お腹いっぱい、胸いっぱい。
そして、ふた口ほど残したナポリタンに、安い粉チーズとタバスコを掛けて、口一杯に頬張り、食べ終わると熱を帯びたステーキ・パンをぼんやりと眺めていた――
「料理人と安い食材のセッションがこんなにも素晴らしいハモニーを……悔しい、悔しい、でも、悔しくて腹が立つどころか、嬉しくてお腹が一杯よ。大満足っ!」
喜多美神社は神聖な空気と緊張感に包まれていた――
「いよいよ、明日っ!」
「祈年祭っ!」
「五穀豊穣っ!」
「祈年祭っ!」
「OKっ! 皆、気合入っていて良い感じよっ!」
「ウッス!」
「ウッス!」
「ウッス!」
「これで、夕子と弥生の二人が来れば完璧っ! 皆さん、確りねっ!」
「はぁい!」
「はいっ!」
「はい!?」
「めぐみ姐さん、どうかしましたか?」
「いやぁ、夕子と弥生が来る事を、すっかり忘れていたの」
「何だぁ。そんな事ですか?」
「そんな事って言うけど、ちょっとザワつかない?」
「いや、別に? めぐみ姐さん、珠美に萌絵ちゃんに西木野誠ですよ? 夕子と弥生が居たほうが心強いじゃないですか」
「……そっか。そうよね」
「えぇ。そうですとも」
神職の者も巫女達も心地よい緊張感の中で仕事を終え、明日に備えた――
「ふーん、ふっふーん、ふふふふふんっ! でも、なんかワクワクしてきたよ。これで萌絵ちゃんの問題も解決してスッキリするよっ!」
めぐみは自転車のペダルを漕ぐと、自然に鼻歌が出てしまうほど上機嫌だった。そして、帰宅して駐輪場に自転車を停めると、部屋の中から笑い声が聞こえて来た――
「おや? むむっ! 外まで聞こえるほどの笑い声……もしや?」
‶ ガチャッ! キィ――――――ッ ″
「めぐみお姉ちゃん、お帰りっ!」
「お帰り」
「めぐみ様ぁ」
「お帰りなさいませっ!」
「やっぱな。知ってた。分かってまぁ――すっ!」
「そんじゃ、めぐみお姉ちゃんが帰って来たところで、レッツ・パーリーだおっ!」
‶ イェ――――――イ ″
「おや? 豪勢だねぇ」
「あの日食べ損なった手巻き寿司の雪辱戦だお。でも、パーリーだがら、お刺身は止めてバラちらし寿司にしたんよ」
「寿司と寿司のガチンコ・バトルね」
「手巻きはフリーで、極上ネタを選びつつぅ」
「バラちらし寿司を堪能するのはぁ、と――っても贅沢ですわぁ。へけっ」
「ふぅ……」
「レミさん、どうしたん? 寿司は嫌いなん?」
「違うのよ。さっきナポリタンを食べて、まだお腹が空いていないの。手巻き寿司に嫌われているのかしら?」
「きゃはは」
「あははは」
「でも、美味しかったの。それで、そのナポリタンの材料が全部、スーパーで買える一番安い品物だって聞いたの……驚いたわ」
「レミさんが、ナポリタンを注文するなんて意外だお」
「フッ、そうでしょう?」
レミが思い出し笑いをするものだから、夕子と弥生も七海と一緒に身を乗り出して話に耳を傾けた――
「私、ナンパされたのよ」
「マジでぇ!」
「ナンパですかぁ!」
「それでぇ、どんな感じ?」
「それでって、ナンパして来た男が、そのCAFEの常連で……ナポリタンを食えって」
「んで、一緒に食べたん?」
「えぇ」
「どんな、男の人なんですかぁ?」
「ナポリタンて事はぁ、格好良い感じの人とは思えないんですけどぉ?」
「あはは。そうよね。でもセコイんじゃないわ。私に伝えたいメッセージが有ったのよ」
「ふーん」
「それに、オレは女嫌いだ。そして、女を愛する前に、自由と孤独を愛する男さって……」
「何つーの。男って、何故か、そういう格好の付け方するんよねぇ」
「うんうん」
「そうそう」
「女の前で、格好を付けているなら可愛いじゃない?」
「自意識過剰は最悪だぉ?」
「夕子もぉ、ナルシストはぁ、嫌いなんですねっ!」
「弥生はぁ、それが格好良いと思っているのがぁ、ちょっと嫌っ!」
「あははは。みんなが言っている事も分かるけど、ほら、アレ」
レミは、只、自分の魂が揺さぶられた余韻に浸っていた。そして、自覚もないまま完全に恋に落ちていた――
「しっかし、幾ら一軒家の二階といえども、女が五人も居ると暑苦しいなぁ……」
「めぐみお姉ちゃん、盛り上がってる?」
「ガールズ・トークって基本、どーでも良い話だからねぇ」
「固ぇなぁ。真面目な話をしたってしょーが無いんよっ! だって、結局、イッケイさんと忘年会も新年会もやらなかったじゃんよ――ぉ。あっシは友達が増えて嬉しいっつーの? 楽しいんよねぇ」
「あっそ。良かったね」
めぐみは、七海が神様達とじゃれ合ったり、大きな声で笑うのを見ていると、何となく笑えて幸せな気分になった――
―― 二月十七日 大安 辛丑
「めぐみお姉ちゃん、朝だお。今日は大事な日だって言ってじゃんよぉ、
早く起きてっ!」
「おっつ! ヤバイ、寝坊するところだったよ……おや?」
夕子と弥生は既に朝食を済ませて、出かけるところだった――
「あんた達、もう行くの?」
「もちのぉ」
「ロンっです! 行って来まぁ―――すっ!」
「あぁ、行ってらっしゃい……あれ? レミさん、その格好は??」
「はぁ? 何よ」
「いやぁ、ミュージシャン風のコスチュームじゃないので、どうかしたのかなぁって……」
「どうかしているのはあなたでしょう? 寝ぼけているの? 祈年祭で雅楽を演奏するのは、私以外に誰が居るのよ」
「えぇっ! レミさん、そっちもやるんですか?」
「何を言っているの? そっちが本業に決まっているでしょう? もしや、あなた。私が地上に遊びに来たとでも思っているの?」
「いやぁ、雅楽の奏者とは思ってもみませんでした」
「確りしなさい。夕子と弥生と、舞のリハと音合わせが有るから先に行くわ」
「あっ、行ってらっしゃい……」
‶ ガチャ、キ――――――ィ、バタンッ! ″
「何か、めぐみお姉ちゃんだけ周回遅れだお。早くしてちょ」
「あい……」
夕子と弥生の元気溌剌とした姿と、いつも退廃的でクールな雰囲気のレミの瞳が、朝日にキラキラと輝いていた。めぐみのザワつきは杞憂に終わった――
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