あっシのパンと女神の決意。
神社に着くと、何時もの事を、何時も通りに恙無く終えると、お昼になっていた。
めぐみは持参のお弁当を開き「いただきま―す!」と言って食べ始めた。すると、典子が心配して聞いた――
「昨日の夜、めぐみさん家の方で騒ぎが有ったでしょう? 大丈夫だった?」
「はい。別に何も」
透かさず紗耶香が割り込んだ――
「昨日の騒ぎはぁ、マイチューブで中継されてぇ、ツイッ太では『世田谷、火祭りなうっ!』ってもう炎上が炎上騒ぎになって、大変だったんですよぉ、知らない訳が無いですよぉ」
ふたりは猜疑心の塊になって「キリッ」と睨んだ――
「さぁ、サイレンが鳴ってたかな―、そんな感じかなぁ……あははは」
昼食を終えて仕事に戻り、日も傾き始めた頃、仕事を終えた耕太と美織が学校帰りの栞を連れて神社を訪れた――
神恩感謝。参拝を済ませると、三人はめぐみの元に謝意を伝えに来た。
「富田耕太です。昨日は妹がお世話になりました。誤解をしてしまい、申し訳ありませんでした」
めぐみはにっこりと笑った――
「そうやって三人で居ると本当の家族みたいに見えるわね。うふふっ」
「えッ! 私がおかあさんって事? そこまで老けてね―しッ! 酷ぇなぁ、めぐみさん! お姉さんだよね―っ、栞ちゃん」
栞が照れ臭そうに頷くと、遠くから七海の声がした――
「めぐみ姉ちゃ―ん! 総長! 栞ちゃ―ん! ん……この人誰だっけ? 総長の彼氏さん?」
「七海ちゃん、私のお兄ちゃんよ!」
「富田耕太です。昨日は妹がパンを貰ったのに……無駄にしてしまってごめんなさい」
「あっシの焼いたパンを無駄にした犯人だな! もう、お兄ちゃん! 確りしてよぉ―、人の好意を無にすんなよなっ! 今日は逃がさないかんなっ、あっシの焼いたパン! 食べてもらいます!」
七海の提案で、多摩川の公園に赴き、五人は土手に腰を下ろした――
焼き立てのパンを皆で頬張って、夕日を眺めていた。美織は七海を誉めて、耕太と栞も兄弟仲良くパンを分け合って食べていて七海も嬉しそうだった。
めぐみは夕日に照らされた四人の横顔を眺めていた――
「この平和で幸せな時間が、何時までも続きますように……」
そう願いを込めて、四人に御守りを渡した――
「美織さん、七海ちゃん、何の因果で曲霊となったかしらないけど、ちゃんと直霊に戻って良かったよ! 耕太さん、栞ちゃん、何時までも兄弟を大切にしてね。家族になってもずっと大切に、ねっ!」
夕日は沈んだが耕太と美織の頬は赤く染まったままだった――
めぐみは帰路に就き、自転車で颯爽と走っていた。いつもの角を曲がるとコインランドリーの前に照明が並び、カメラマンを含むテレビクルーと野次馬が居て、生中継をしている様だった――
長年、苦しめられた強盗が捕まったので、その取材だろうと思って覗いて見ると、入り口が全て新しい物に交換されていた。
「この度の強盗の逮捕を受けて、私共は新たな取り組みのひとつとして、AIによる顔認証と、本人以外の者が洗濯物を取り出そうとした場合、入り口がロックされるシステムを導入しました。又、両替機などの現金の盗難についても同様です」
聞き覚えの有る声が聞こえて来た――
「私共のフランチャイズ・ブランド『洗濯堂』は常に消費者のニーズを捕らえ、オーナーに寄り添った運営を心がけております。無人によるメリットがデメリットにならない! させない! 問題を放置しない! 迅速な対応をご覧頂ければ納得して頂けると思います。是非! ツムラ・コーポレーションの『洗濯堂』に加盟して夢を実現して下さい!」
「現場から中継でした。スタジオへお返ししまーす」
「ハイッ! オッケー」
「チョッと、津村社長! 報道なんですからっ、会社の宣伝をブッ込むの止めて下さいって言ったじゃないですかっ!」
「おいおい、ワイドショーで散々、人を利用して数字稼いだろ? これで御相子だよ。この続きを朝の情報番組で『進化するコインランドリーの今!』ってやれば更に数字取れるぞ! どうだ?」
テレビクルーはお手上げだった――
「津村社長、そのプラン伝えておきますが、番組のスポンサードの方もよろしくお願いしますよっ! はい! 撤収、撤収! 」
中継が終わると野次馬も去って行き、テレビクルー達と機材を乗せたバンも去って行った――
すると、目の前に自転車を支えて立っているめぐみが居て、津村は目を疑った――
「めぐみさん? めぐみさん! こんな所で会うとは思わなかったな、お久しぶり! 元気だった?」
めぐみは呆れていた――
「こんな所って……相変わらずデリカシーが無いわねぇ。大家さんに失礼でしょ! しかし、ツムラ・コーポレーションのチェーンだったとはねぇ……驚いた。世間は狭いのねっ」
「おふたりが知り合いだなんて、私が一番、驚きましたよ。津村社長にファサードの工事を全て無償でして頂いたんですよ。見違えたでしょう? めぐみさんのお陰で家内安全。津村社長のお陰で商売繁盛! あの御札のお陰ですね。やっと、私の時代が来たって感じですよ! あっはっは」
慎二は店内の清掃をして張り切っていた――
津村は一人暮らしの女性の部屋に上がると「又、写真週刊誌のネタにされる」と脇を堅くしていたので、商店街のカフェでめぐみと待ち合わせをする事にした。
「いらっしゃいませ! スター・ブルックスへようこそ! 御注文をどうぞ!」
何時でも、何処のお店でも、同じ鬱陶しい笑顔が「キラッキラ」していた――
「どうも、ありがとうございました。お返し致します」
めぐみはジャンプ・スーツとコンバット・ブーツを津村に返した――
「ああ、こんなのどうでも良いのに……律儀だねぇ。めぐみさん、結婚が決まったんだ! 招待状を送るからさ、結婚式に来てくれよ! 披露宴は職員と生徒達を皆呼んで盛大にやるからさ! 交通費も宿泊費も全部オレが持つから、心配しなくて良いよ!」
「おめでとう! 結婚が決まったんだ! 良かったねぇ、もちろん、出席するわよ。うふふっ」
「めぐみさんが『さらば!』と言って天へ昇って行ったから、お礼を言う事も出来なかった事を、悔やんでいたんだよ。君には感謝している、改めてお礼を言わせてもらうよ、本当にありがとうございました―― でも、どうして、まだ地上に居るの?」
「死者のあなたと陽菜さんの縁を結んだ事が、八百万の神々の逆鱗に触れてしまったの。天国主大神様は示しが付かなくなる事を避けるため、私を地上勤務にしたの」
「オレのせいで、天の国に居られなくなっただなんて、申し訳ないなぁ……自分の幸せばかり言って本当にデリカシーが無くて、ごめんなさい。地上勤務って、左遷とか都落ちって感じなの?」
「そんな、生易しい物では無いわ。事実上の追放なんだから。あなたの縁を結んだのはこの私。あの時は何の手掛かりも無かったけど、今は違う。人間が愛する思いを伝えられずに諦めてしまう事で、愛されている事を知らずに一生を終えてしまう事を、私が何とかしなくてはいけないの。男女に限らず、ありとあらゆる縁を結んで、あなたと同じエラー・コードを全て解決するまで帰れないの」
津村は考え込んでしまった――
「追放って……酷いなぁ、めぐみさんは何も悪くないのに。オレに出来る事が有ったら何でも言ってくれ、力になるからさ。でも、そのエラー・コードの解決には時間が掛かりそうだなぁ……」
「そうね、何年掛かるのか全く分からないわ。でも私、決めたの。帰れないのではなくて、この問題を解決するまで帰らない!『この地上の人間を皆、幸せにする』って月に誓ったの」
「ありがとう、めぐみさん」
津村は目を潤ませていた。
天の国で惰眠を貪る生活から抜け出し、少し成長しためぐみが地上に居た――