亭主、元気で留守なのよ。
めぐみは、腕を組んで膨れっ面の木花咲耶姫に幾つか名前を提案したが却下された――
「あのぉ、もう、いい加減にして貰えませんか? 名前なんて何だって良いでしょう? 地上で人間活動する訳でもあるまいし」
「良く無いのっ! コレもあなたに対する意地悪の一環なので。早くしなさいっ!」
「腹立つ! アンドレ・おんどれとか、オスカル・けつかるとかぁ……」
「そんなお笑いコンビみたいな名前はダメっ! 美しく華麗な名前にしなさいっ!」
めぐみは自分の発想力の無さにもげんなりだった――
「めぐみ姐さん、ふざけている場合じゃないですよ、噴火でもしたら大変ですって」
「ふざけてなんか無いわよ、大体、日本人なら、日本の女神なら桜でしょう? 何が薔薇だよ、気高く咲いて美しく散るだって。笑わせんじゃないよっ!」
「あ。聞こえちゃったぁ……じゃぁ、噴火しちゃおっかなぁ」
「えぇ、えぇ。どーぞ、御勝手に―――ぃ」
「まぁっ! 何ですって。言っとくけど、私が噴火したら吉田うどんも富士宮焼きそばも二度と金輪際、食べられませんからねっ!」
「えぇっ! あのコシが強いのを通り越して、堅い堅い歯応えの吉田うどんがぁ……ソースの香りと青海苔の香りを魚粉の香りが二字曲線的に立ち上げ、ソースの染みた肉かすが、麺とキャベツとジャム・セッションをする、あの富士宮焼きそばがぁ……そんなぁっ! それだけは止めて下さい……」
「だったら、早く名前を考えなさいっ!」
「めぐみ姐さん『早くぅ、可愛い名前を考えてぇ』と申しております」
「だからさぁ、やっぱ、桜でしょう? 佐久弥薫子とか、浅間桜子とか?」
「堅いわねぇ。もっと可愛いらしくって、柔らかいのが良い」
「めぐみ姐さん『もっとぉ、アイドルみたいなぁ、可愛い、ふわっとした名前じゃなきゃ、やぁ――だ』と申しております」
「通訳要らないから。じゃあ、木の葉のの子とか、さくらももえ……とか?」
「うむ。それ頂きっ! 私の地上名は佐倉萌絵にするわ。これから萌絵ちゃんって呼びなさいっ!」
‶ キラキラキラッ、シャラララ―――――ン、シャララン、キラキラキラ――――――ンッ! ″
「また回っている。さくらももえって、平仮名で言ったのになぁ……結局、自分の好きな名前にするんじゃないの。面倒くさっ!」
「何ですって?」
「何でも有りません」
「よろしい。私のお陰で初午祭は大成功したの。感謝しなさい。また意地悪をしに来るからっ。ヨロシクっ!」
木花咲耶姫はめぐみとピースケを睨みながらも、嬉しさを隠しきれず口角が上がっていた――
「風の様に去って行っちゃったよ……ったく、何なのよ。アレ」
「めぐみ姐さん、良く辛抱しましたよ。僕は、てっきりお姉さんの岩長姫を呼ぶのかと思っていましたからね」
「あぁ、美世さんは良い人だからなぁ……つまらない事で迷惑を掛けたくないのよねぇ」
「まぁ結局、萌絵ちゃんは自己評価と他者評価のギャップに苦しんでいるのでしょうね」
「まぁっ! シレっと萌絵ちゃんか――いっ! 自己評価も他者評価も関係無いの。他人の手柄に嫉妬しているだけよ、器が小さいっての? ケツの穴が小さいんだよっ! あそこは……」
「お――っと、木花咲耶姫、の悪口はそこまでだっ!」
「えっ!?」
振り返ると、そこには仕事を終えた珠美が立っていた――
「珠美かぁ。お疲れ」
「めぐみ、ピースケ。お前ら、何にも分かってねぇな……」
「はぁ? 木花咲耶姫の事なんて、分かりたくも無いよ。大体さぁ、好きじゃないんだよね―ぇ、自分を『ちゃん付け』する奴って。地上名『萌絵ちゃん』だって、主婦の癖に、ブリっ子も大概にしろっつ――の!」
「いや、だから、主婦故に彼女は家庭内に問題を抱えているんだよ。だから、許してやってくれ。この通りだ」
珠美はめぐみに正対すると、頭を下げた――
「あら? 柄にも無く殊勝じゃないの……」
「実はさぁ……夫婦関係が上手く行ってないんだよ……」
「はぁ? そんなの私には関係ないし」
「めぐみ姐さん、これは今後に関わる事ですから、聞いておいた方が良いですよ」
「あら? ピースケちゃん、人の家庭の事に首を突っ込んだって、ロクな事は無いのよ。スルーが正解だから」
「まぁ、聞けっ! 瓊瓊杵尊の噂は知っているか?」
「知りません。あのね、私は噂話と陰口が大嫌いなの。時間の無駄、人生の無駄遣い」
「いやぁ……めぐみ、お前の言う通りだ」
「何よ?」
「この話は、その噂話が発端なんだよ。瓊瓊杵尊が不倫しているという噂が広まって……」
「はぁ? 不倫くらい神様だったら、やり放題なんだから、どーって事無いでしょう?」
「いやっ、それが、そうは行かないんだよぉ……父上の大山津見神のご利益は家庭平安だろ? んで、夫婦和合からのぉ安産だからさぁ、整合性が取れないって……天国主大神に密告った神様がいてさぁ……」
「で?」
「瓊瓊杵尊の潔白を証明しようと木花咲耶姫が……女の私からは……言い辛いなぁ」
「ハッキリしなさい」
珠美はピースケをチラ見しながら、恥ずかしそうにめぐみに耳打ちした――
「ヒソヒソ、コソコソ、カクカク、シカジカ」
「えっ? あんだって? 木花咲耶姫が、ベッドインして、瓊瓊杵尊の、チンコをニギニギしても、硬くならない? 中折れグニャチンだと、瓊瓊杵尊がインポだと、カミングアウトして潔白を証明した……要するに『主人はインポだから不倫なんかしませんよ』と大々的に発表したって訳?」
「うん。すると、世間は一気に木花咲耶姫同情論に傾斜したんだよ。『インポでも愛して止まない彼女が素敵』とか『彼女は裏切られたとしても、きっと彼を愛し続けるだろう』とか、悲劇のヒロインになって気分を良くしていたの」
「良かったじゃないの」
「ところがさぁ、瓊瓊杵尊が……ガチで不倫している事が発覚したんだよ……」
「嫌な展開だなぁ……で?」
「不倫相手がガキ連れて押しかけて来ちゃったんだよ……」
‶ どえぇ―――――っ! 隠し子まで。おったんかぁ―――――――いっ! ″
「めぐみ姐さん、コンプライアンスの厳しい、今の時代。気不味いどころじゃありませんよ……」
「修羅場・ラ・バンバだなぁ……」
めぐみは木花咲耶姫の立場に同情しつつも、心の奥に刺さった薔薇の棘を抜くのは容易では無いと思った――
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