縁は結ぶよ何処までも。
耕太は美織と別れた後、兄弟の夕食の食材を購入するため、スーパーで買い物をしていた――
「もうこんな時間か! 早く帰らないと、皆、お腹空かせているだろうな……」
兄弟の事が心配になり、家路を急いだ――
重たい荷物と買い物袋が肩と手に食い込んで痛みを感じながら坂道を上り、階段を踏みしめて、兄弟の待つアパートに到着した。
「ただいま! 遅くなってごめんな、今日が初出勤だから、勘弁してくれよ! 直ぐに夕飯にするから……」
耕太は部屋に入ると兄弟たちが美味しそうにパンを食べていた――
「栞? そのパンはどうしたんだ?」
「このパンは神社で貰いました。巫女さんがお兄ちゃんに『よろしく』と言っていました。お兄ちゃんがなかなか帰って来ないから、みんな食べ始めちゃったけど、お兄ちゃんの分はちゃんと取って有ります」
「そんな事はどうでも良いっ! 誰に貰ったんだ? 見ず知らずの人なら返して来い」
「お兄ちゃん、そんな事を言っても人の好意を無にするだけでしょ? 七海ちゃんが『また焼いて来る』って、みんなで食べて下さいって……」
「生意気言うなっ! 施しを受けるなと、何度言ったら分かるんだっ! 子供だと思って足元を見たり、善意のフリをして付け込んで来る悪い大人が一杯居ると言っただろ? お前が嫌なら、お兄ちゃんが返しに行って来る!」
そう言って、食卓に並んでいたパンを袋に詰め、手に持って食べているパンを取り上げた――
一番下の弟の崇介が大きな声で泣き出すと、妹の綾香と詩音も泣き出してしまい、栞は宥めるのに必死だった――
耕太は夕飯の準備を栞に任せ、貰ったパンを持って神社へと向かった――
戌の刻に神社を訪れる者は無く、真っ暗闇に灯篭が浮かんで、社は静寂と神聖な空気に包まれていた――
ほの暗い参道を息を切らして走って行くと、闇の中から神職の者が声を掛けた――
「どちらへ?」
耕太が事情を話し、めぐみにパンを返したいと言うと、神職の者が答えた――
「返すと言っても……めぐみさんが焼いたパンでは有りませんからねぇ、どうでしょう?」
そう言って、めぐみの住所を書いたメモを渡すと、耕太はお礼を言ってめぐみの元へ向かった――
戌の中刻――
洗濯物を取りに戻る美織。パンを返しに来る耕太。美織に復讐する不良グループの少年達が、めぐみの神力でコインランドリーに吸い寄せられていった――
役者は揃った―― めぐみの瞳の奥が「キラッ」と光った。
美織は洗濯物を畳み、バッグに入れるとコインランドリーを出た。すると、後ろに殺気を感じたが間に合わなかった――
突然、膝の横を鉄パイプで殴られ倒れると、チキン野郎がニヤリと笑って立っていた。
「久しぶりだな、総長! 随分、威勢の良い啖呵を切ったそうだな」
美織は痛みを堪えて、直ぐに立ち上がり睨んだ――
「テメェー、汚ねェぞ! 後ろから狙いやがってっ……」
「正々堂々、タイマン勝負でもすると思ってんのか? こっちは連合だ、お遊びじゃねェ! ぶっ潰すだけだから。覚悟しろって、言ってやってんだろ? バーカ!」
美織の形相は般若になり、そして笑った――
「フッフッフッフッ、はっはっは、連合? 結局、一人じゃ何にも出来ねェー、チキン野郎がっ! 全員相手してやるよ! 掛かって来い!」
チキン野郎の合図で少年達は一斉に襲い掛かった。最初に背中を鉄パイプで突き、体勢を崩した所を腹や肩に蹴りが飛んだ。膝から崩れ落ちた美織の頭を鉄パイプで叩き割ろうとした瞬間だった。
美織がその鉄パイプを掴んで睨み返し、奪い取ると片っ端から叩きのめした――
「バカはテメェーだろっ! やられたフリを真に受けやがって、あたいを甘く見ている様だけど、今迄、雑魚を相手に本気出した事ねぇーからっ!」
チキン野郎は「チッ」と舌打ちをしたが、直ぐに「ニヤリ」と笑った――
「フッフ、何が『バカはテメェーだろっ!』だ、そのセリフそのまま返すぜっ!」
爆音と共に、いつの間にか連合の連中が集まって来ていた――
「山は動いたな、確実に!」
めぐみはそう呟いた――
七海はお風呂場でめぐみの背中を流していた――
「えっ!何か言った? どうでも良いけど、めぐみ姉ちゃん、髪長いし綺麗だねーっ」
めぐみは確りと身を清めていた――
「七海ちゃん、お風呂から出たら、送って行くからねっ!」
ふたりはゆっくりと湯船に浸かり、湯上りにコーヒー牛乳を飲んだ。七海が「腰に手を当てるの!」と正しい風呂上がりの作法を教えた。
「ふぅ―っ旨い、風呂上りのコーヒー牛乳に感無量! いい湯だったねぇー」
七海がほてりを覚まそうと窓を開けると、新鮮な外の空気と共にバイクの爆音が飛び込んで来た――
「バ――ンッ、ババッ、バ――ンッ、ババッ、ブァ――ン!」
七海は興奮して、見物しようと窓から身を乗り出した――
「あっ! あいつ等、連合だっ! めぐみ姉ちゃん、総長が狙われているよっ! ヤバいよっ!」
そう言って振り返ると、白い小袖の上に千早を羽織り、頭には前天冠を着け、長い黒髪を後ろで絵元結にしためぐみが立っていた。
「めぐみ…… 姉ちゃん……」
七海はめぐみの神々しい姿に言葉を失った――
「七海! 送って行く。 付いて来いっ!」
めぐみは鋭い眼光になっていた――