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スッキリしないんです。

 店長はジャケットからRECORDを取り出し、盤面の傷と歪みを確認し、真新しいしビニールに入れて、抜き取った値札と共に店員に渡し会計を即した――


「お客様……彗眼ですな。当店の在庫の中でレア中のレア物ばかりですよ」


「そう? 以前は普通だったけど」


「いいえ。最近はめっきり……おっと、お客様、このアルバムは再発ですが?」


「心配しなくて結構よ。ファースト・リリースは持っているからコレで良いの」


「流石ですね」


 店員は会計をしながら、店長と趣味が同じであることに気が付いた。何故なら、どれもこれも、売れないのに何年も置き続けているRECORDばかりだった――


「最新の音楽ってパッとしないわ。結局、中古レコードを買う羽目になるなんて」


「はっはっは。それでも、色んな音楽を聴けるのですから良い時代ですよ」


「そうね。でも配信はダメ。音圧がウザくて聞けたものじゃないわ」


「良い音に慣れてしまうと仕方が有りませんね」


「お幾ら?」


「一万七千二百五十円です」


「じゃ、これでお願い。お釣りは要らないわ」


「有難う御座います。あっ、お客様。来週、西海岸から大量入荷しますので、是非、覗いて見て下さい。またのご来店、お待ちしております」


 レミはRECORDを小脇に抱え店を出ると、センター街を歩いた――


「つくづく渋谷も糞みたいな街になったわねぇ。ゲーセン、コンビニ、スーパー、街中に正常な思考を破壊するSOUNDが溢れている……」


 レミはヲタ臭のキツイSOUNDに耳を塞ぎながら駅に向かい、京王井の頭線に乗って下北沢へ向かった――


 ―― 下北沢


「呆れた。此処もね……」


 人混みの中をパチンコ屋の騒音に耳を塞ぎながら、茶沢通りに出る手前の花屋を右側へ進み代沢へ向かって行くと、駅前の喧騒とは打って変わって閑静な住宅街になった――


「みゆきさん家はもう無いのね。居酒屋にはチンペイ、あの店には優作、シーナが子供と手錠で手を繋いで買い物をしていたのは過去ね……」


 レミは暫く歩くと、右手に曲がり鎌倉通りに向かって歩いて行った。住宅と住宅の間に、まるで測量ミスで出来た様な不思議なスペースが有り、そこには間口一間半、奥行き三間程の物置の様な小屋が有り、此処がレミのアジトだった――


「はぁ。此処は無事だった……良かったぁ」


 レミは、骨董品の様な古い鍵をポケットから取り出すと、入り口の南京錠を解錠した――


 ‶ ギギギ、ギギィ―――――――――――ッ! ″


「確かこの辺りに……ビンゴッ!」


 小屋の中には紫外線が入らない様にしてあり薄暗かった。レミは、入って直ぐの左側の棚の上のパイプ・マッチを手に取ると、サッと着火した。その明かりを頼りにランタンを探して火を灯し、扉を閉めた――


「セーフ。此処だけは無事だった様ね……」


 小屋の中には所狭しと楽器が置いて有り、それ以外には、真空管、ダイヤモンド針等のオーディオ関連の物で溢れていた――


「コレとコレと、グリーン・バレットと、この真空管で良いわ。後は……あぁっ、TELFUNKENにBlaupunktのラジオ。こんな所に有ったのね。懐かしいわ……ジャーマン・サンドにアプローチした時の物ねぇ」


 レミは、小屋の中のヘルメット・バッグに購入したRECORDとトランジスタ・ラジオと真空管を入れ、ハード・ケースのギターを手に、小屋を出て帰路に就いた――




 日も傾き、夕闇が迫ってくる頃、喜多美神社は神聖な空気と静寂に包まれていた――


「めぐみお姉ちゃん、お疲れちゃん」


「お。七海ちゃん、どうしたの?」


「買い物だおっ! レミさんの分まで買ったら、持ちきれなくなったんよー。だからコレ持って帰って。夕飯まで小腹空いたらこのパンを食べて。んじゃ、授業に間に合わないから、後はヨロシクっ!」


「あぁ、分かった……気を付けてね、勉強頑張ってねっ!」


「ウッス!」


 七海は大量に購入した食材と、焼き立てのパンをめぐみに渡すと、参道を去って行った――


「はぁ。しかし、重たいなぁ……」


「めぐみ姐さん、どうしたんですか?」


「いやぁ、居候がひとり増えた物だからコレよ」


「居候?」


「そう。天の国から来た音楽関係の業界人みたいな人」


「天の国から来た業界人と言う事は……音の神様って事ですか?」


「私にも良く分からないの。地上名は宍戸レミって言うんだけど、神名を名乗らないのよ」


「そうなんですか……」


「何でも、地上でバンド活動をしていたらしいんだけど、地上から強制退去させられて幽閉されていたみたいなの」


「それって、八百万の神々に目を付けられたって事ですよね? ヤバく無いですか?」


「ふぅ、ヤバいかどうかは分からないけどさぁ、もう、私の縁結びの力が大きくなっているって事だけは分るよ」


「成長を実感しているのですね」


「うん。骨身に応えるよぉ……」



 祈年祭を控え、神職も巫女も大忙しだった為、七海が、授業を終えて帰宅をすると、そこにはレミしか居なかった。――


「ただいま」


「あぁ、お帰り」


「あれ? めぐみお姉ちゃんは? まだ?」


「えぇ。それがどうかしたの?」


「あんだおっ! やらかしちまったじゃんよぉ、めぐみお姉ちゃんに食料全部渡して来たっつ――ぅのに」


「そうなの? 夕飯ぐらい我慢しなさい。一食抜いたからって死にはしないわ」


「レミさんは、クールよなぁ」


「戦ってきたからね」


「ふーん。ねぇ、レミさんは音楽の神様なん?」


「まぁね」


「でも、どうして音楽が戦いになるん? 楽しいのに?」


「楽しい……そうね、楽の一文字が音楽を指していた時代も有った」


「日本の音楽?」


「七海ちゃん、どうして日本人がクラシックをやるのか、その意味を考えた事が有る?」


「えぇ? だって、音楽と云えばクラシックだお……学校でも、そう習うお?」


「そうよね。学校では教育目的でそうなっているみたいね。そして、雅楽は宮中の物みたいに考えられているわよね? 馬鹿馬鹿しい」



 七海は、突き放す様な物言いと少し悲し気な横顔に、レミが日本の音楽シーンを憂い、嘆いていると直感的に理解した――




お読み頂き有難う御座います。


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