遠慮無く……ありがとう」


「うふっ」


「かぁ―――――っ! 何だよ、イチャイチャしやがってっ! あぁ、孤独を感じるぅ。二十歳で契りを結んだと云うのに……和樹さんだって居るはずなのに。つまんないの、私の立場無いじゃんよっ!」


 めぐみは、授与所を飛び出し、参道を拝殿に向かって歩いていた。すると、何やら気配を感じた――


「むむっ! この気配は萌絵ちゃんだなっ!」



 ‶ おりゃっ! とうっ! ″



 めぐみは八艘飛びで横へ飛んで振り返った。だが、萌絵ちゃんの姿はなかった――


「あれ……? いたはずなんだけどなぁ……」


「真後ろから、こんにちは」


 めぐみは、飛び上がって驚いた。気配を消して背後に居たのは、身長百四十三センチ、綺麗な着物姿でキラキラと瞳を輝かせ、ちょこんとした鼻におちょぼ口で、見るからに可愛らしい少女だった――


「うわぁっ! あなたは誰?」


「人生、生きていれば無傷ではいられません。上司と部下の板挟み、変えたい人と変えたくない人、嫁と姑、本家と分家など人間関係の軋轢に悩むものです、やるべき事をやったのに、梯子を外されてしまう……そんな事を、誰しもひとつやふたつ経験するものです……」


「はぁ。見た目とは裏腹に大人びた御意見ですこと……」


「申し遅れました。私『ヤバイよヤバイよ、立場無いよ』と窮地に立った、そんなあなたに、そっと寄り添う水先案内人。立花伊代です」


「立場無いよ? タチバナイヨ、立花伊代……駄洒落かっ!」


「お姉ちゃん。怒ったらダメよ」


「そんな、おやじギャグみたいな名前と云う事は……伊代ちゃん、あなたは悪い大人達に金儲けの道具にされているわ。利用されているのよっ!」


「良いんです。私……それでも……」


「良くないよっ!」


「お姉ちゃん、私のために怒ってくれて有難う。私、平気よ……」


「駄目だよ、自分を大切にしなくちゃ。ねっ!」


「私、立場の無いお姉ちゃんを救うために来たのに……励まされちゃったぁ……」


「確りしなきゃダメよ。大人ってぇのは、汚ぇんだよっ!」


「そんな事、無いよ。だって、お姉ちゃんは汚く無いもん……」


「えっ?」


「それじゃあコレを。また会える日まで……さようなら」


 伊代は、そっと優しくめぐみの手を両手で包むと、参道をすうっと去って行った――


「伊代ちゃん? 伊代ちゃんってばぁ……あぁ、行っちゃった」


 めぐみは、伊代が手の中に残して言った物を見つめていた――


「コーラ、ソーダ、パッション・フルーツ……飴ちゃん!? 見た目は幼い少女なのに、やる事は大阪のおばちゃんみたいだよ」


 めぐみは、気を取り直して拝殿に昇殿して、掃除を始めた。そして、掃除を終えると本殿の清掃に向かった――


「本殿の掃除もしなくちゃねぇ。まぁ、たまにはエロ親父の話し相手でもしてやるか」


 めぐみは、本殿の扉を開け中へ一歩入ると、冷たい空気に爪先まで痺れた。そして、素戔嗚尊スサノオノミコトの気配が無かった――


「あれ? 誰も居ない感じ……ま、いっか」


 固く絞った雑巾で丁寧に拭き上げていると、天井からひらひらと紙が舞い降りて来て、めぐみの足元に落ちた――


「あら、何かしら?」



 ‶ 前略 めぐみ様


 淋しさの徒然に


 思う事が有って


 愛を探しに……


 旅立つ事にしました


 この事は誰にも話さないで


 そして、探したりしないで


 涙で文字が滲んでいたなら……


 分かって下さい。



                    草々 ″




「何コレ? 愛を探しに旅に出ますだぁ? 滲んでねぇ――しっ! なにが草々だ、草生えるっちゅーのっ!」


 めぐみは、この数週間の周囲の変化に気付いてこそいたが、着いて行けなかった――


「あぁ、イライラするっ! 私の味方は何処にも居ないのっ! やんなっちゃうよ、もうっ!」


 ひとり社務所でお茶を飲み、頭を冷やしていると、何処からともなく声がした――



 ‶ 窮地に立った、そんなあなたに、そっと寄り添う水先案内人


 立場の無い、お姉ちゃんを救うために来た、立花伊代です ″



 めぐみは、伊代ちゃんの事を思い出した。そして、懐紙に包んで仕舞っておいた飴ちゃんを取り出した――


「コーラって気分じゃないし……ソーダにしよっとっ!」


 包みを開けて口に放り込むと、爽やかなソーダの香りが広がった――


「はぁ――――――――あっ! 凄い刺激っ!」 


 身体の疲労感と心のモヤモヤが一気に吹き飛んだ――


 「モリモリとやる気が出て、ストレスゼロ、カロリーゼロ、コレってヤバない? 副作用ゼロだよね? 何だか、ドラッグみたいな感じがする。やった事無いけど」


 めぐみは、やる気満々で授与所に戻った――


「あっ、ピースケちゃん。御守りの此処を揃えてね。ピシッと。分かった?」


「はい……」


「紗耶香さん、おみくじ折るの、もっと手際良くやって下さいね。あと、糊を付け過ぎないで、それから、御朱印帳の新しいのは此処へ置いて下さいね」


「はぁい……」


 めぐみは、目にも留まらぬ早業で、あっという間に作業を片付けると、参拝客の対応をした――


「今日のめぐみさんは、何時もと違う……凄いっ! 私の言った事を理解して行動しているのね。いやぁ――ん、嬉しいわぁ」



 典子は、テキパキ、ハキハキと対応するめぐみの姿に、目を潤ませていた――

 


 



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