シャバの空気は美味しいよ。
―― 二月十五日 先負 己亥
めぐみと七海は、顔を洗って朝食の準備をしていた――
「うーん。足りないかなぁ……レミさんの分はコレ位で良いん?」
「充分でしょう? そんなに気を遣ってられないよ」
レミは、久振りのシャバが心地良く、いびきをかいて寝ていた――
‶ ごぉごぉ ごぉごぉ ごぉごぉ ごぉごぉ ごぉごぉ ごぉごぉ ″
「しっかし、何度見ても四十二歳だよね」
「まぁ、若きゃあ良いってモンじゃねぇ――しっ、押し出しが強いっつ――の? 有る意味、逆に格好良いと思うんよねぇ」
‶ ごぉごぉ ごぉごぉ ごぉ、ごぉっ! ″
「あなた達、今、私の事話していたでしょう?」
「えっ、まぁ……でも、悪い事は言ってませんよ」
「ねぇレミさん、朝食がもう少しで出来っから、顔洗って来てちょ」
「えぇ、分かったわ。ありがとう」
顔を洗ってテーブルに着くと、七海とめぐみの手料理が並んでいた。七海は魚繁で買ったアラで作った番屋汁を、めぐみはふっくらと焼いた厚焼き卵、そして、海苔と納豆と糠漬け、昆布とキャベツの浅漬けにレミは感激した――
「うーむ。コレは……」
「レミさん、足りなければベーコン・エッグを焼くよ?」
「いいえ。これで十分よ。番屋汁だけでも十分な位よ」
「んなら、良かったお」
‶ いっただきまぁ――――すっ! ″
レミは、シャバの朝食のあまりの美味しさにお替りをした――
「ねぇ。TVを付けてくれない? 私は今の社会の状況を全く知らないの」
「うん、わかったお」
‶ ポチッ ″
‶ お目覚めの皆様、お早う御座います。そして、夜勤の皆様、お帰りなさいませ。一番早い朝のニュースをお届け致します ″
‶ 今朝のトピックは、東京一極集中と少子化問題です。それではCMです ″
「一極集中と……少子化って?」
「大学進学が当たり前になって、地方の女子を中心に東京に人が集まり過ぎて地方が過疎化しているの」
「東京に人が集まっているのに……少子化になるのは何故?」
「それは、晩婚化と晩産化だお」
「ノンノンノンノ、ヴァンサン、トゥ、ヴァンコン。しるぶぷれ?」
「ふざけないで」
‶ 現在、大きな社会問題となっている東京一極集中と少子化に異変が有りました。宮田さん、お願いします ″
‶ はい『ノー・ハラスメント・東京を是非とも体感したい』と、全国から人が集まっております。東京駅では溢れた人がホームから落ちて、一時、騒然となりましたが怪我人は有りませんでした ″
‶ 宮田さん、大反響ですね ″
‶ はい。東京都では、シティホテルからラブホテル、ネットカフェまで満員御礼になり、溢れ出た人々は、公園に河原、果ては多目的トイレまで使用不能状態になり、パニックになりましたが、今は落ち付きを見せております。しかし、その影響が近県に波及したため、東京一極集中になっていると考えられます ″
「どう云う事?」
「全然、違ったお……」
「朝からハズい」
‶ 宮田さん。地方の方は『ノー・ハラスメント・東京』をどう捉えているのでしょうか? ″
‶ はい。それでは、街頭インタビュ―をお聞き下さい″
‶ 愛知から参りました。街を歩けばババアと言われますから……こんなオバサンでも大丈夫かしら? そう思って参りましたの。ところが、表参道を歩いていましたら、殿方から『お嬢さん』って、もう、ビックリしましたの ″
「こっちが、ビックリだお」
「まぁな……」
‶ それも、ひとりやふたりじゃなく、六人ですよっ! まぁ、ナイス・ミドルとシティ・ホテルしっぽりが定石と言えましょう。ですが…… ″
‶ ですが? ″
‶ 私、大学生に声を掛けられまして……やぁだぁ″
‶ 大学生! ですか? ″
‶ ラブホなんて、もう、行く事が御座いませんでしょう? 大学生の男の子と……ぐふっ、もぅ、 中高年のイカせるテクなんて退屈。若き血潮に我武者羅に一直線に求められる感じ? パンパンパンパンっ! 青春時代を思い出して、我を忘れてハッスルしてしまいましたの。おほほほほほ ″
「コレは一体、何なのっ!」
「朝っぱらから、最低だお」
「上品なおばさんの下ネタって……エグイよなぁ」
‶ 宮田さん、この状況は何時まで続くのでしょうか? ″
‶ はい。この状況は『ノー・ハラスメント・東京』終了までで、終了後は地方が盛り上がりを見せると云うのが専門家の見方です ″
‶ 分かりました。少子化については如何ですか? ″
‶ はい。現在、東京都の二十台から四十代までの女性の人口は、およそ百八十五万六千人程ですが、来年の今頃は出産ラッシュになり、病院及び、助産師不足が懸念されます ″
‶ 宮田さん、有難う御座いました。『おめでた』は大変、喜ばしい事では有りますが、妊婦の受け入れ困難が予測されます。くれぐれもお手柔らかに。それではCMです ″
「お手柔らかに……とは?」
「何か、エロいお……」
「この女子アナの穴の話かもしれないよ」
めぐみは事態が飲み込めないレミに『ノー・ハラスメント・東京』の詳細を説明した――
「何ですって! 瓊瓊杵尊が、降臨して神力で『ノー・ハラスメント・東京』を施行したと云うの?」
「まぁ、木花咲耶姫が色々と問題を起こしたのが発端なんですけど……」
「何ぃっ! 木花咲耶姫が、来たと云うの?」
「えぇ。毎度、私をイジメるために。ちなみに『萌絵ちゃん』って言わないと、つねられますから、気を付けて」
「も、萌絵ちゃん? 木花咲耶姫が御乱心とは……」
「レミさん、あっシとめぐみお姉ちゃんは、こらから仕事だお。もし、留守番が退屈で出掛けるなら合鍵を渡しておくよ」
「ありがとう……」
「ほんじゃね」
「行ってきまぁ――すっ!」
めぐみと七海が出て行き、ひとり部屋に残されたレミは思案した――
「此処に居ても仕方が無いけど、街に出てもする事が無いし……いいえ、折角、シャバに戻ったのだから新鮮な街の空気を吸う事にするわ。『ノー・ハラスメント・東京』って一体……」
レミは、老けて見えるタイプだが、未だ若かった。ニュースを観て、もしや自分も? と、ちょっぴり期待に胸を膨らませていたのだった――
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