テントは張っちゃダメっ!
めぐみは、昼休みに紗耶香とピースケを仲直りさせることにした――
「ピースケちゃん。お昼休みに、それとなくアタリを付けな」
「アタリって?」
「チッ、鈍感だなぁ。紗耶香さんの気持ちを確かめるのよ」
「いやぁ、怒られちゃったし、気不味いですよ……」
「直ぐに心が折れるからダメなのよねぇ。私がセッティングするから紗耶香さんの隣に座りなさい」
「いやっ、無理ですよ。いきなり隣に座ったら、又、平手打ちですよぉ……」
「フッ。だから、それを確かめるのよっ!」
「え?」
「良い? 紗耶香さんが、そっぽを向いたら、この恋は終わり。紗耶香さんが何も無かった様な素振りなら……」
「素振りなら?!」
「OK、OK、大OKっ!」
「本当ですかぁ――――っ!!」
「馬鹿っ、声が大きいでしょう? ったく、これだから実質童貞は困るのよ」
「すみません」
「ピースケちゃん。紗耶香さんが『先程のお戯れは無かった事』にしたと云う事は?」
「えっ、あの……」
「それは、神聖な神社以外なら全然、OKというサインなのだっ!」
「まぁ―――――――じ、っすかぁ――――――――――っ!!」
「だから、声が大きいって」
「女人の心……実質童貞の僕には解読困難です。でも、勇気が湧いて来ましたよ」
「偉大な冒険には念入りな下準備が必要。準備無き冒険を人は無謀な挑戦と言う」
「めぐみ姐さんっ!」
―― 昼休み 社務所にて
「典子さん、祈年祭も恙無く終わりましたので、次は六月の夏越しの大祓ですよね? 何か計画とか企画とか有るんですか?」
「めぐみさんっ! よくぞ聞いてくれました。めぐみさんだけは、神社の事を本気で考えてくれているのよねぇ、嬉しい。もうね、皆、三か月間のんびり過ごそうって、余裕ブチかましているのよっ!」
‶ チラッ ″
「何でぇ、私をぉ、チラ見するんですかぁ。もう、典子さんはぁ、力が入り過ぎなんですよぉ。やる気の空回りがぁ、迷惑なんですよぉ」
「ふんっ! 紗耶香さんは、緊張感が足りないのよっ!」
「神事はぁ、エンタメじゃない、イベントじゃないって、叱られたクセにぃ」
「だって、反響が大き過ぎたんだもん。ビビったけど、あんなに儲かるなんて思ってもみなかったのよっ! だけど本殿、拝殿、神楽殿、それ以外の全ての補修、維持管理費が向こう十年心配なしっ! 結果オーライでしょう?」
めぐみは、ふたりのバトルのドサクサに紛れて、ピースケを紗耶香の隣に座らせた――
「あのぉ……紗耶香さん……さっきはゴメンなさい」
「え? さっきって? 何かぁ、有りましたっけ?」
「さ、紗耶香さん……?」
ピースケが縋る思いでめぐみに目をやると、めぐみは黙って目を伏せて頷いた――
「うぉ―――――お、っつしゃぁ――――――――――――ぁっ!!!」
「ピースケ君、声がぁ、大き過ぎますよぉ、お静かにぃ、お願いしますよぉ」
「はいっ! 何だか、楽しくなって来ちゃったぁ。紗耶香ちゃん、今直ぐお茶の準備をするから待っていて下さいね。ランランラン」
「フッ。早速、ちゃん付けかよ。まぁ、実質童貞だから仕方ないねぇ」
昼休みが終わり仕事に戻ると、ピースケは地に足が着いていなかった――
「ちょっと、ピースケちゃん。あんた、はしゃぎ過ぎ。足元が、ふわっふわしているよ」
「いやぁ、めぐみ姐さん。何か嬉しくって。ステップが軽くて、何でも出来る万能感がハンパ無いんですよっ!」
「んなら、ついでに誘ってみ?」
「えぇっ! 誘うって……まさかっ!?」
「馬鹿者っ! ラブホじゃないよっ! デート、まずはデートでご機嫌を伺うのが掟」
「お、掟なんですか?」
「左様。調子に乗った行動は覆水盆に返らず」
「なんか、冒険って言うより、忍びの者みたいな……」
「忍び。それは心の上に刃」
「え?」
「下心有り、そして刃の点は……」
「刃の点? もしや、元気な息子を表しているのですか?」
「フッフッフッフ。紗耶香さんを誘ってデートをするのっ! 分かったわね」
「はぁ……なんか、違う気がするんだけどなぁ……」
ピースケは勇気を振り絞って紗耶香をデートに誘った――
「紗耶香ちゃん、今日、もし暇なら……仕事終わりにCAFEでもどうでしょうか?」
「あ。ピースケ君、誘ってくれるんだぁ。良いですよぉ、OK」
「本当ですか? やったぁ――――――あっ!! ヤッホー!」
「やっほぉです!」
「紗耶香ちゃん、それじゃあ、又、後でね」
‶ 万歳っ! 万歳っ! 万歳――――――っ! ″
「フッ。どうやら上手く行ったようね?」
「あ、めぐみ姐さん。分かります?」
「分かるわっ! 万歳三唱しておいて何言ってんのっ!」
「天にも昇る気持ちって、こんな感じなんでしょうね、。うはははは」
「油断大敵っ! そんな浮ついた気分で調子に乗っていると失敗するからね」
「失敗なんてしませんよ」
「CAFEに行く迄はOKでも、その後がノープランでしょ?」
「あぁっ、でも、CAFEに行くだけで嬉しくて舞い上がっちゃって……言われてみれば、出たとこ勝負な感じで……その後の事……何も考えていませんでした」
「童貞あるあるを教訓にしなさい」
「え? 『童貞あるある』って何ですか?」
「例えば、CAFEで見つめ合うと、どーなる?」
「見つめ合うだなんて……ロマンチックで照れますねぇ」
「馬鹿者っ! 良いか? 大好きな紗耶香さんが、潤んだ瞳で見つめていると、どーなる?」
「言葉を失ってしまいますよ……」
「そして?」
「え?『そして』って言われても……」
「坊や。大抵の男はどーなる?」
「あぁっ! 勝手に息子が反応してしまいますっ!」
「そう。それが、童貞あるある」
「ハズいなぁ……不味いなぁ、どうしたら良いのでしょうか?」
「スケベな事を心中から取り除き、明鏡止水、無我の境地」
「そんな事、出来ませんよっ!」
「ピースケちゃん、楽しい会話にも終わりが来る。カップの中は空。お会計をする時『この後、どうしよう?』と一瞬でも考えたら負け」
「うぐっ!」
「CAFEの後、ホテルに誘って押し倒そうと考えたその瞬間っ! バッキィ―――――ンッってなる」
「なりますよ、なっちゃいますよ、なるに決まっていますよ……」
「心を偽っても無駄、下心がビンビンよ」
「あちゃぁ……」
ピースケは、山頂にアタックする前にテントを張る自分の姿を他人に見られるのはハズいと思った――
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