恋の炎は天高く。
チキン野郎の仲間は雑魚だったが、連合の連中は只物では無かった――
美織は殴られて左目が見えなくなっていて、やられたフリは疎か、一瞬でも隙を見せたら木剣が飛んで来て小手を強く打たれて、鉄パイプを握る事も出来なかった――
「万事休すだ……初代総長として、見事に散って見せてやるよっ!」
美織は覚悟を決めて、素手で対決する気だった――
相手にタックルする気でファイティング・ポーズを執り、両眼を見開いた時、霞んだ左目の視界に入って来たのは耕太だった――
「美織さん!」耕太の叫ぶ声が風の様に流れて行った――
恋する乙女に喧嘩は無用。怯んだ美織に連合の連中が襲い掛かろうとした瞬間だった。耕太が立ち塞がり、ひとりの男の首を両手で掴み、頸動脈を絞めながら地面から足が離れると、顔面が赤から黒くなり意識を失った――
耕太は、そのまま相手の足元に投げ飛ばした。すると、連合の連中は思わず後ずさりをした――
「バ――ンッ、ババッ、バ――ンッ、ババッ、ブァ――ン!」
しかし、遠くからコールの音が近づいて来ると、余裕を持って耕太と美織にリンチを加える気になっていた――
「美織さん早く! こっちへ!」
強引に腕を引き、薄暗い商店街の外れから、大通りへ逃げた――
「その先に交番が有るから、早く!」
だか、美織は耕太を振り切った――
「逃げても無駄! 決着を付けなければ、逃げ続けるだけ! 総長が逃げる訳にはいかないのっ!」
大通りの街灯が眩しかった――
美織は耕太に総長だった事を伝えた瞬間、心の中で「何か」が砕け散った――
「短い恋が終わったな…… 自分のライフもこれで終わるから…… 後悔なんてしないよ…… ありがとう…… 耕太君」
数台の車が交通を止め、耕太と美織の周りをバイクが取り囲み「バ――ンッ、ババッ、バ――ンッ、ババッ、ブァ――ン!」と爆音で煽りながらグルグルと回っていた――
ふたりは大通りの交差点で、十三台のバイクに囲まれた――
絶体絶命、美織が耕太を逃がそうとしたその時、取り囲んだバイクの頭上を八艘飛びで軽々と超えて、目の前に現れたのは巫女装束のめぐみだった。
耕太と美織は巫女装束のめぐみの美しさに息を飲んだ。
「下がっておれ」
耕太は美織を庇う様に肩を抱いて屈んだ。すると、身動きが出来無くなった――
「天下の往来を止めるとは、不届き千万! サッサと家へ帰れ!」
「おい、巫女さんが何やってんだ? こっちは、そこの女に用が有るだけだ! 痛い目に遭いたくなかったら、そいつを連れて消えろっ!」
めぐみはにっこりと笑うと、形相が変わった――
「断る!」
「テメェ! この俺を誰だと思てんだっ!」
「お主が何者かなど、関係無い! おぎゃあと生まれた汚れ無き直霊が何の因果か悪事に手を染め曲霊となって悪行三昧!『この悪行、償わない限り、恨みとなって消える事は無い! その事を忘れるなでないぞ』と警告したはずだ。同じ事を二度も言わせた以上、神罰を受けよ!」
めぐみは天に向かって両手を掲げ、呪文を唱えた――
すると、天から星が落ちて来て、一筋の光になり、両手で掴むと光が消えて片鎌槍になっていた。
雑魚グループの少女がブルブルと震えて、泣いていた――
「ヤバいよ、だから言ったじゃん、危ない奴なんだよ、アイツ……もう、逃げらんないよ」
「親切に逃がしてやるって言ってるのに、調子に乗りやがってっ! そんなに痛い目に遭いたいなら、お望み通り、殺ってやるよ!」
男の号令でバイクが一斉に襲い掛かって来た――
連合の連中はめぐみが片鎌槍を持とうが、お構い無しに攻撃をした――
めぐみは「ひらり、ひらり」と体を躱し、槍を突いた。だが、誰一人として命中せず、それどころか、満足に届きもせず、連合の連中はグルグルと回っていた――
「巫女さん、そんな屁っ放り腰で、俺達に歯向かうとは笑わせるぜ!」
笑いながらグルグルと回っていたが、その中の一人が、異変に気付いた――
「ヤバい! タンクをやられた! 逃げろ!」
めぐみはバイクの燃料タンクを軽く突いて穴をあけていた。漏れたガソリンは膝を伝いステップから滴り落ちて、交差点に円を描き、結界を成していた――
めぐみの槍に突かれる事も、片鎌で切り払われる事さえ恐れずに特攻した連合の連中でさえ、何時、爆発するか予断を許さない状況に追い込まれて火達磨になる事を恐れ、連合の連中はバイクを投げ出して逃げ出した――
めぐみが片鎌槍の穂を天に向け、呪文を唱えて、石突でアスファルトを突くと火花が散った。
火花がガソリンに引火すると、火は炎となって、生き物の様に「ボゥバゥァーー――ン」と音を立てて走り、結界を作ったかと思うと「ドッダァーー――ン! バアァーー――ン!」と爆発して轟音を響かせ、天に向かって高々と火柱が上がった――
火柱が向かい合うビルのガラスに合わせ鏡の様に映り込み、大通りはお祭り騒ぎになった――
連合の連中は間一髪、火達磨にならずに済んだ。だが、通行を止めた事で、自らの逃げ道を失い、東からは消防車のサイレンが迫り、西からはパトカーのサイレンが迫って来ていた。
そして、遂に観念した――
――消火活動も終わり、連合の連中は一人残さず身柄を確保され、連行されて行った。
季節外れのお祭りは終わった――
警察の事情聴取を終えて、耕太と美織は確りと手を握り見つめ合い、お互いの無事を確かめ合った。
遠くから七海の声が聞こえて来て再会した。
「めぐみ姉ちゃんと歩いていたら、あっシの焼いたパンが道路に踏み潰されているのを見付けて、めぐみ姉ちゃんが猛ダッシュで大通りに走って行って……めぐみ姉ちゃんは何処? 総長、知らない?」
我に返り、美織は周囲を見回した。
そこに、めぐみの姿は無かった――