本当は怒っている。
地下一階までのマンションのエレベーターが、B2、B3、B4と、存在しないフロアを通過して行った――
「おい、これは一体、どうなっているんだ?」
「このエレベーターは冥府に直結しておりますので」
「そんな馬鹿なっ!」
―― 地下百階
エレベーターが到着すると死神は男の首に縄を掛けた――
「到着しました。さぁ、参りましょう」
「何をする気だ……」
‶ ドンッ! ドサッ! ″
死神が男を突き飛ばすと、身体から魂が抜け、抜け殻となった肉体はエレベーターの中で崩れ落ちた――
「おい、待ってくれっ! コレは何かの間違いだ、私は何も悪い事などしていないのだ、それどころか、多くの人々のために働いているんだぞ?」
「冥府に連行される者は皆、同じ事を言います。人の目を欺く事は出来ても神の目は欺く事は出来ません。人を騙していい気になっているようですが、神は騙せませんよ。全てお見通しです」
「俺が何をしたと云うのだ?」
「あなた様の母上はメソメソした人間なんかじゃない」
「うぅっ……」
「あなた様に泣いている姿を見られた事が有ったにせよ。どんな意地悪にも耐えて耐えて耐え抜いたのです。そうやって女手ひとつで、あなた様を育てたと云うのに」
「家族の問題に口を挟まれたくはない」
「その言葉。そのままあなた様にお返ししましょう。残念ですが他人の家庭の平和を踏み躙る行為は看過出来ません。あなた様のせいで何人の人が命を絶ったか、どれ程の家庭が崩壊したか。言うまでも有りませんねぇ。あなた様は、既に人の心を失っているのです。地上で生きる意味など有りません。さぁ、此方へ」
男は諦めて、死神の手によって冥府に引き渡された。だが、男は心の中で冥府から這い上がって復讐をすると誓っていた。そして、何も知らないめぐみは帰路を急いでいた――
「はぁ、お腹は空いたし寒いし、されど、こんな時間に帰宅しても夕飯は期待出来ないしなぁ。ケータイで確認するにも、寝ていたら起こしちゃうしなぁ……かと言って、七海ちゃんが起きていて夕飯が用意して有ると……それも気まずいしなぁ。」
それでも、食いっぱぐれる事を何より恐れためぐみは、バーガー・クイーンに立ち寄った――
「いらっしゃいませ。只今、スーパー・ビッグ・クイーンバーガーが30%OFFですっ! ドリンクとポテトのセットにして頂ければ、半額になりますっ!」
「わぁおっ! ある意味ナイス・タイミング! じゃあ、それでお願いします」
「ドリンクは何にしますか?」
「うーん、コーラでもないし、コーヒーもなぁ……」
「ドリンクはスープに変更出来ます。コーン・ポタージュを150円プラスでクラムチャウダーに出来ます。ポテトは200円プラスでホットチリ・ソースかデミ・チーズに出来ますよ?」
「じゃあ、クラムチャウダーにホット・チリで」
「畏まりましたぁ」
めぐみは、駐輪場に自転車を停めると、そっと足音を忍ばせて階段を上り、ドアを開けた――
‶ カチャ、キィ――――ッ、パタッ ″
ドアを閉めると部屋の照明が点いた――
「めぐみお姉ちゃん、お帰り」
「あっ、ただいま……」
「遅かったね。そんな泥棒みたいにコソコソすんなって」
「いやぁ、そのぉ、起きてたの?」
「うん。夕飯は用意してあっけどさぁ、手に持ったモン食わないとね」
「あ、いやぁ……」
「心配すんなって。夕飯はカレーだから、冷凍しておくから」
「すみません」
「急いで帰って来て夕飯を作っていたら『私、夕飯は要らないわ』って、レミさんも出掛けちゃったし」
「ごめんね。七海ちゃん、怒ってる?」
「え? 怒ってないお」
「いや、怒っているでしょ? 本当は」
「怒ってなんかないお。だって、あっシは駿ちゃんとしゃぶしゃぶデートだったもんね。うふふ」
「あーねぇー、そう云う事か。はぁ、それなら良かった。あはは」
めぐみは、バーガー・クイーンで購入したスーパー・ビッグ・クイーンバーガーとクラムチャウダーにポテトとホットチリ・ソースを食卓に広げた――
「さぁてと、ブチかますとしよう。むふふ」
「あ。めぐみお姉ちゃん、それ半額セット?」
「うん。良く知っているね?」
「ネット界隈では詐欺セットって言うんよ」
「えっ……?」
「馬鹿は騙されるんよねぇ」
「だ、だって、30%OFFがセットにすると半額だったし……」
「30%OFFで客を引き入れ、セットにすれば半額だと言うんよねぇ。その上、割高なクラムチャウダーとポテトにオプション付けたら結局、半額の意味無いんよね」
「…………」
「まさか……めぐみお姉ちゃん?!」
「そのまさか」
「めぐみお姉ちゃん、やっちまったなぁ」
「だって、お腹が空いていたんだもん」
「おやおや? あちゃー!」
「何よ?」
「ポテトのオプションはデミ・チーズ一択。ご愁傷様」
「だって、話題の新味だよ?」
「話題って、良い意味だけでは無いんよ。そこのホット・チリソースはポテトに合わないお。しかも、バーガーの味を殺すんよねぇ。チリソース作るのに失敗して、しょーがねぇからホットにすりゃ何とかなるっしょっ! ってレベルの味なんよ」
「ガックシ……」
「さてと、カレーと御飯は小分けしておいたからね。レミさんと一緒に夜食にでも食べてね。あっシはこの鍋を洗ったら寝るお」
「ねぇ、七海ちゃん、本当は……」
「おーしっ! 終わった終わった。綺麗になったお。めぐみお姉ちゃん、ゆっくり味わって食べてね。おやすみっ!」
‶ ガラッ、ピシャッ! ″
「おやすみなさい……」
めぐみは「やっぱり七海ちゃんは怒っている」と確信した――
「七海ちゃんは、駿さんとの楽しいデートを、私とレミさんのために早めに切り上げて帰宅した分けで、一生懸命っ作っていたにも関わらず、レミさんに『要らない』と言われた分けで、レミさんは、自分の意思を曲げない人で、それ自体を責める事も出来ない分けで。その上、私の帰りを待っていたのに、遅くなって帰って来た私は手に提げていた訳で……平静を装ってはいても、せっかく作ったカレーを、誰も食べない分けで、やっぱり、作り立てを食べてくれないと云うのは辛い事で、どんなに我慢をしていても、鍋を洗っている時に、誰にもぶつけられない怒りが込み上げて来る分けで。それは悲しみでも有り……」
めぐみは大きくため息を吐いた――
「は――ぁあ。地上では人は皆、思い思いの行動をするのよね。少しは人間が理解出来たと言えるけど、褒められる事ではないよ。あ――ぁ、死神さんも笑顔をくれなかったし。やるせないなぁ……」
めぐみは人それぞれに人生の時間が有る事をしみじみと感じていた。そして、死神も又、自分とは違う時間を生きていると思った――
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