長生きは異世界転生?
駐車場には、たったひとりだけ仲間外れになり疎外感を感じている者が居た――
「うっがぁ――――――っ! どうして、どうしてなのよっ!」
いたたまれずに、走り出した珠美を抱き止めたのは、めぐみだった――
「珠美っ! 分かるよ。主役のはずの自分が、実はモブだったと気が付いた時の苦しさは……味わった者にしか分からないよっ!」
「えっ? めぐみっ! お前、もしかして……」
「節分祭で巫女twin’zに全部持っていかれた。手柄を全て掻っ攫って行かれたんだぁ……ぐっすん」
「マジかぁ……めぐみ、お前も苦労しているんだな」
「でも、その時。気付いたの」
「えっ? 気付いたって……何を?」
「珠美。あんたも私も、武道の鍛錬を怠らず様々な技を体得して来たけど……防御不能っ! 打ちのめされたのよ」
「そんな凄い技が有るの?」
「それは、手の平返しよっ!」
「…………」
「ティーネイジャーとハタチでは扱いが、全く違うのよっ!」
「えぇっ!」
「ティーネイジャーには皆、目がハート・マークで擦り寄って来るのに、ハタチは白い目で見られて、引くのよっ!」
「一個しか変わらないのに、酷いっ!」
「そーよっ! ヲタ共が『論外、ババア』ゆーて、撤収よ? 巫女twin’zのバック・ダンサーに降格よ? センターで華麗に踊って『千年さんを超える、万年さん』になるはずだったのに、ぐっすん。ハタチなんて、大っ嫌いっ!」
「うぐっ…………うっ。うぅ」
「珠美。泣いてい居るんだね。泣きたいだけ、この私の胸で泣きな」
珠美は肩を震わせて泣いてる様に見えたが、実は笑いを堪えるのに必死だった――
「クックック、ちょっ、おま、万年さんは無いだろう? まぁ、お前もそこそこの美人なのは認めてやるが、ハシカン越えなど烏滸がましいっ! 第一、万年さんは格好悪ぃ――し、糞ダセぇだろ? かっかっか、腹痛ぇ――っ!」
「何がよ? 千年さんを超える、万年さんの何が可笑しいのよ?」
「あのな。鶴は千年、亀は万年。鶴はその姿が美しいだろ? 超えたいからって、お前っ、勢い『亀』になるんだぞ? その上『万年さんですか?』『そうです。私が万年でまんねん』みたいな。ワロける――ぅ、あははははは、はははははははっ」
「くそっ、怒るべきタイミングを君子さんに奪われて、出そうなくしゃみを止められて、我慢をしたらしゃっくりが出そうになって、それを堪えた勢いで、おならが『ぷぅ』って出たあんたを、優しく抱き留めてあげたのにっ! 何よっ! 知らないっ!」
めぐみと珠美の喧嘩を止めたのも麗華だった――
「めぐみさん、こんにちは」
「あっ、麗華さん、こんにちは」
「おふたりとも仲が良いのね?」
「いやぁ、仲が良いだなんて……」
「主人から言伝なのですが『土地はお決まりになりましたか?』と」
「康平さんから? あぁっ! すっかり忘れていました……」
「主人は重要文化財の仕事もしていますので、予定を聞かせて欲しいと申しておりました」
「分かりました。直ぐに確認して連絡します」
「やぁ――い、万年でまんねん。ハシカン越えなど、有り得ませんねんっ!」
「くそっ、お多福のクセに生意気な……」
「あ。めぐみ、最後に言っとくけど。お多福顔は世が世なら最高の美人だから。私、自信有るんで。ばっは、はぁ―――いっ!」
珠美が駐車場を後にすると、まるで火が消えたように周囲は静まり返った。そして、めぐみ達は社務所で休憩をしていた――
「しかし、めぐみ姐さん。あのお婆ちゃん、凄かったですね」
「うん。突き抜けている」
「昔の人はぁ、自分の筋を通すんですよぉ、空気なんか読まないんですよぉ」
「そうね。紗耶香さんの言う通り。でも、押し通すのも考え物よ。私も歳を取ったらあんな風になるのかしら……」
「どうしたんですか? 何時に無く弱気ですね。典子さんは大丈夫ですよっ!」
「ありがとう、めぐみさん。でもね、昨日ゴミ拾いと近所の人に謝罪をして回ったでしょう? 聞いちゃったのよね……」
「えっ、何をですか?」
「あのね、秋元君子さんって、旦那さんが亡くなってからこっち、仏壇で手を合わせては『早く迎えに来て下さい』って、毎日、手を合わせているんだって」
「うーん、九十六歳だし、寂しさから弱音を吐く事くらいは……」
「めぐみさんはぁ、何も分かってないんですよぉ、戦前生まれにしてみればぁ、令和の今はぁ、居世界に転生した位にぃ、変わって、しまって、いるんですよぉ」
「早く死にたい、こんな世の中から立ち去りたい、消えて無くなりたいって」
「それはちょっと、尋常では無いですね……」
「昔はとっても良い人だったのにって。ある日、突然、首でも吊っていたらと、近所の人達も心配していたわ」
めぐみは紗耶香の言う「異世界転生」に時代の移り変わりと時の流れの残酷さに思いを馳せた――
「ただいま」
「お帰り、めぐみお姉ちゃん。夕飯出来てるお」
「有難いねぇ、今日の夕飯は……何じゃ、こりゃぁっ!」
「とんかつだお。低温調理だからパン粉が白いんよ、ちゃんと中まで火が通っているんだお」
「これは、どこぞのシャ豚ブリアンのパクリだな。しかし、良く出来ているなぁ……おや? 見慣れぬ鍋があるけど」
「その銅の打ち出しの鍋だけで、何十万もするんだぜ」
「贅沢だなぁ、おいっ!」
「父ちゃんがハブってからさぁ。何事も金掛けるっつーか、妥協しないんよね『俺だったら、もっと凄いの作ってやる』って。特注で極厚の銅の打ち出し鍋作って一回使ったら放置。あっ、パン粉はあっシがそのために焼いたパンを砕いた奴で、豚は父ちゃんの好みで御殿場の金華豚だお。脂が旨くて死ぬお」
「うぐっ、低温調理で水分の抜けたカリカリのパン粉に溢れ出す肉汁がソースと混然一体となって襲い掛かって来る、そしてこの金華豚の食感っ! 旨ぁ――――すっ! 死んだ」
「めぐみお姉ちゃん、豚の脂はブタになるぜ。ご飯も食い過ぎ注意だお」
「止まんねぇ―――よっ! あっ? そうだ、その父ちゃんの事なんだけど、土地は決まった?」
「それな。父ちゃんが、ボヤくのよぉ……『東京の土地は皆、四十坪前後だ』って。『三千坪と言わず、せめて三百坪くらい無いと話になんねえ』ってさぁ」
「それで?」
「不動産屋のオッサンが怒っちゃってさぁ『坪単価をお考え下さい、そんなのは住宅用じゃなくて事業用ですっ! 大体、キッチキッチの東京で広大な土地を所有しているのは戦前からの土地持ちだけですよ』って」
「あぁ、で?」
「ツマンネって、ケツまくって」
「あちゃぁ……」
「その一言で不動産屋のオッサン、ブチ切れて出ってちゃったんよねぇ」
めぐみは、七海のために家を建てる筈が良仁のエゴ満載の高級注文住宅になる事を想像した。だが『戦前』という言葉だけが強く心に響いている事を不思議に感じていた――
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