死刑台のエレベーター。
めぐみが目撃したのは、アポロキャップを目深に被り、夜だと云うのにサングラスを掛け、口にはマスクをした怪しい男から情報収集をしている死神の姿だった――
「旦那、苦労しましたよ」
「見つかったのですね?」
「はい。しかし、あの野郎。見つからない訳ですよ……表に出て来るのはゴムマスクの替え玉で、まぁ、本人とゴムマスク野郎なら直ぐに区別が付きますがねぇ、本人は整形手術で別人になっていたんですよ。その上、たまにゴムマスクを着けた本人が人前に出て来るもんだから、訳が分からなくなりましてねぇ」
「敵もさるもの引っ掻くものですねぇ」
「場所は港区元麻布2丁目。何時もこの料亭で見失うんですがねぇ、入ったっきり出て来ないので、業者のフリをして裏口から中に入って調べると、驚いた事に通りを挟んで向かい側、五十メートル先の高級マンションの地下駐車場にトンネルで繋がっていたんですよ」
「行動時間は如何でしょう?」
「午前中は殆ど動きが有りません。稀に十時頃に出掛ける様ですが、夜の七時、九時以降は確実に戻ってます。別人になって人材派遣の会社をしています。こちらが、会社の住所とそれに関する資料です。それから、張り込み用の住宅も抑えて有ります」
タレコミ屋が書類を渡すと、死神は中を確認した――
「分かりました。では、約束の物を」
死神は分厚い茶色の封筒を渡した――
「えっ? 旦那……こんなに頂けるんですかい?」
「これ以上、深入りするとあなたの命の保障が出来ません。御苦労様でした」
めぐみは、怪しい男と死神が話しているのを幹線道路の反対側から見ていた。そして、信号が青になると横断歩道を渡って死神の元へ自転車を走らせた――
「死神さん、こんばんは」
「こんばんは。お嬢さん……」
「街中で出会うなんて、奇遇ですね」
「そうですね……まさか、真夜中にお嬢さんと出会うとは思ってもみませんでしたよ」
「今日は祈年祭だったので。それで、後片付けに手間取ってしまいまして……えへへ」
「こんな時間までお仕事ですか? 大変でしたねぇ。お疲れ様です」
「死神さんは何を? 今の人は……」
「不味い所を見られてしまいましたねぇ」
視線を逸らし背中を向ける死神の姿に、参道の揺れる木々の様にめぐみの心はザワついた――
「お嬢さん。本来ならば送って行くのですが、今日は急ぎの用が御座いますので、私はこれで。お気を付けてお帰り下さい。では」
「あっ、さようなら……」
めぐみは、足早に去って行く死神を見送った――
死神は暫く歩くと駐車場の前で足を止めた。ポケットから鍵の束を取り出すと、繊細な指先で器用に選別した鍵をドアに差し込んだ――
‶ カチャッ バンッ。 シュルシュルンッ ブォ――――――ンッ! ″
夜の街を駆け抜ける1970年型、MercedesBenz、280SL。黒の外装に赤い内装が際立っていた。街の明かりが光の粒となってパゴダ・ルーフを流れて行った――
‶ ブォ――――――ン、ブルルルンッ! ″
死神は、目的のマンションに到着すると、車中で書類に目を通していた。そして、暫くすると地下のトンネルの出口と思しき小さなグレーの鉄のドアが開き、目的の男が目の前を横切って行った――
「間違い無い様ですねぇ……」
‶ ガチャ、バタンッ! ″
死神は男の後を追い、エレベターに乗り込む瞬間、サッと足を入れて中に入った。すると、男は死神に尋ねた――
「何階ですか?」
「8階をお願いします」
「8階? 私も同じフロアですが……見掛けない方ですね。あなたは?」
「申し遅れました。私は死神です」
「はっはっはっはっは。冗談は止めて下さい」
甘いマスクと丁寧な言葉遣いとは裏腹に、血の通わぬ氷の様な冷たい瞳に男は冗談ではないと悟った――
「誰の命令だ? 誰に雇われた?」
「誰かの命令でも、雇われた訳でも御座いません」
「私に何の用だ?」
「あなた様を冥府に連行するために此処に来たのです」
「冥府だと? ならば私が連行される理由を聞こう」
「言うまでも有りません。御自分の胸に手を当てて頂ければ分かる事かと」
「私を揶揄っているのか? 正直に言うが、私は何も悪い事などしていない。天地神明に誓ってもいい。それどころか、社会貢献をしているのだ。連行される理由など何も無いではないか?」
「ほう。貴方は自分に正直だと? 私にはそうは見えませんがねぇ?」
「何?」
「あなたは、雑誌のインタビューで『お金さえあれば何でも出来る』と言いましたが、それは本当ですか?」
「あぁ、本当だとも。何だって出来るさ」
「おかしいですねぇ。何でも出来るのなら、莫大な資産を持つあなた様は、既に願いを全て叶えている筈ですが? 今も働き続けているのは何故ですか?」
「社会貢献だ。私には大きな目標が有るのだ、社会の為、日本の為、頑張って働いているだけだ」
「おやおや? 出来ない事など何も無いあなた様が、嘘はいけませんねぇ」
「嘘では無いっ!」
「現実を直視してください。何時まで経っても、あなた様には出来ないのです」
「何だと? 失礼な事を言うなっ!」
「『これさえ有れば何も要らない』あなた様は生き甲斐を見出した人々の事を軽蔑し、侮辱さえしていますね」
「それは、自己中心的な発想だからだ。自給自足のスロー・ライフ等と戯けた事を言う連中だからだよっ! 経済的に地域社会、国家に貢献しているとは言えない、自分勝手な連中だからだっ!」
「フッ。どんなにお金を積んでも、生き甲斐は買えません。あなた様は、それさえもお金で手に入れられると? とんだ勘違いです。正直になったら如何ですか? 心の底では羨ましく思っていますね?」
男が言葉に詰まると、8階に到着した――
「どうした? 扉が開かないぞ……」
‶ カチャカチャカチャカチャ、カチャカチャカチャカチャ、カチャカチャカチャカチャ ″
男は必至で『開』のボタンを押し続けた――
「無駄ですよ」
「開けろっ!」
「その扉を開けても良いのですが、その場合、あなた様は自宅マンションから飛び降り自殺をした事になりますが……よろしいですか?」
「冗談じゃない、死んでたまるかっ!」
男は脱出しようと階下のボタンを押した。すると、エレベーターは一気に急降下を始めた――
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