恋の病と御利益。
めぐみは天の国に戻り、片鎌槍の返却を済ませ「日報」を書いていた――
すると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた。
足音が止まるとドアをノックした――
「コッツ コッツ コッツ」
めぐみが「どうぞ」と言うと「ガチャッ」とドアが開いて双子の巫女が入って来た――
「キャーッ! フゥーッ! めぐみ姐さん、やりましたねッ! 見よ!これが日本だ! 全米も驚く程の大スペクタクル! 凄い、凄い!」
めぐみは冷めた口調で言った――
「その、褒め殺しみてぇーの、止めてくんねぇーかっ!」
「キャーッ! めぐみ姐さん、ちょー、かっけえぇー!」
三人が爆笑していると、神官がやって来て、開け放たれたドアをノックした――
「うぉっほんっ! 笑い声が外に丸聞こえですよ! 地上の言葉は控えて下さいっ!」
三人は冷や水を浴びせられた様に大人しくなった――
「今回は、ふたりの男女の縁を結びました。そして、恋愛のみならず、ふたりの少女と警察官と犯罪者の縁を結びました。流石、縁結命様。あっぱれ、あっぱれ、見事な虎退治で御座いました。天国主大神様より危険手当と特別慰労金が支給されましたので、お納めください。私はその日報を頂ければ、それで」
神官が去って行き、双子の巫女が御守りを渡すと、温かい甘酒をお盆に乗せて差し出した。
めぐみは甘酒を「ふぅ―っ、ふぅ―っ、」と吹いて、飲み干して言った。
「旨い! 汗も掻いたが、こんな夜は温かい甘酒が五臓六腑に染み渡るわぁーありがとう!」
めぐみは二人の巫女に見送られて、軌道エレベーターに乗って地上へ戻って行った――
――草木も眠る丑三つ時。
めぐみは深夜の街に戻り、誰も居ない夜の街を歩いた――
さっきまで、お祭り騒ぎだった大通りも車さえ走っていない――
火柱が上がり、炎に包まれた街は、一転して静寂に包まれていた――
めぐみは部屋に戻ると暑いシャワーで汗を流し、窓をあけて夜空を見上げると下弦の月が輝いていた――
「ふぅ―っ」と溜息が漏れた。
めぐみは天に向かって叫んだ。
「地上上等! 縁を結んで皆を幸せにして見せるから! 今に見てろよぉぉお――っ!」
――翌朝
「八時のニュースです。昨夜九時頃、世田谷区、環状八号線で暴走族グループが通行を止め、交差点内で暴走行為の最中にガソリンが漏れたと思われる火災が発生しました――中継です」
「 ――はい、この火災で、付近は一時、騒然となりましたが、住民に怪我人は有りませんでした。インタビューをお聴き下さい「もう、バ――ン! て音がして、何事かと思って、そしたら、ドッカ――ン! でしょう? ド――ン! て火柱があがって、もう、見事だったわよ、あの火柱!」……はい、逮捕された暴走族グループの少年達は二十三名で、少年の中には違法ドラッグの売買、窃盗、オラオラ詐欺の常習犯が居ため、警視庁では余罪を追及しています。――現場からは以上です!」
現場監督が朝飯を食いながら、しかめっ面でテレビを観ていた――
「こっちの現場は朝も早から、道路かっぽじってるっつーのによぉ! 良い若ぇ者が、暴走したり、お年寄りから金巻き上げたり、ったく、しょーもねぇ連中だ! それに較べて……おうっ! 新入り、お前ぇはやるな! 見所がある!」
作業員達はザワついた――
「監督? 何の事を言ってんのか分かんないけど?」
「見てみろっ、ふたりとも昨日と同じ作業服を着て出勤したって事はだなぁ……言わせんな、恥ずかしい!」
「新入り! お前ぇ、手が早いな!」
「あの、怖い姉ちゃんに手を出すとは……恐れ入ったぜ!」
「漢の中の漢だな!」
「ヒュゥ――、ヒュゥ――!」
「うっせぇ―な! 朝っぱらからスケベな事、考えてんじゃね―よっ! エロおやじ共っ! 作業服は「 全 員 同 じ! 」あたいの作業服は、ちゃんと洗濯してあんだろ―がっ! サッサと飯食って、仕事しろ、タコっ!」
耕太は朝食を済ませて後片付けを終えた――
「美織さん、行きましょう!」
「おうっ」
ふたりが出て行くと再び作業員達はザワついた――
「おい、怖い姉ちゃん見たか? 左目は青タンだし、右手は包帯を巻いていてる、只事じゃねぇなぁ……」
「あの怖い姉ちゃんが、タダでヤらせる訳がねぇからな……」
「あの新入り、腕っ節が強ぇとは思ったが、まさか……ねぇ」
「監督の言う事を真に受けて本当にヤるとはなぁ……真面目で素直なんだなぁ、大したもんだよぉ! 漢の中の漢だよ、あれは」
「きっと『美織さん、イキましょう! おうっ』って感じだろっ!」
「がっはっはは――、ひゃっはあ――」
作業員達が大爆笑していると、突然「ガチャッ」とドアが開いて、一瞬で水を打ったように静まり返り真空状態になった――
「忘れ物を取りに来たの! うふふんっ。 あ――やだやだ、おじさん達って不潔! 言っておくけど、ナメた事言ってんなら、何時でも殺ってやるから! 行ってきまーすっ、ふふっ」
美織が出て行くと、息を止めていた作業員達は「ほっ」とした――
「私が、耕太君の胸に飛び込んだなんて、誰も知らない。ふたりだけのヒ・ミ・ツ、ふふっ、うふふふっ」
「恋する乙女」になった美織は、どんなに啖呵を切っても「うふっ、ふふっ」と喜びが溢れてしまっていた。
恋の病の初期症状だった――
めぐみは仕事に向かうため、部屋を出て階段を降り自転車に乗ろとすると、慎二が声を掛けて来た――
「おはようございます! めぐみさん! ありがとうございました。もう、こんな嬉しい事は有りませんよ! あの御札のお陰ですね、めぐみさんのお陰ですよ!」
「おはようございます……何かあったんですか?」
「お陰様で捕まりましたよ、強盗が。コインランドリー荒らしですよ。夜中に警察から連絡が有って、大通りの騒ぎで捕まったグループの中に居たんですよ、強盗が! 家内安全、商売繁盛! やっと、ひと安心ですよ。私の時代が来たような、いや、時代が私に追い着いたのかな? はっはっはー」
「あははは、良かったですね、大家さん。もう、怖い夢を見なくて済みますね、ふふっ。行ってきま―す!」
慎二はめぐみの姿が見えなくなるまで見送っていた――