憧れが憎しみに変わる時。
―― 二月六日 赤口 庚寅
めぐみは朝早く仕事に向かう七海を送り出すと、のんびりとお茶を飲んでいた――
「遅番だっちゅーのに、結局、早起きしちゃったよ……ふぅ」
〝 ドン、ドン、ドンッ! お早う御座いまぁ―――すっ! ″
「おや? こんな朝早くに怪しい訪問者っ!」
めぐみはそっと覗き窓窓から訪問者を確認すると、そこには、きちんとスーツを着て派手なネクタイを締め、ポケットチーフで飾った気障な男が立っていた――
‶ ガチャッ! ″
「あの、何方様ですか?」
「はいっ! TVCMで話題沸騰中、貴金属買取の大丸屋で、御座いまっす!」
男は名刺を差し出した――
「あ。間に合ってます」
「ちょっと、お嬢様。私は、そん所そこらの買い取り屋では御座いませんよっ!」
「はぁ?」
「天の国から来たんですっ!」
「えっ! 天の国から?」
名刺を確認すると――
出張買取専門店・大丸屋
源 元気
住所 天の国中央区大社東入ル並木通り上る三丁目三番
「あぁ、天の国の使者なんだぁ」
「分かって頂けましたね。そうなんですよ、お嬢様っ! 出張買取ですよっ!」
「押し売りならぬ、押し買いだな……あの、買い取って欲しい物も無いし、買い取って頂ける物なんて、何もありませんから」
「フッ、お嬢様。例のクロノ・ウォッチが有るじゃありませんかっ!」
「えっ? あれは気に入っているので、結構です」
「もう、分かってないなぁ……」
「はぁ?」
「形式的な事だけなんですって」
「形式的?」
源は周囲を確認して声を潜めた――
「大きな声では言えませんけど、八百万の神達の眼を欺くためにやっている、寸劇です。この手続きはお芝居ですよ」
「なるほど。カムフラージュしているって事ね」
「そうです。クロノ・ウォッチを引き取って、バージョンアップしたニューモデルと交換するんですよっ!」
「わあ――っ、嬉しい。今、持って来るからね」
めぐみのクロノ・ウォッチを買い取ると、伝票を書いて差し出し、サインを貰うとバージョン・アップしたニュー・モデルを手渡した――
「おぉっ! 少し薄型になって軽くなったのね」
「これまで以上に機能も充実していますよっ!」
「有難う御座いましたっ!」
「おっと、あのぉ、もうひとつ買取の商品が有るんですけど?」
「え?」
「それはですね。電動アシスト自転車のバッテリーなんです」
「はぁ? バッテリーなんか交換しても仕方が無いでしょう?」
「おっと。言葉に気を付けて頂かないと困りますねぇ。交換では無く『買取と販売』です。八百万が僻むんでね、手続きが大切なんです。ちなみに、今日お持ちした最新のバッテリーには……フッフッフ」
「最新のバッテリーには?」
「此処だけの話ですけど、なんと『ワープ機能』が付いているんですっ!」
「えっ! ワープ? 凄くないですか?」
「はい、凄いんですよぉ。お渡しする前に、この伝票にサインを頂けますか?」
「あっ、はい」
めぐみが買取の契約書にサインをすると、源は商品の説明をした――
「まず、ハンドルの左グリップのコントロール・ユニットをコレと交換して下さい。
次に此方のバッテリーを搭載すると、この液晶に現在時刻と使用者の名前の部分が点滅しますので、このキーを押して登録して頂いて、登録完了のサインが出て液晶の色がグリーンになったら使用出来ます。それで、こちらの上下キーを押して時間設定をすれば行きたい所へ行けますので」
「凄――ぃ、良く出来ていますねぇ。あの、ひとつ質問なんですけど。そもそもワープ機能って『何処でもドア』みたいな奴でしょ? 何で電アシなの?」
「何でって、お嬢様。過去も未来も、この電動アシスト自転車を漕げば行ける様になるんですよ」
「えっ! 自転車漕ぐの? 私が?」
「はぁ? 当り前じゃないですか、他に誰か漕いでくれる人が居るんですか?『何処でもドア』だなんて……夢でも見ているんですか? まだ寝ぼけてます?」
「いやぁ……自転車漕いで行くって、カッコ悪ぅ」
「お嬢様っ! 言って良い事と悪い事が有りますよ。地上の神は皆、自腹ですよ? こんな特別扱いはお嬢様だけなんです。こんな小芝居して、手続きして、天国主大神の配慮をなんだと思っているんですかっ! 罰が当たりますよ」
「はい、さーせん」
「後、クロノ・ウォッチとブルートゥースで接続出来ますからね、此方の取説を良く読んで下さいね」
「はい」
「では、失礼します」
めぐみは言われた通りに接続をして、初期設定を完了した――
「うーん、コレって便利な様だけど、結局『過去と未来に行けって指令』なのよねぇ……当別扱いは特別優遇されている訳じゃないのに。はぁ、嫌な予感しかしないよ」
めぐみが飲みかけのお茶を飲み干すと、神官から電話が掛かって来た――
「あ、もしもし、めぐみのケータイです」
「めぐみ様、お久し振りで御座います」
「あっ! もう、連絡待っていたんですよ」
「申し訳ございません。なにせ、八百万の神々がめぐみ様の活躍に嫉妬しまして、クレームと問い合わせが殺到して回線がパンクしまして……復旧したのが、つい先程で御座います」
「あら? 嫉妬される程の活躍ってありましたっけ?」
「それなのですが『地上の人間を始末したり、蘇らせたり、やりたい放題じゃないかっ!』と、それはもう、強い口調で怒りを訴えましてね」
「だって、日本神話を考えれば分かるでしょうよ。どいつもこいつもやりたい放題でしょうにっ!」
「めぐみ様。まぁ、表面的、建前的には尤もらしい事を申しておりますが、実際の所『冥府のプリンスと契りを結んだ事』に対する嫉妬なので御座います」
「妬み嫉みも大概にして欲しいわね」
「まぁ、それだけなら良いのですが……」
「はぁ? まだ何か?」
「これ幸いに『鯉乃めぐみに続け』と張り切って無茶をする者が続出しまして……何より、その、誠に申上げ辛いのですが『打倒、鯉乃めぐみ』と名乗りをあげる者もおりまして……」
「人を出しに使うフォロワーにもウンザリだけど、打倒って何よ? 打倒は無いわぁ。私が悪い事でもしているみたいじゃないのっ!」
「めぐみ様は何も悪くないのです。故に嫉妬と云うのは大変、恐ろしい物で御座います……身辺には、くれぐれもご用心を。では」
‶ プッ、ツゥ――ツゥ――ツゥ――ツゥ―― ″
「あっ、切れちゃった」
めぐみは地上で人間と生活を共にしていると、次から次へと問題が発生し、その震源が自らの『縁結びの力』だと思うと、暗澹たる気持ちになった。そして、巻き起こる嵐の予感に身震いをした――
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