親しき仲にも礼儀あり。
―― 二月十八日 赤口 壬寅
「めぐみお姉ちゃん、おはよう」
「あら? ふたりとも今日は早いのね……」
「何時までも寝てんのは、めぐみお姉ちゃんだけだお」
「だって、昨日は遅かったし、今日は遅番だし……」
「サッサと朝食を食べて。片付かないお」
「はい……」
「あのぉ、レミさん。今日はお出掛けですか?」
「えぇ。一足お先に出かけるわ。七海ちゃん、昨日は夕飯を作ってくれたのに悪かったわね。コレ」
「えっ? なぁに?」
「お詫びの印よ」
レミが無造作にテーブルの上に置いた箱を開けると、ジュエリー・ケースが出て来た――
「あぁっ! イアリングっ! めっちゃ綺麗っ! 可愛いっ!」
「七海ちゃんの髪形に似合うと思って買ったの。気に入った?」
「うんっ!」
「良かった。今日は夕飯までには戻るからね。じゃあね」
‶ ガチャ、キイ――――ッ、バタンッ! ″
「うわぁ、レミさんの見立てはバッチリだお。何かランク・アップした感じがするぉ」
‶ チラッ ″
「あぁっ、七海ちゃん、本当に良くお似合いで……」
‶ ギロッ ″
「いや、そんな、睨まなくたって……」
「めぐみお姉ちゃんは、なぁ――んにも、無しかぁ……」
「私と七海ちゃんの仲じゃないの……」
「親しき仲にも礼儀ありって言うんよ? 誠意って大切だぉ?」
「何よ、色んな物買ってあげたし、父ちゃんだって蘇らせたし、今、こうしていられるのは誰のお陰だと思ってんのっ!」
「まぁな。知ってるし、分かってるし。めぐみお姉ちゃん、怒らせると面白いんよね。んじゃ、あっシも出掛けっから。夕飯に間に合わない時は連絡してね。じゃあね」
‶ ガチャ、キイ――――ッ、バタンッ! ″
「あ、何よ、結局、後片付けは私じゃないのっ!」
めぐみは、後片付けを終えるとハーブ・ティーを飲むことにした――
「まだ時間は有るし。今日の気分は、カモミールで良いかなぁ……」
‶ ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ″
「おや? チャイムを鳴らさないのは神の使い?」
ドアの覗き窓から訪問者を確認すると、黒のスーツに真っ白なデタッチャブル・カラーのシャツに濃い紫色のネクタイを締め、ボーラー・ハットに薄紫のレンズのロイド眼鏡を掛けた男が立っていた――
「どちら様ですか?」
「国勢調査員です」
「はぁ?」
「此方に、宍戸レミが住んでいますね?」
めぐみは不審に思ったが、既に調査済みなら嘘を吐いても無駄だと思い、ドアを開けた――
‶ ガチャ、キイ――ッ ″
「お早う御座います」
「お早う御座います……」
「あなたが『鯉乃めぐみ』で間違いありませんね?」
「はぁ、私ですけど……あの国勢調査って?」
「地上に居る神の調査です」
男は名刺を差し出した――
「ん? 葦原中国諜査部、特命係……?」
「地上名は天海徹、神名は天見通命だ」
「あら? 神様が直々に来るなんて驚き」
「まぁ、住所確認だけだ。レミに俺が来たと伝えておいてくれ。じゃあな」
「あっ、俺って?」
「喫茶店で御馳走した男が来たと言えば分かるさ」
天海は振り返らずにそう言いながら階段を下りて去って行った――
「あの男が、ナポリタン野郎なのか……」
喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――
「おざっす!」
「めぐみさん、お早う御座います」
「お早う御座いますぅ」
「めぐみ姐さん、お早う御座います」
「めぐみさん。昨日は遅くまで大変だったわねぇ。お陰様で仕事は順調です。皆さんもめぐみさんを見習ってしっかりお願いしますよ」
「はぁい」
「はいっ!」
めぐみは何時もの様に参道を掃いていると、ピースケが飛んで来た――
「めぐみ姐さんっ! 話しが違うじゃないですかっ!」
「話し?」
「男は冒険者で、女はガイドだって云うから、僕は……」
「あ? まさか、あんた紗耶香さんに?」
「平手打ちにされました。トホホ」
「何時?」
「今朝です。めぐみ姐さんが遅番で、典子さんが神職の人達と社務所で会議をしていたので、その隙に……」
「あのねぇ、昨日の今日で直ぐ行動に出る決断力は褒めてあげる。でもねぇ、ガッツいてる男はひたすら拒否をするのが女というものよ」
「そんなぁ……矛盾してますよぉ」
「『そんなぁ』は女のセリフ。千里の道も一歩から、ローマは一日にして成らず。一気に山頂を目指す不届き者を受け入れる女はいないのよ」
「だって……」
「だってじゃ、ね――ぇんだよっ! ピースケちゃん。紗耶香さんに何したの?」
「何って……ハグしただけですよぉ……」
「いやいやいやいや、ハグした位なら『ちょっとぉ、止めてぇ、下さいよぉ』で終わり。紗耶香さんが、その程度の事で平手打ちになんかしないわよ」
「いや、本当ですって……」
「嘘を吐いても無駄よ。ほんの少しだけど、あんたより付き合いが長いから分かっちゃうんだなぁ、コレが。本当の事を言いなさいっ!」
「あのぉ、たぶん、後ろからだったので……それがいけなかったのかなぁ……」
「あーぁ、バック・ハグ? それだけじゃぁ、済まないよねぇ……」
ピースケは顔が真っ赤になった――
「ピースケちゃん。あんた、秩父連山にアタックしたわね?」
「えぇっ! あっ、いやぁ、そのぉ、その場の勢いって云うか、やっぱり……ハグした後に行き場に困るじゃないですか」
「最低っ!」
「だって、ノー・ハラも、もう直終わりですし、手が勝手に動いてしまってですね、それはもう、我慢が出来なかった分けで……」
「人でなしっ!」
「はなから人間じゃ有りませんよぉ」
「言い訳すんなっ!」
「めぐみ姐さんは、女性の都合ばかり言いますけど、男性というのは目が覚めてから眠る迄、スケベな事ばっかり考えているんですよ? 脳の80%ですよ? 辛い生き物なんですよ? 分かって下さいよぉ。嫌よ嫌よも好きのうちだなんて、全部、嘘っぱちじゃないですかっ!」
「チッ、これだから実質童貞はダメなんだよなぁ。紗耶香さんは何て言った? 言ってみそ」
「だから、こうハグしたら『ピースケ君の、馬鹿ぁっ! パァ―――ンッ!』って」
「ふ――む。まぁ、脈は有るかなぁ……」
「えぇっ!? 本当ですか――ぁっ!」
ピースケはめぐみの肩を掴み、瞳を輝かせた――
「絶交とか死ねとか言われなかったと云う事は、つまり……」
「つ、つまり?」
「女人の心『こんな所じゃ嫌っ!』と読む」
「ま、マジっすかぁ!?」
めぐみは、紗耶香が神聖な社に於いて、許されざる行為だと注意したに過ぎないと確信していた――
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