お迎えが来たから、迎えに行って。
ガックリと肩を落とし、魂の抜けた状態で本殿を出ると、拝殿を抜けて参道に出た。すると、ピースケが駆け寄って来た――
「めぐみ姐さん、何処に行っていたんですか? 探しましたよ」
「あっ、あぁ……」
「何か有りました?」
「はぁ……」
「あのぉ、珠美が来ているんですよ。話がしたいって……」
「ん? 彼奴が来るのは明日のはずでは?」
「何か、特別な話が有る様で……」
「あぁ。もう、分かっている。萌絵ちゃん関係な。あぁ、やる気しねぇ――――――――――っ! こんな生活もう、嫌っ!」
珠美は社務所の横で待っていた――
「ようっ、めぐみ」
「あぁ、私に話が有るんだって?」
「うん。まぁ……」
「早く言いなさいよ」
「あの、そのぉ……」
「あのね、こっちも暇じゃないんで。サッサと言いなさいよ」
「めぐみ。あっ、いやぁ……めぐみさん。どうも、ありがとう…ございましたぁ」
「はぁ?」
「恩に着るよ……ちっ、照れるなぁ」
「何の事だか、さっぱり、分からないんですけど?」
「いやぁ、この間、木花咲耶姫に萌絵ちゃんって地上名を与えてくれただろ? それ以降、彼女は上機嫌でさぁ。もう、驚いたんだよっ! 何百年も笑わなかった木花咲耶姫がよ?『今日から私は、萌絵ちゃんだもんね――ぇっ。うひゃひゃっ!』て。笑顔が戻ったんだよっ! スキップ、鼻歌、ダンスでターン。まるで別人の様になったんだ」
「ふんっ! 私の前では何も変わらないよ。意地悪ばっかり!」
「あぁ、そうなのか……」
「その上、たった今、素戔嗚尊に木花咲耶姫と瓊瓊杵尊の夫婦仲を修復しろって言われたのよ? おまけに、そうなったのは、全て私の『縁結びの力』なんだって言われて、死んだ所なのっ!」
「マジかぁ……」
珠美は、めぐみよりも遥かに神格の高い木花咲耶姫と瓊瓊杵尊を、神力によって引き寄せている事に驚きを隠せなかった――
「何よ? 何見てんのよ?」
「めぐみ……いやぁ、お前ってさぁ、もっ、もしかしたらっ、すっげえ、神様なんじゃ……?」
「凄いとか凄くないとか、どーでも良いんで。私は恋に臆病な者を助け、言い出せない思いを確りと届け『めぐみさん、ありがとうっ!』って感謝されて祀られたいの?」
「皆、感謝しているんじゃね?」
「あのね? 合体前提で物言われたら台無しっ! 因果を逆にすんなって言ってんの? 分かる?」
「いやぁ、別に、間違ってはいないと思うけど……」
「あのね。恋愛無くして合体も出産も無いのっ! 人間だって大変だよ? 皆、恋愛に自信失くしているぞ? それをノー・ハラで一気に解決なんて、そんな簡単な話じゃないのよっ!」
「失くして、無くしてと、捲し立てられても……」
「韻を踏まんで良い。兎に角、神様の揉め事まで持ち込まれたら、やってらんないよっ!」
「だけどさ、神格の高い神の夫婦和合が任務だとしたら……? やっぱ、お前って、すっげ――ぇ、神様なんだよっ! 違いないってっ! ハンパ無いってっ! うっごぉ―――――ぉ!」
珠美は感動で涙腺が崩壊した――
「笑いたけりゃ、笑うが良いさ」
「泣いてんだよっ!」
「あ。お多福顔だから泣いても笑っても、変わんないよ?」
「うっせ―わっ! なぁ、めぐみ。お前の……正式な任務なんだからさぁ、萌絵ちゃんの事をよろしく頼むっ! この通りだっ!」
めぐみは、珠美が手を合わせ深々と頭を下げるので何も言えなくなった――
「珠美。まぁ、お前が友情に厚い神だと云う事は分ってるよ。きっと、萌絵ちゃんにも良い所は有るのでしょう。私には萌絵ちゃんの何処が良いんだか、さっぱり分かんないよ」
珠美は、これ迄とは打って変わって、めぐみの事をリスペクトしていた。木漏れ日に潤んだ瞳がキラキラと輝いて、上目遣いで見つめるものだから、めぐみは寒気を感じて鳥肌が立った――
「めぐみ姐さん、珠美が嬉しそうに帰って行きましたけど? 何か良い事でも有ったのですか?」
「有る訳無いでしょ? は――ぁ、気色悪っ!」
「えぇっ! どう云う事ですか?」
「何か、急に態度が変わったのよ。ピット・ブルがトイ・プードルの様になったという感じかなぁ」
「あらら? でも何故?」
めぐみが、事の次第を話すとピースケも驚いた――
「うぇ――――――っ! マジですかっ! それって、すっごい、事ですよっ!」
「だからさ。凄いとか凄くないとか、どーでも良いの。昔から夫婦喧嘩は犬も食わないって云うでしょ? 夫婦の揉め事は面倒臭いよ?『何とか言ってやってくれっ!』と言われて言おうものなら『あんた、どっちの味方なのよっ!』なんて胸ぐら掴まれたり……気が重いったらありゃぁしないよ」
「まぁ『このオレが、全ての女性を満足させてやるっ!』と豪語する西木野誠が、萌絵ちゃんだけは満足させられない訳ですからねぇ……皮肉なものですよね」
「ぷっ、あははっ」
「あははははは」
めぐみはピースケと声を出して笑うと気が晴れたのか、すっかり立ち直った。すると、そこへ典子が駆けて来た――
「あ、典子さん、お疲れ様ですっ!」
「はぁ、はぁ、めぐみさん、大変よっ!」
「えっ!?」
「気を確りと持って、聞いてね」
「はい……」
「君子さんっ、お迎えが来たって、たった今、連絡が……」
「えっ…………」
めぐみは、戦死した笹岡正次郎とほんのひと時でも結ばれて、思いを遂げた君子を秋元保が迎えに来たのだと悟った――
「そうですか……典子さん。これで良かったんですよ。君子さんは本当に愛された、そして、全身全霊で愛したっ! 幸せな人生でした。良かったっ!」
めぐみは、あの時間旅行が遠い日の事の様に思い出されて、目頭が熱くなった――
「めぐみさん? 何を言っているの? 仕事は良いから、早く行って」
「ほぇ? 早く逝けって、天の国へ?」
「何言っているのっ、警察よっ! 警察っ!」
「けっ、警察っ! ど―ゆ―事ですか?」
「君子さんが『老害共をぉ――――っ、ぶっ壊すっ!』って、狛江市役所で大暴れして職員に通報されて警察に逮捕されたの。警察官の話では『身元引受人が居ないなら帰れませんよって言ったら、めぐみさんの名前を出した』って。だから、早く行ってあげて」
「あぁ、はいっ、分かりましたぁ……今直ぐ行きまぁ―――――すっ!」
めぐみは、身寄りの無いお年寄りの身元引受人になるとは思いもしなかった――
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