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分室の女。

 君子を後ろに乗せて、踏み込むペダルも軽やかにスイスイと走って、あっと言う間に君子の家に着いた――


「到着っ! 君子さん、着きましたよ」


「あぁ、助かった。有難うね」


「どういたしまして」


「じゃあ、めぐみさん、それを返しておくれよ?」


「ダメですよ」


「どうして? 良いじゃないか」


「また、こんな物を振り回されたら困ります」


「大丈夫だよぉ。信用してないね? まぁ、せっかく来たんだから、上がってお茶でも飲んで行きなよ」


 めぐみは君子の手練手管と分かっていても断りきれず、お言葉に甘えてお茶を頂く事にした――


「粗茶ですが」


「いただきます。ふぅ―――ん、良い香り。うわぁ、美味しい。こんなの初めて」


「そうだろう? 静岡のお茶だから。貰い物だけどね」


「そうなんですね」


「あぁ、何時も送ってくれるんだよ」


「親切なお友達が居るんですねぇ、羨ましい。うふふっ」


 君子は天井を指差して笑った――


「あはは。馬鹿だねぇ。お友達なんて、皆、あの世だよ」


「あっ、そうか。じゃぁ、親戚の方ですか?」


「ううん。孫がね」


 めぐみは、飲みかけのお茶を吹き出した――


「ごっほ、うげっ! 君子さん、今、何て言いました?」


「ん? だから、孫だよ」


「えぇっ! 君子さんっ! お孫さんが、居らっしゃるんですか?」


「うん。居るよ?」

 

「お孫さんが居るなんて、言わなかったじゃないですか――ぁ、てっきり、身寄りの無い独居老人だと思っていましたよ……」


「えぇ? だって、聞かなかったじゃないか。でもねぇ、子供達は皆、先に逝っちまったよ。逆仏って言うんだけどさぁ……」


「逆仏? って、何ですか?」


「親より先に子供が仏になる事さ。チーズだバターだ、牛乳なんて……ロクなモンじゃないんだ。その上、白砂糖を使った甘い物やインスタント・ラーメンが好きだろ? 長生きなんか出来ゃしないよ」


「そう言う事ですか……」


 君子は、おもむろに立ち上がり、仏壇の前に座って扉を開き、自灯明、法灯明を灯し、お線香をあげると手を合わせた――


 ‶ チ―――――ンっ! ″


「はぁ。厳しくし過ぎた反動なのかねぇ……子供達は家を出て行ってから好き放題に暮らしていたけどさ、甘やかしたのが悪かったのかねぇ……皆、先に逝っちまたよ」


「あぁ、お淋しいですね‥‥‥」


「まぁ、孫がいるから安心だけどさぁ」


「でも、だったら何故、お孫さんに連絡しなかったんですか?」


「皆、遠いからさぁ。それに何より、孫に心配を掛けたくなかったんだ。ごめんよ、めぐみさん」


「ふぅ。まぁ、私は暇ですから良いですけど。まさか、君子さんをお迎えに行く事になるとは思ってもいませんでしたよ。あはは」


「お迎えかぁ……」


「あっ! そう云えば君子さん、旦那さんは? 保さんは迎えに来なかったですか?」


「縁起でも無い事を言わないでおくれよっ!」


「いやぁ、だって、お迎えの条件が『思いを果たす事』だったんですよ? 君子さんは思いを果たしたのですから、お迎えが来るはずなんですけど? おっかしいなぁ……」


 めぐみは、猜疑心の眼で君子を見つめた――


「んと………」


「あ。怪しい―――――っ!」


「いや、何を言い出すんだい‥‥‥」


「君子さんっ! 何か隠していますね? 正直に白状しないと、天罰が落ちますよっ!」


「あぁ……いやぁ、まぁねぇ。主人が迎えに来たのは来たんだけどねぇ……」


「あぁっ! だったら、天の国に行かないとダメでしょっ!」


「いや、だからさぁ。主人に言ったんだよ『まだ早いから、後でね』って」


「はぁ? 勝手な事しないで下さいよっ!」


「そんなに、年寄りを虐めなくったって、良いじゃないかぁ。あたしゃ、まだまだ死ねないんだよ。除夜の鐘がうるさいだの、子供の声がうるさいって言う老害共をやっつけるんだっ! 子供たちが明るく元気に暮らせる街を取り戻して、その子供たちが大きく成長してアメリカに原爆を落とすのを見届けるまで、死ぬ訳にゃぁ行かないんだよぉっ!」


「さりげなく、恐ろしい事をぶっ込みましたね。良いですか、君子さん。お迎えを拒否るなんて聞いた事が有りませんよっ! 兎に角、天の国に行って確認をしますから。お迎えは問答無用ですっ! ご馳走様でしたっ!」


「あぁっ、めぐみさん……」



 ‶ ガラガラガラガラ、ピシャッ! ″



 めぐみは、君子の家を出ると帰宅せずに、そのまま軌道エレベーターに乗った――



 ―― 天の国



 ‶ ティン、ト――――ン グイ――――――ンッ ″



 軌道エレベーターを降りると深呼吸をした。冷たい空気が身体を中から清め、満天の星空に月が輝き、社の前の松明が音も無く揺れていた――


「ふ―――――ぅ。おや? 何時もなら張り切って巫女twin’zのふたりが出て来るはずですけど? 今日は何か、臨時の集会でも有ったのかなぁ?」


 めぐみは、死者のゾーン分室に向かった――


「おや? やけに静かだよ……分室って、夜に来ると薄気味悪いなぁ……」


 めぐみは、小さな外灯の下の小窓をノックした――


 ‶ コン、コン、コンッ! ″


「誰だっ!」


「うわぁっ! ビックリしたぁ。あっ、縁結命エニシムスビノミコトですけどぉ……」


「人の顔見てビックリすんじゃねぇっ! 失礼にも程があんだろっ!」


「あ、いや、宍戸レミさんじゃないから、驚いただけです。すみません」


「何の用?」


「あの、秋元保さんに面会をお願いしたいんですけど?」


「秋元保? 知らないねぇ。ほらよっ!」


 その女は、書類棚の上から分厚いファイルを掴むと、めぐみに放り投げた――


 ‶ ドッスンっ! ″


「うぐぅっ……」


「そのファイルの中に有るから、自分で勝手に調べて。終わったらサッサと失せなっ!」


「あ、はい……」


 めぐみは、分室の担当者が切れ気味な事にウンザリしつつ、重たいファイルを開いた――


「えっと……あぁ、有ったっ!」


 最初のページに秋元保の名前は有った――


「ふむふむ。二月十一日、午後十九時三十五分、死者のゾーンに移管。なーんだ、もう死者のゾーンに行ったのね。良かったぁ」


「何? じゃあ、その秋元とか云う人間を此処から移管したのは……お前なのかっ!?」



 椅子にもたれてデスクに足を乗せていた女は、突然立ち上がった――






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