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帰れない二人。

 君子は作業場を抜けて屋敷の土間から前の間に上がった――


「お母さん、ただいま帰りました」


「何だい。お前、まだそんな所に居たのかい。『ただいま』を二度言うなんて、変な子だねぇ……」


「え……?」


「でも、君子。良く決心してくれたね。お母さん、嬉しいよ」


「はぁ……?」


「いや、分かっているよ。私はそうだと思っていたの。お前の心は私が一番知っているんだ。うふふふふふ」


「あっ、あ、心? 私の? 何の事……」


「今更、照れなくたって良いんだよ。ささ、早く着替えて手伝っておくれ。おほほほほほ」


「はぁ……?」



‶ ふ―――ん、ふん、ふん、らんらら、らんらら―――――ん ″



 君子は嬉しい時にしか鼻歌を歌わない母がとうとう声に出して歌う姿に驚いた――


「随分と、ご機嫌だ事……」



 正次郎は仕込み作業がひと段落して、言い付け通りに座敷へ行くと婿養子になる様にと言われた――


「でも、旦那様……」


「このご時世だ」


「しかし……」


「息子達が戦地に赴いて帰って来ない事も有ろう。覚悟は出来ている」


「いえ、旦那様。僕は仕事が出来て飯が食えるだけで充分です……跡取りだなんて考えた事も有りません、それに、君ちゃんだって……」


「君子も承知だ」


「えっ? 君ちゃんが……はいっ! 謹んでお受け致します」


 

 君子の手によって、君子の人生が書き換えられた瞬間だった――



「ねぇ、君子さん。親子喧嘩になるって言っていましたけど、何が有ったんですか」


「突然、父が、婿養子にするって言っただろ? あの日の私はその事に激高して家出するんだよ」


「家出ですか? でも、君子さんは笹岡さんの事が好きだったんでしょう? 縁談なんて最高にハッピーじゃないですか?」


「あんた、女心が分からないのかい? あの日の夜、私は正ちゃんに恋文を渡す決心をしていたんだ。だから、父に出鼻を挫かれたのが悔しかったんだよ」


「えぇっ! コクるつもりだったんですか?」


「まぁねぇ」


「ん? だったら尚更、渡りに船、棚からぼた餅じゃありませんか?」


「だからさぁ、私が一時の感情で親に反抗した姿を……正ちゃんに見られちまうんだよ」


「あぁ。それは不味いですね」


「その事が、ずっと……尾を引いちまってねぇ……」


 君子は当時を振り返り涙目になった――


「めぐみさん、私はねぇ、とうとう本当の気持ちをさぁ……自分の心は正ちゃんの物だって言えないままさぁ、戦争に取られちまったんだよ……」


「そうだったんですね……」


「だからさぁ、父の婿養子の話を、あの場でハッキリと受けたんだよ」


「分かりました。お辛かったですね」


 めぐみは優しく君子の肩を抱いた――


「さぁ、君子さん。これで気は済みましたね? 戻りましょう」


 十四歳の君子は、モジモジしながら上目遣いでめぐみを見返した――


「ねぇ、めぐみさん。この自転車は特別だよね」


「えぇ。まぁ」


「でも、これに乗ったからって……何処にでも行けるって訳じゃないよね?」


「いやぁ。理論上は何時代でも行けますよ。只、あまり昔や未来だと漕ぐのが大変なんですよ。あははは」


「めぐみさん……あのねぇ」


「あっ! ダメですよっ! ダメッ、ダメッ! もう、寄り道ばかりしていたら帰れないじゃないですか」


「東京大空襲で、おいちゃんとおばちゃんがさぁ……」


「君子さん。それを言っちゃあ、お終いよ。この時間旅行は君子さんの思いを果たすだけなんです」


「だってぇ……」


「あ。ズルいですよ、十四歳のフリしてもダメな物はダメです。帰りますっ!」


 めぐみが自転車に跨り、君子も諦めて渋々後ろに乗ったその時――


「おぁっ!?」


「どうしたんだい? 綺麗サッパリ諦めたんだ、サッサとやっておくれ」


「バッテリーが、切れているんです……」


「えぇ? それじゃぁ、どうなっちまうんだい?」


「参ったなぁ。コレじゃぁ、帰れませんよ。何とかしなくては……」


 めぐみは、懐からケータイを取り出すと天の国に連絡した――



 ‶ ピ・ポ・パ・ポ・ピッ! ″



「うわっ、ヤバっ! ケータイのバッテリーも切れそうだよ……」


「はぁ―――い。巫女twin’zでぇ――――すっ!」


「早っ!」


「省略してみましたぁ。へけっ!」


「ケータイのバッテリー残量が少ないから有難いよ。でね、用件は自転車のバッテリーが上がっていて、帰れないの。どうしたら良いの? 帰る方法は?」


「はぁ――――い。通常でしたらぁ、カスタマー・センターに繋ぐのですがぁ、緊急ですのでぇ、お答えしますねっ!」


「うん」


「バッテリー横の小さなレバーを倒して発電モードに切り替えてぇ、漕ぎながら充電してぇ―――――っ、帰って下さいねっ!」


「あっ、そんな事出来るんだ? そんな機能が有るとは……やるなぁ、賢い」


「但し、ひと漕ぎ一時間ですからぁ、一生懸命―――っ、漕いで下さいねっ!」


「えっ? ひと漕ぎ一時間って? 一日が二十四漕ぎ、一年が八千七百六十漕ぎって事でしょ? ちょっと、勘弁してよっ! そんなんじゃ、帰れないよっ!」 

 


 ‶ プッ。ツ――、ツ――、ツ――、ツ――、ツ――、ツ―― ″



「あぁっ! 切れちゃったよ……」


「めぐみさん、大丈夫かい? 帰れないって!? 本当かい?」


「すみません、植え込みに自転車を隠している時に電源を入れっ放しだったみたいで、バッテリーが上がっちゃって……君子さんだって、こんな時代に長居は御免ですよね? ご迷惑をお掛けして、申し訳有りません」


「じゃあ、帰らなくて良いんだね? 此処に居て良いんだね? やった、バンザ―――――イっ! バンザ―――――イっ! 天皇陛下バンザ―――――――イっ!」


「君子さんってばぁ!」


 めぐみは、こんな時代に残りたいと願う君子の気持ちが分からなかった。そして、必死で漕いで帰る事になった――


「ひぃ、ひぃ、ふぅ……はぁ、はぁ。発電モードはペダルが重いよ……」


「めぐみさん、ちょいと止めておくれ」


「えぇ?」


「良いから、直ぐに済むからさぁ」


 めぐみが魚屋の前で自転車を停めると、君子が嬉しそうに走って行った――


「おじちゃんっ! こんちはっ!」


「おうっ! 君ちゃん、お手伝いか、偉いねぇ。今日は何にする?」


「ううん。買物じゃないの」


「するってぇと?」


「おじちゃん、何時もおまけしてくれてありがとう」


「何だい、藪から棒に」


「優しくしてくれて、ありがとう」


「よせやいっ! 照れるじゃないかよ」


「それが言いたかっただけなの。さようなら」


「おうっ! またなっ!」


 君子は、お世話になった人へ感謝と別れの挨拶をした。めぐみは、ほんの少しだけ君子の気持ちが分かり始めていた――






お読み頂き有難う御座います。


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