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お年寄りは大切に。

 めぐみは、巫女装束のままコートを羽織ると、自転車に跨り一目散に漕ぎ出した。すると、追い駆けて来た典子が慌てて声を掛けた――


「めぐみさん、警視庁成城警察署じゃなくて、市役所の直ぐ近くの、駅前のっ! 調布警察署、狛江交番よっ!」


「はぁ――いっ! 分っかりましたぁ―――――っ!」



 ‶ はぁ、はぁ、は――ぁ。ふぅ、ふぅ、ふ――ぅ。わっせ、わっせ、わっせ、はっ、はっ、はぁ――――っ! ″



 ―― 調布警察署 狛江交番


「御免下さい。あのぉ、鯉乃めぐみと申しますが、此方に秋元君子さんが……」


「あぁ。あなたが鯉乃めぐみさんですか? 巫女さんとは驚きですな」


 交番の中に案内されると、君子の小さな背中が見えた――


「君子さん、迎えに来ましたよ」


「あぁっ! めぐみさん。良かったぁ、来てくれたんだねぇ」


「もう大丈夫ですよ。だけど、一体、何をしでかしたのですか?」


「何って? 聞いておくれよ。皆して、寄ってたかって、年寄りを虐めるんだよぉ……ひっく、ひっく、ぐっすん」


「えぇっ!? 酷いっ! 泣いているじゃないですかっ! こんな身寄りの無いお年寄りを虐めるなんて、人権蹂躙ですよっ!」


 帰宅時間の駅前は多くのサラリーマンや学生で溢れていた。そして、バス停の前と云う事も手伝って、めぐみの声に呼応して野次馬が集って来た――


「おい。あんな、お年寄りを虐める奴が居るんだってよ」


「嘘だろ? とんでも無いなぁ。敬老精神ゼロかよ」


「ちょっと、おまわりさん。国家権力を笠に着て、居丈高な物言いは如何な物でしょうねぇ?」


「そうだよっ! お婆ちゃんが泣いているじゃないかっ! 弱い者虐めすんなっ!」


「うえぇ――――――んっ! おばあちゃんを、虐めないでぇ―――っ!」


「ほらぁ、子供まで泣き出したじゃないかっ!」



 ‶ ガヤガヤガヤガヤ、ザワザワザワザワザワ ガヤガヤガヤガヤ、ザワザワザワザワザワ、ガヤガヤガヤガヤ、ザワザワザワザワザワ ″



 いつの間にか、交番の前は黒山の人だかりになっていた――


「いやぁ、困りますなぁ。お嬢さん、此方の秋元さんが市役所で暴れたから、逮捕したまでです。本来なら、警視庁成城警察署に連行する所ですが、穏便に済ませようと、ひとまず、此方の交番で話を聞いてあげたのです」


「あら? でも、君子さんは虐めたって?」


「逆ですよ逆。殴られたのは私たち警官と、市役所の職員の方なんですから……」


「えぇっ? 殴った? 君子さん、本当に人を殴ったのですか?」


「あたしゃ、殴ってなんかいないよぉ。信じておくれよ、めぐみさん」


「勿論、信じていますよ。こんなか弱いお年寄りが人を殴るなんて出来る訳が無いでしょう? どーなっているんですかっ!」


 ひとりの巡査が、君子から取り上げて預かっていた棒をめぐみに差し出した――


「あぁっ! こ、コレはっ、あの時の…………」


 その棒は、バットよりも少し短く細くて、握りには滑り止めに紐が巻いて有り『海軍精神注入棒』と毛筆で書いて有った。それはまるで水戸黄門の印籠の様に、めぐみも野次馬達もフリーズした――



「き、君子さん、まさか、コレで殴ったんですか?」


「殴ってなんかないよぉ。市役所の職員がたるんでいるから、精神注入棒で気合を入れてやったんだよぉ。だから、殴ったんじゃないんだよ? 分かっておくれよぉ。」


 めぐみは『精神注入をしただけだ』と云う君子に呆れた。そして、君子の芝居にまんまと騙された事に愕然とした――


「おっほんっ! コレはお返しします」


「申し訳ありませんでしたっ!」


「分かって頂けた様ですな? 職員の方もタンコブ位ですから被害届は出さないそうですから。では、今後、このような事を二度としない様に、きちんと監督して下さいね」


「はい。ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたっ!」



 めぐみは、野次馬を掻き分けて、人混みを抜けると、君子を叱った――



「君子さん、いい加減にして下さいねっ!」


「そんなに怒らなくたって、良いじゃないか?」


「心配して損しましたよ」


「ちょっと、めぐみさん、言っておくけどね。大体、お役所の連中がのうのうと仕事しているのが悪いんだ。あたしゃ、何一つ間違ってやしないよっ!」


「間違ってはいなくても、やって良い事と悪い事が有るんですよ」


「ふんっ! 彼奴らの肩を持つのかい?」


「いや、肩を持つって……」


「良いかい、めぐみさん。あんな風に『国が決めた事ですから――ぁ』『貴重なご意見を有難う御座いまぁ――す』なんて、年寄りだと思って馬鹿にするんじゃないよっ!」


「いや、それって……年寄りの僻みじゃないですか?」 


「冗談じゃない『何時でも、お気軽にご相談下さい』と公報でお知らせをしておいて、市民がわざわざ役所まで相談に行ったら、ろくに相手もしないってどう云う事だいっ!」 


「まぁ、公務員なんて、そんな物ですよ」


「はぁ? そうやって、甘やかすからダメなんだよ」


「だからと言って、殴ってはダメですよ」


「殴ってなんかいないよ」


「逮捕されて何を言っているんですか?」


「めぐみさんは、どっちの味方だい? 良いかい、その上、彼奴ら『私達は公僕ですから、個人的な意見は差し控えさせて頂きまぁ――す』と抜かしやがった。だから、あたしゃ言ってやったんだ『お前ら公僕である前に人間だろっ! 日本人だろっ!』ってね」


「それで、精神注入棒で、殴ったんですね?」


「あぁ、そうとも。精神注入してあげたんだ。あたしゃ感謝して貰いたい位だよっ!」


「棒で殴ってはダメですっ!」


 君子はめぐみが理解をしてくれている事を知っていた――


「めぐみさん、疲れたからさ、後ろに乗せておくれよ?」


「ダメですよ。ふたり乗りは道交法違反ですよ」


「だって、ふたり乗りで一緒に戦前に言ったじゃないかい?」


「あの時は、特別なんですよ」


「融通が利かないねぇ。あたしゃ、足が痛いんだ、歩けないんだよ。ねぇ、特別だろ?」


「もう、君子さんには敵いませんねぇ。あははは」


「あははは」




 めぐみは君子を後ろに乗せると、夕暮れの街をふたり乗りで駆け抜けた――









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