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迷い道で寄り道。

 めぐみは、幼い君子の小さな肩を抱いて、優しく声を掛けた――


「さぁ、お家に帰りましょう」


「ねぇ、めぐみさん。ちょっと行き過ぎてはいないかい?」


「え?」


「火事で焼けちまったお店も、みんなと遊んだ空き地もそのまま残っているんだ」


 めぐみは自転車の設定日時を見て驚いた――


「おぁっ?! 本当だ、行き過ぎてましたよっ! 何で通り過ぎちゃったんだろう……?」


「勢い良く漕ぎ過ぎたんだよ」


「あぁ、そっか。あまりの惨状につい力が入り過ぎちゃったみたいですね。戻らなくちゃ……」


 めぐみが自転車に跨り戻ろうとすると、君子が両手を広げて通せん坊をした――


「待って」


「え?」


「ちょっと、覗いてみたいんだよ。寄り道して行こうよ」


「君子さん、まるで子供に戻ったみたいですね? 分かりました。うふふふ」



 めぐみは君子の指示で十四歳の春に向かった――



「到着しました」


「ありがとう。自転車は、そこの植え込みの所に隠しておくれ。さぁ、こっちだよ」


「はい。君子さん、何処へ」


「馬鹿だねぇ。決まっているじゃないか、裏口に回るんだよ。雁首揃えて正面から入れ無いだろ?」


「裏口って……」


 君子はめぐみの手を引いて、大通りに面した店の脇の小径を進んで行き、勝手口をやり過ごして裏路地に抜けると、周囲を見回した――


「誰も居ないね。こっちだよっ!」


「何か、泥棒みたいですよ」


「見られちゃまずいだろ? ちょっと待っていておくれ」


 君子はそう言うと、防火用水に足を掛けてサッと塀を乗り越えた――


「君子さん、お転婆ねぇ……」


 まるで軽業師の様な身のこなしに感心していると、木戸が開き、屋敷の中から君子が顔を出した――


「感心している場合じゃないよ。さぁ、こっちだよ、早くお入り」


 屋敷の中に入ると、大きな母屋と離れが有り、綺麗に手入れの行き届いた庭の池には鯉が泳ぎ、その先には茶室が有った――


「うわぁ、オシャレですねぇ……」


「先祖が残してくれた家からねぇ……古くてあちこち痛んでいるけど、この家が懐かしいよ」


 君子は着物をおはしょりして着直すと、そっと外の様子を窺った――


「よし……めぐみさん、ちょっとの間、此処に隠れていておくれ」


「えぇっ! 君子さんは?」


「ちょっと覗いて来るって言ったじゃないか」


「ひとりじゃダメですよっ!」


「何でさ?」


「見つかったら、どーするんですか?」


「何を言っているんだい。自分の家なんだから、見つかったって平気だよ」


「違いますよっ! 君子さんが君子ちゃんと鉢合わせでもしたら大変ですよ、私も行きますっ!」


「えぇっ? そうなのかい? でも、ふたりじゃ目立つじゃないか……」


「大丈夫、私はドロンして透明になりますから、えいっ!」



‶ ドロン、ぽわわわぁ―――――――――んっ! ″



「あら、消えたっ!」


「さぁ、君子さん、早く行きましょうよ」


「見えないけれど居るんだね。仕方が無いねぇ……」


 君子は腰を屈めて庭を横切り、勝手口から中へ入ると奥座敷に向かった――


「君子さん、ちょっと待って、そんなに急がなくても……」


「早くしないと私が帰って来てしまうんだよ」


「そりゃあ、不味いですね」


「あぁ。帰ってきたら親子喧嘩になるから、それじゃ不味いんだ」


 君子は前の間、中の間、奥の間の廊下を音も立てずに歩いて行くと、奥座敷の開け放たれた障子の前で三つ指をついた――


「お父さん、お母さん。只今、帰りました」


「おかえりなさい」


「おぉ、君子、お帰り。早かったな」


「あなた、今日は土曜日ですから」


「分かっている。だが、何時もは寄り道をして来るじゃないか。何時もより早いと言ったんだ」


 君子の両親は良くおしゃべりをする仲の良い夫婦だった――


「お父さん、御用が有ると聞いております」


「君子。実はなぁ……」


「ねぇ君子、心静かに穏やかに。冷静に聞いておくれ」


「おい、そんな風に云うと、かえって緊張するじゃないか」


「まぁ、緊張しているのは、あなたじゃありませんか?」


「あっはっは。まぁ、目出度い話だ」


「あの、お父さん、目出度い話とは?」


「この家の跡取りの事なのだが、お前の婿養子に正次郎をと思ってなぁ」


「正ちゃんと? でも……お兄さんが居るじゃありませんか?」


「三人揃ってダメなんだよ」


「ダメだなんて、酷過ぎます。あんなに一生懸命、働いているのに……」


「君子。お父さんだって我が子が一番可愛い。親としては当然だ。だが、職人としてダメな物はダメなのだ。もう決めたんだ」


「そんなの横暴ですっ!」


「お前、正次郎では不服か?」


「あら、あなた。違いますよ、三人揃ってダメだなんて言い方をするから、君子は誤解をしているんですよ。あの子達は職人は立派に勤まりますよ」


「うむ。君子、誤解しないでくれ、このご時世だ。中国との戦が長引いてどうなるか分からない……分かるな? もう、三人の同意は得ているのだ。後は、お前の返事だけだ」


「はい。分かりました」


「そうか、よしっ! これで決まりだな。おい、お前、後で、正次郎を呼んでくれ」


「はい。あなた、良かったですねぇ」


「あぁ、荷が降りた。君子、疲れただろう。もう下がって良いぞ」


「はい」


 君子は軽い足取りで廊下を抜けて仏間へ入ると、神妙な面持ちから一辺、にこにこ笑い始めた――



「君子さん、何が可笑しいんですか?」


「おっと、めぐさんが居たんだっけねぇ。さぁ、此処からドロンするよ」


「えっ!」


「さぁ、早くしないと鉢合わせしちまうよ」


 めぐみは君子に尻を叩かれて屋敷を出ると、裏路地から元来た店の脇の小径を進んで行き、勝手口をやり過ごして表通り抜けようとしたその時、君子が学校から帰って来た――


「おっと、ヤバいっ! 君子さん、隠れて」


「ふぅ。間一髪、助かったねぇ」



 めぐみと君子は当時の君子が歩く姿がスローモーションの様に見えた――



「お兄ちゃん、ただいま」


「おい君子、お客さんじゃないんだ、店の入り口から入るなって、何度言えば分かるんだ。お父さんに見つかったらゲンコツだぞ」


「大丈夫よ。分かりゃしないわ」


 そう言うと、暖簾をくぐって作業場へ入って行った――


「正ちゃん、ただいま」


「あっ、君ちゃん。お帰りなさい」


「正ちゃん、後で、ちょっと話が有るんだけど……」


「うん。さっき、女将さんから聞いたよ」


「え? さっきって……??」


「ごめんね、君ちゃん。今、仕込みが忙しいんだ。また後で」



 何も知らない当時の君子は、笹岡の言葉が理解出来なかった――








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