私の話も聞いてくれっ!
無造作にベルベットの幕を開いて中へ入ると、占い師が頭から頭巾を被り、テーブルの真ん中に置いた水晶に手を翳して居た。テーブルの上には、何時もの様に見慣れぬ本が数冊と、筮竹、タロット・カード、ダイス、手相を見るルーペが置いてあった――
「こんばんは……」
「いらっしゃい。占いの黒テントへようこそ」
「見料三千円ね。はい」
「ありがとさん。おおきに」
「あぁ、君。早速、私を占って貰いたいんだが……」
「畏まりました。岸井田総理」
「どえっ! 何で分かったのよ?」
「あんなぁ。わてはホンマモンの占い師やで? そんな、あんた、ゴムマスク位、見破るに決まってるやんか? アホかっ! ちゅう話やで」
「絶対にバレない変装なのに……あんた、凄腕だね?」
「凄腕ちゃうねん。ホンマモンゆーてくれなぁ。今日、あんたが此処に来るって、もう既に分かってんねや、占いで出てんねん」
「その嘘ホント?」
「ホンマや」
「じゃぁ、もっと占ってよ。もう、参ちゃってるんだよぉ……」
「せやなぁ。占いっちゅうのは大概、二週間位先を見るもんやねん。只、あんたの場合は……」
「何よ?」
「何やろ? 難相よりも、死相が出てんねんなぁ……先行ってドツボるでぇ」
「死相?! 勘弁してよぉっ!」
「待て待て待て待て、落ち着いて。一年か……いや、もっと先やなぁ……」
「こんなに、お国のために頑張って働いているのに、何で私が死ななきゃなんないのっ!」
「それが、分らん。ボヤケてんねんなぁ……増税のし過ぎちゃう?」
「はぁ? だって、そういう仕組みになっているんだもの。だから、広く国民に理解と協力を求めてだな……」
「アホかっ! 理解と協力ばっかり求めんなっ! ちゅう話やで?」
「いや、言いたくないけどね、私は他の誰よりも『聞く力』が有るんだよっ!」
「せやけどな、それ、国民の声ちゃうやろ?」
「ドキッ!」
「誰の声を聞いてんねん?」
「いやぁ、それは……だって、財務省がそう言うんだから。聞かなきゃ仕方が無いでしょう?」
「増税メガネ、言われてますやん」
「かぁ―――っ、全く腹が立つ! 増税野郎は許せるけどね、増税メガネってぇのは悪意が有るよね? 悪意が有るでしょ?」
「当ったり前じゃ。悪意全開じゃ」
「こんなに、お国のために粉骨砕身、頑張っているのに……ぐっすん」
「あんた、来年は増税‶クソ″メガネに格上げやで?」
「えっ? セカンド・ネームにクソまで付いちゃうの? ったく、不愉快極まりないっ! アメリカに脅され、中国に意地悪をされ、韓国に集られて、毎日、胃が痛いというのに……私が増税メガネなら国民は何なんだっ! SNSを見れば皆、楽しそうにライフ・ハックをシェアなんかしちゃって。キャンプだ、焚火だ、BBQだって、この国難に、遊んでばっかりじゃないかっ!」
「せやかて、官邸は居酒屋ちゃうねんで? 宴会は不味いわぁ。やったらアカン奴やでぇ……」
「だって、家族との団らんは一番、大事でしょう? それを寄って集って、不謹慎だと罵りやがって。私だって人生を楽しみたいんだっ! おぁ? 何、その目。言わせて貰うけどねぇ、私だって、なりたくて総理になったんじゃないよ? やりたくてやっているんじゃないんだよ? 志ある政治家が皆、殺されちゃって、気が付いたら私になっちゃたのっ! ガチョウ倶楽部方式なんだよ?」
「あんなぁ、言い訳はアカンでぇ。何を言ったかよりも、何をしたかや。国民は行動を見てんねん。あんた、お国のために、何一つ良い事せえへんやん? せやからな、死ぬで。ホンマに」
「それホンマ?」
「う――ん、ボヤケてんねんなぁ……何やろ? 後ろから撃たれる、梯子を外される、落とし穴に落ちる……そこまでは見えてんねんなぁ……」
「それって、もしかして、裏切られるって事?」
「そうや。心当りが有るなら、気い付けなアカンでぇ」
「心当りも何も、私の周りはそんな人間ばっかり。秘書だって気を許せないんだ、何時、寝首を掻かれるか分かったモノじゃないっ!」
「しゃーぁないなぁ」
「どうすれば。死ななくて済むの?」
「あんた、気にしぃやなぁ。気にする事無いって。どうせ皆、何時かは死ぬんやし。スパっと、死んだらえぇやん」
「良いわけが無いでしょうよっ! あんた、占い師なんだから、もっと良い事を言ってよぉ。死ぬにしたって、残りの人生で良い事だって有るでしょう?」
「無いなぁ。う―ん、何か……ええ事あるやろか?」
「名声が高まるとか? 支持率が上がるとか」
「下がりっぱなしや」
「莫大な富を得るとか?」
「あぁっ!」
「えぇっ!」
「何やろ? 溶ける感じやなぁ……」
「投資が失敗するとか?」
「分からん。あんなぁ、あんたの未来がボヤケてんのは、周りの人間の行動次第で百八十度運命が変わってまうねん。足掻いても無駄やで」
「はぁ……」
「そない、落ち込まんでも」
「今日、W・S・U・Sに行って来たんだよ。そしたら、九十年代から昆虫が90%も減っているって『人類は滅亡する』って言われてね。もう、どん底……占えば元気が出ると思ったのになぁ……」
「そうかぁ。せやけど、あんた歴史に名前を刻んだやん」
「えっ! 後世に名を残したの? 私が?」
「憲政史上、最低最悪の、総理ってな」
「バカヤロ―――ッ! いい加減にしろっ!」
「もう、あんたとは、やってられんわ」
岸井田はゴムマスクで変装をすると、夜の街を歩いた。以前と違い、活気に溢れた街は賑やかで、居酒屋からは笑い声が外まで聞こえる程だった。そして、男女のカップルが其処彼処でイチャ付いていた――
「ねぇ、彼女。飲み足りなくない? もう一軒、付き合ってよ」
「嫌よぉ。私ぃ、酔い過ぎちゃったみた――ぁい」
「じゃあ、僕が介抱してあげるから。ねっ」
「あぁ。なんか、企んでるぅ」
「バカだなぁ。何にもしないから。大丈夫だから」
「本当に何もしない?」
「神に誓って」
「本当にぃ? じゃあぁ、指切りしよっ!」
「うん。良いよ」
「指切りげんまん、嘘吐いたら針千本、飲――ますっ、指……はぁうぅ……」
「大丈夫かい? だいぶ酔っているみたいだね。行こう」
「イク、イク――ぅ」
岸井田は、タクシーを停めてホテルに直行するカップルを見送った――
「はぁ。良いなぁ。皆、楽しそうで……私なんて総理になったって、ハニトラは無しっ、マネトラも無しっ! な――んも良い事、有りゃしない。ああしろと言われてハイ、こうしろと言われてハイ、お願いしますと言われてハイ。まるでパシリだよ……ぐっすん。あ?」
この時、初めて聞く力が有り過ぎてNOと言えない自分になっている事に気付いた。そして、これからは聞かない力が必要だと確信した――
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