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出来ない事より出来る事が有る。

 レミは返す言葉も無く戸惑っていると、男はスッと立ち上がり、コーヒーをソーサーごと手に持って、レミの席に移送した――


「何よ。勝手に座らないで」


「初めてのナンパを怒りに任せてスルーしてしまったんだろ? だから今、このオレがナンパしてやっているんだ。気付けよ」


「ふんっ! それがナンパ? あなた、そんな態度で私を慰めているつもりなの? 呆れた」


「怒ったり嘆いたり呆れたり、お前は感情の起伏が激しいな。クールに見えて幼児性が抜けていない証左だな」


「ナンパのフリをして他人を侮辱するのは悪趣味ね。それに、あなたにお前呼ばわりされる覚えは無いわ」


「フッ。なら聞くが、普通にナンパされても気が付かないお前をナンパする方法を教えて貰おうか?」


「何ですって……」


「普通の男じゃ満足出来ない癖に、格好付けるなよ」


「へ―ぇ、あなたは普通の男じゃないって意味かしら? 随分と自信がお有りの様ね」


「勿論」


「自惚れているのねぇ」


「自信家と言って貰いたいね」


「あなたの、その自信が何処から来るのか知らないけど。その自信を失った時、迷子の子供みたいに狼狽えて、背中を向けて逃げていく姿がハッキリと見えるわ」


「ほう、先を見通す力が有る様な口ぶりだな。オレはお前をナンパしてやっているんだぜ」


「感謝しろとでも?」


「全く、気に食わない女だぜ。一々、口答えをして楽しいか? 理屈ばかり並べても、結局、何も手にする事は出来ないぜ」


「気に食わない女で結構よ。あなたから受け取る物など何もないわ。さっさと、私の視界から消えて」


「おっと、この店の常連のオレに出て行けと? 本当に気に食わない女だ。だが、そんなお前が増々、気に入ったぜ」


「何ですって?」


「オレは徹底した女嫌いだ。心底、女が嫌いなんだ。ところが大抵の女は直ぐに尻尾を振ってくる。か弱いフリをしたり、親切なフリをしたり。ところが此方が心を開いたとたんに手のひら返し。時間の経過と共に男を支配しようとする」


「支配ですって? 被害妄想もあなたの趣味みたいね。とことん悪趣味だわ。私はもっと良い人を探すから放っておいて」


「フッ、悪趣味ねぇ。それなら、お前を選んで声を掛けたのも悪趣味って事だな。笑わせるぜ」


「本気で怒らせる気?」


「オレは女を愛する前に、自由と孤独を愛する男だ。今、東京はナンパ天国だ。お前も街に出れば、男が何人でも声を掛けて来るだろう」


「そうね。それなら、尚更あなたに用は無いわ。さようなら」


 レミが手を振ると、男はニヤリと笑った――


「だが、お前はその男達に好意どころか、何の興味も湧かない。会話にもならないぜ」


「そんな事、分からないでしょ?」


「分かるさ。オレには先を見通す力が有るんでね。例え瓊瓊杵尊ニニギノミコトの神力でも、お前の御眼鏡に適う男など、この地上には居ないんだよっ!」


 レミは、その言葉にやっと男が人間ではない事に気が付いた――


「あなたは一体……何者なの?」


「やっと興味を持った様だな。オレの名前は……いや、止めておこう。お前に説明していたら日が暮れちまうぜ。まぁ、瓊瓊杵尊ニニギノミコトとともに降臨したとだけ言っておくぜ」


「詮索されたら困るのね」


「やれやれ、お前は理屈っぽい女だな。そんなに理屈ばかり口にしていると腹が空かないか?」


「えぇ? 確かに、お腹が空いたわ。でも、理屈を言っているからじゃないわ」


「口答えするなよ。オレには先を見通す力が有ると言ったのを忘れたのか? この店の名物はナポリタンだ。どうだ?」


「えぇ。良いわ」


「良し、決まりだ」


 

 男が注文をして暫くすると、熱々の鉄板に乗ってジュージューと音を立てたナポリタンが目の前に置かれた――



「さぁ、食いな」


 レミはその音と香りに胃袋が躍るのを抑える事が出来なかった――


「いただきます……うっ、旨い、コレは病み付きになる味ね……」


「そうだろ?」


「何か特別な材料でも……」


「理屈っぽいお前の考えは、有機野菜で作ったトマトソースに、小麦粉に拘ったパスタ、高級なソーセージを使ったナポリタンだと思ったのだろうが、お生憎様。全部、スーパーで売っている物だ。それも一番、安い奴だ」


「嘘でしょう?」


「嘘じゃないさ。このボリュームで五百五十円だ。バターとケチャップしか無かった昭和の頃のイタリア風焼きソバだ」


「信じられない美味しさだわ……」


「まぁ、正確にはバターじゃなくてマーガリンだがな」


「えぇ?」


「バターじゃ重くなるんだよ。だからマーガリン。鉄板が熱いのは昔ながらの演出だと思っている奴が居るが違うんだぜ。ケチャップの酸味が提供されて食べる頃には火が通って旨味に変わっているんだ」


「確かに、ケチャップだなんて思えない深みを感じる……その上、ピーマンも苦みが消えつつも、適度な歯応えが残っているし……」


「玉葱もって言いたいんだろう?」


「えぇ」


「このナポリタンは、本物のイタリアンじゃない。だが、旨いんだよ。日本人が作った日本の料理だからな。理屈なんか超えているんだ。分かるか?」


「えぇ、分るわ」


「音楽だって同じさ」


「…………」


「黒人の様なリズムが出来なくても、日本人の魂から出てくる音には心を動かす、琴線に触れる物が有るんだ」


「何が言いたいの?」


「黒人の真似をしたって、無駄だよ。お前が日本人の身体フィルターを通した洋楽を馬鹿にして悦に入るのも結構だが、侮辱は悪趣味だぜ。お前がそう言ったんだ。そうだな?」


「えぇ、そうね……」


「まぁ、分れば良いんだ。今度、もし、ひとりでこの店に来る事が有ったらドライ・カレーを注文しな。本格インドカレーがどうの北欧がどうだなんて言って気取っている連中に中指突き立てたくなるぜ。おっと、失礼。そいつは日本人の作法じゃなかったな。理屈じゃあ無いんだ。それが分かれば……それで良いんだよ」


 男は、立ち上がると自分とレミの伝票を持ってレジへ向かった――


「あっ、ごちそうさま……」


「あぁ。じゃあな、また会おうぜっ!」



 レミは、日本人が日本人の『音』を失ってしまったのは、外国の音楽の猿真似だからだと信じて疑わなかった。だが、どんなに外国の影響を受けても尚、容易に変わる事がなく、日本人の感性で消化し、日本流にアレンジして自分達の物にしていく逞しさを忘れていた事に気付かされた。それは大和魂と大和心は永遠不滅であると云う、男からのメッセージだった――




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