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思い出は手放さないで。

 その店の名は『喫茶・Misty』古びた看板は文字が所々消えていたが、月光に照らされた花に舞う蝶の絵が印象的だった――


「Misty……昔、来た事が有る様な、不思議な懐かしさを感じるわ……」


 レミは、冷めない内にスープを口に運んだ――


「コンソメ? 刺激の強い物を口にした後だから、まるで吸い地の様にあっさり感じる……」


 整えた口でサラダに手を伸ばした――


「ゆで卵のスライスを付けるお店が多いけど、ミモザ・サラダなのね。黄身が丁寧に裏漉ししてあるわ……アスパラもブロッコリーも新鮮で美味しい、マヨネーズも自家製ね。美味しい」


 レミが感嘆していると、数人の男が入って来た――



 ‶ カラン、コロン、カララララ――――ンッ! ″



「お世話になってます。お宝買取のHunterです」


「あら、ちょうど落ち着いた所で良かったぁ。さっきまで忙しかったのよ」


「それでは早速、拝見させて頂けますか?」


「ちょっと散らかっているけど大丈夫かしら?」


「ハイ、大丈夫ですよぉ」


 レミは、気になっていた部屋のドアをマダムが開けるのを眺めていた――


「ん? あの部屋、レコードが天井までギッシリ。きっと、御主人のオーディオ・ルームだったのね……」


 暫くして、食事を終えたレミはアフターのコーヒーを貰うために手を挙げた――


「あぁ、お済ですか? それでは今、コーヒーをお持ちしますね」


 マダムはテーブルの上を片付けながらレミに話し掛けた――


「お口に合いまして?」


「はい。御馳走様でした。とても美味しかったです」


「それは良かったです。ふふふ」


「あの、ちょっと、お伺いしたい事が有るんですけど?」


「はい。何か?」


「このお店、『喫茶・Misty』って書いて有りますけど、所々剥がれていますよね? 本当は何て言うんですか?」


「あら? 気になります? 本当は『食事と音楽 喫茶・Misty』って言うんですけどね。ペンキも剥がれちゃって、そのままなんですよ。可笑しいでしょ?」


「いいえ。あの、もしかすると、あの絵も御主人が?」


「あら? 良く分かりますねぇ。あの看板は生前、主人が書いたものですから『そのままにしておこうよ』って、お客さんと息子が、話し合って決めたんですよ」


「そうだったんですね。彼方のお部屋はオーディオ・ルームですか?」


「まぁ、お客様、何でもお見通しね。リスニング・ルームだったんですけど、主人が亡くなってから使わなくなったんですよ」


「あんなにレコードが沢山有るのに、どうして使わないんですか?」


「息子も私も機械音痴で、分からないまま使っていたら、壊しちゃったんですよ。メンテナンスとかも分からないし、電気屋さんを呼んだ事も有ったんですけどね、修理にかなりのお金が掛かるみたいで……今は音楽なんて簡単に聞けるじゃないですか? だから、買取を依頼したんですよ」


「そうですか……残念ですね」


「あら? お客様は音楽がお好きなの?」


「えぇ。店前は名曲Mistyからですよね?」


「まぁ、良く御存知ですね? 主人はPaperMoon、私がMistyって言ったら……そうしようって言ってくれたんですよ。うふふふふ」


 マダムは、微笑みながら豆を挽いて丁寧にネル・ドリップでコーヒーを淹れると、テーブルに運んだ。レミは、マダムの淹れたコーヒーを飲んで納得した――


「このお店のドライカレーには紅茶やチャイでは弱過ぎて駄目ですね『コーヒーが正解』って意味が分かりました」


「そうでしょう。ごゆっくりどうぞ」


 レミは、食後の余韻に浸っていた――


「こんな古びた喫茶店で、レストラン以上のクォリティの高い料理が低価格で味わえるなんて思っても見なかった……感じた事の無い満足感ね」


 その時、買い取り屋の査定が終わった――


「レコードが2000枚で65万、オーディオの方が90万、総額で155万円ですが、如何ですか?」


「まぁ。随分お安いのねぇ」


「えぇ、レコードが大量なモノですから、まぁ、平均で300円ですね……アナログがブームだなんて言いますけどねぇ、日本の住宅事情をお考え頂ければお解かりだと思いますが、オーディオの方も大型なモノばかりですからねぇ……オーディオを置くスペースの確保が大変でしょう? 仕入れても、なかなか売れないんですよ。修理もしなければならないですし……」


 マダムが腕組みをして考え込むと、厨房から息子が出て来た――


「母さん、諦めなよ。使えもしない物を何時までも持っていたって仕方が無いよ。もう、十分楽しんだでしょう? 次の人が楽しめば、それで良いじゃない」


「そうねぇ……」


「それでは、此方の契約書にサインを頂けますか?」


 マダムがサインをしようとすると、レミがペンを取り上げた――


「総額で155万円ですって? それなら私が買うわ。いいえ、倍の金額でも良いわ」


「お客様?」


「マダム、JBL D44000 ParagonにMcIntosh MC275と云う事はアメリカン・サウンドにこだわりが有ったようですね?」


「あら? お客様、本当に良く御存じなのねぇ。主人は何時も車が買えるって言っていましたけど?」


「名機であると同時に良い組み合わせです。そして、それ以外にもWestern・electricと、自作の真空管アンプ、プレーヤーもカートリッジを含め、最高の物が揃っているわ。レコードもJAZZの名盤、クラシックのホワイト・レーベルまで、どれも貴重な物ばかりです」


「あぁ、ですから、そのぉ、こう云った、特殊な物は、お客が限られてしまうからですねぇ……」


「そんな事、分かっているわよっ! 今、あなたの目の前に、その、限られたお客が居るの。分かった? マダム、それで良いでしょう?」


「えぇ。願ったり叶ったりだわ」


「では、商談成立ね。あなた達はもう、お引き取り頂いて結構よ。ご苦労さん」



 レミは、マダムが知らない事を良い事に、安く買い叩こうとした業者を追い払った――







お読み頂き有難う御座います。


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