死なない限り、掠り傷です。
レミは、慌てて天海徹の手当てをした――
「大変、血が出ているわ……」
「大丈夫。掠り傷だ」
「ねぇ、彼を殺したのも、あの連中だと言っていたけど、一体、何者なの? 知っている事を全部教えて」
「悪神だよ……それも、最も邪悪な連中だ」
「でも、どうして……」
「オレには先を見通す力が有ると云っただろ? 今日、お前がMistyに行く事は分っていた。だが、まさか、お前がオーディオにハマるとは思っていなかったのさ……」
「もし、私がオーディオの修理をしていなかったら?」
「今頃、無事に帰宅しているさ。奴等は、お前を血眼になって探している。だが、居場所を特定するのに時間が掛かるんだよ」
「どうして……?」
「お前が守らているからだ。奴らは、お前の生体反応をキャッチする事が出来ない。そして、キャッチした時には既にお前は居ない、残像だけだ。時間差が有るからな」
「時間差が有るって……どう云う事? 私が守られているって、誰に?」
「鈍い女だ。お前が居候している部屋の主、地上名、鯉乃めぐみだよ」
「彼女が、私を守っているですって?」
「あぁ、そうだ」
「そんな……彼女が……彼女に、そんな力が有るなんて考えられないわ」
「彼女の正体は時読命。この地上の、全てを支配する事の出来る神だ」
「何ですって? 信じられないわ……」
「あぁ、とても三貴神の上を行く存在だとは思えないだろう?」
「えぇ……」
「無理もない。俺だって最初は信じられなかった。あの、無邪気さはカムフラージュだと信じて疑わなかった位だからな」
「彼女が、そんな力を?」
「あぁ。彼女は何も考えていないように見えて、本当に何も考えていなんだ」
「どう云う事?」
「考えたら負けなんだよ。ほんの一瞬でも考えた瞬間に、憧れは嫉妬に変わり、欲望と執着になってしまう様にな。彼女は人間と同じように振舞っているが、完全な『無』になっている。だから、地上で活動していても、誰にも気が付かれない。それどころか、縁結びだと言って、恋の女神を演じている……全く無自覚にだ」
「『縁結び』はカムフラージュと云う事ね……」
「そうじゃない。確かに縁結びには違いないが、無自覚ゆえに、八百万は人間達とのドジな関わりにしか目が行っていない。完全に死角に入っているんだよ。素戔嗚尊が喜多美神社に身を隠している事や、竹見和樹や火野柳駿と縁を結んでいる事に気付いてさえいない」
「神が神と縁を結んでも不思議に思う神は居ないわ」
「あぁ。だが、死神と契りを結んだ事がその証だ」
「死神って……」
「伊邪那岐だよ」
「えっ……」
「伊邪那美が地上に放った刺客を退治するために、黄泉国に潜入してる真っ最中だ」
「そんな事が? どうして……」
「フッ。何も分かっていない様だな。今の天照大御神は偽物だ」
「何ですって? そんな馬鹿な……」
レミは、突然、現実を突きつけられ、表情が曇った――
「やっと分かった様だな。天照大御神は幽閉されている。そして、天岩戸から救い出すために、お前の力が必要なんだよ、BANDの力がな。奴らはそれを阻止するために、先回りしてお前を暗殺しようとしていると云う事だ」
「それなら、彼は、私のせいで殺されたの?」
「その、どちらとも言える。だが、お前の犠牲になったと云う訳じゃない。どの道、殺されていた。最終的に、お前を殺す事が出来なかったと云う事だ。天国主大神はお前を地上に置いたままでは危険だから、天の国に戻し、誰も手が出せない『分室』に配置したんだ。そして、そこへ鯉乃めぐみが迎えに来たと云う事さ」
レミは、感情を抑える事が出来なくなり、大粒の涙を零した――
「これだから女は嫌いなんだ。メソメソしたって何も変わらないぜ。さぁ、早く此処から立ち去るんだ」
レミと天海徹は、めぐみのアパートに向かった。そして、めぐみは仕事を終えて、家路を急いでいた――
「あぁ――、寒い寒い。さてと、今日の夕飯は何じゃらほい。おや? 部屋の電気が点いていないよ……誰も居ないの? 一番乗り? マジかぁ……」
暗い冷え切った部屋に灯りを点けて、中に入るとダイニング・テーブルの上に書置きが有った――
‶ めぐみお姉ちゃんへ
レミさんも何時に帰って来るか分かんないし
駿ちゃんにメールしたら、夕飯を誘われたんよ
帰りは何時になるか分からないの。だから……
冷蔵庫の中に何でも有るから、適当に食べてちょ
P.S. ガチ中華と街中華の話で盛り上がっちゃって
今夜は北京ダックと点心にしたお。Bye bee ″
「ぬぬっ! 何だこの、含みを持たせた『だから……』は? だから何だってんでぇぃ。しかも『P.S.』いらねぇ――だろぉ――がっ! ったく、その上『Bye bee』だって。イチャイチャしやがって、こっちは誰も居ない部屋を暖める事から始めなきゃなんないのに。HOTなふたりに、ムカつくぜっ!」
めぐみは、暖房のスイッチを入れると、お風呂のお湯を落としながら部屋着に着替えた。そして冷蔵庫を開けると、食材も揃っていて、冷凍庫の中には、ご飯や餃子、ソース類など、ストックが沢山有る事に感激した――
「まぁ、そうよね。冷凍だけど、七海ちゃんの暖かい思いやりを感じるよ……そうねぇ、豚肉はパーコーいって、エビはチャーハンいって、んで、水餃子にすっかなぁ。ガチ中華でも街中華でも無い、家中華に決定なのだっ!」
‶ スカスカスカスカッ! トントントントンッ! ジャァ―――――ッ! ″
めぐみが一心不乱に中華鍋を振っていると、レミと天海徹が帰って来た――
‶ ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ″
「はぁ――い、ちょっと待って下さい、今、手が離せないんで、レミさんでしょう? 開いてますから、勝手に入って下さい」
‶ ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ″
「おや? なんだろなぁ、もうっ! 開いてますよっ!」
めぐみが火を止めてドアを開けると、天海徹を肩で支えたレミが倒れ込んで来た――
「うわぁっ! レミさん、どうしたんですか? あれ? Mr.ナポリタンじゃないですかっ!」
「怪我をしているの。助けて欲しいのっ!」
左肩を撃たれた天海徹の傷口は、掠り傷ではなかった。袖口は鮮血で染まり、まるで、真っ赤なシャツを着ているのかの様だった。そして、指先からは血が滴り落ちていた――
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