和を以て尊しと成す。
君子の顔に深く刻まれた皴の数は、人生の苦難と悲しみを現しているかの様だった。小さな背中の老婆の怒りは、大和魂の悲鳴だった――
「お婆ちゃん、一本っ!」
「典子さんにぃ、同意っ! 一本ですよぉ」
「うーむ、筋が通っているだけに反論が出来なくなって、泣いてしまったかぁ」
「効いてる効いてるっ、めぐみ姐さん、コレ効いてますよ」
泣き過ぎて放心状態の萌奈美と言葉に詰まるヒロシ。だが、君子の怒りは収まらなかった――
「泣くなっ! みっともないっ! それでも男かっ! 日本男児は泣を見せないんだっ!」
鳥居の陰から見守っていた全員が固唾を飲んだ――
「お――っと、『それでも日本人かっ!』と心を折ったその直後に、まさかまさかのアックスボンバーっ! 電光石火の首折り炸裂ですね、ピースケちゃん」
「めぐみ姐さん『それでも男か』からの『日本男児は泣を見せない』のダブル攻撃はツームストン・パイル・ドライバー並ですよ。これは効いてます。過呼吸になってますよ」
泣き続けるヒロシの姿に、君子の怒りは収まるどころか加速した――
「男の癖に何時までもメソメソするんじゃないよっ! おい、お前さんっ!『時代の空気を読めないって最悪だよ』って言ったね? 目上の者に空気を読めと指図するとは、どう云う了見なんだい。えぇ? ふんっ、生憎こっちは歳で目が悪いんだ。そんなに賢いなら、無色透明のこの空気に、何が、何と、書いてあるのかっ、読んで聞かせて貰おうじゃないかっ!」
鳥居の陰から見守っていた全員が言葉を失った――
「大見得を切る辺りが只物じゃない……決まったわっ!」
「ノー・マネーでぇ、フィニッシュなんですよぉ」
「めぐみ姐さん、完膚無きまでに……」
「叩きのめしちゃったよ……」
めぐみとピースケが顔を見合わせていると、修羅場と化した駐車場に拍手が鳴り響いた――
‶ パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチ ″
「お見事です。お名前は存じませんが、胸のすく様な御意見、立派で御座います」
「そうかい?」
「はい。私は丸山麗華と申します。御意見を拝聴し、身が引き締まる思いで一杯で御座います」
「あんたも珠美ちゃんのお客だろ? 話が分かるねぇ。あたしゃ、秋元君子って言うんだよ。よろしくね」
「こちらこそ宜しくお願い致します」
礼を重んじる小原家で育った麗華が深々と頭を下げると、君子の怒りは収まって行った――
「早速ですが、君子さん。どうか、この若者の非礼を許してあげて下さい」
「おや? あんた。どうして、この若者を庇うんだい?」
「この若者達は何も教育されていないのです。それは親の責任とも言えます。『和を持って尊しと成す』そういうでは有りませんか。しこりを残していけません。どうか、この私に免じて許してあげて下さい」
「そうかい。あんた、大和心が分かるお人だねぇ……その言葉が聞けて、あたしゃ嬉しいよ」
駐車場に笑顔の花が咲き、君子は泣き過ぎて脱水症状の萌奈美とヒロシに、珠美の販売するお茶を買って差し出した――
「ほら。飲みな」
泣き疲れたふたりはゴクゴクとお茶を飲んだ――
「うっわぁあ――――――っ、美味しいっ! ヒロシっ! 緑茶ってこんなに美味しいんだぁ」
「本当だ、乾いた喉が一瞬で潤ったよ。口の中もネバネバしないね。萌奈美」
「あはは。泣いた鴉がもう笑った。昔っから日本人はお茶と決まっているんだ。そんな事も知らないなんて、お前さん達ぁ本当に可愛そうな子だねぇ」
「だって……」
「お婆ちゃん。僕達が行くカフェには、緑茶なんて置いて無いし……こんなに美味しいお緑茶を飲んだの、初めてなんだぁ」
「呆れたねぇ。お前さん達ぁ、カフェなんてぇ所の何が良いんだい?」
「あのね、お婆ちゃん。優しい店員さんが『コーヒーにしますか? 紅茶にしますか?』って聞いてくれるから、とっても気分が良いの」
「うん。メニューの種類も多くて、飽きないんだ……」
「嫌だ嫌だ。あたしゃぁ嫌いだねぇ。お前さん達ぁ、親切でサービスが行き届いているとでも思っているのかい?」
「そうだけど……お婆ちゃん、違うの?」
「あぁ、違うねぇ。一見、親切でサービスが良い様に見せているがねぇ、客に向かって『コーヒーか紅茶か答えろ』ってぇ態度が見え見えだ。メニューの品数が多いのは、食い付きの良い、子供騙しの商品を売り付けているかだよ。それを『常にお客様を飽きさせない様にメニューを多数、御用意しております』などと嘘八百も白々しいてんだ」
「子供騙しじゃないと思うけど……」
「お婆ちゃん。お客様の立ち場になって企業努力をして、飽きない様に色々なメニューを開発しているんじゃないの?」
「だったら、飽きない商品で商いをすれば良いじゃないか。子供騙しな物ばかり作るから直ぐに飽きられるんだよ。お客が来なくなると困るから品数を増やして誤魔化そうたって、こっちはお見通しだよ。嘘だと思うなら、その手に持っているお茶をもう一口飲んでごらん」
‶ ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴックンッ ″
「うわぁ――――っ、本当だぁ!」
「この緑茶、全然、飽きないよ。それどころか、どんどん甘みが感じられて美味しくなったぁっ!」
「そうだろ? だから日本人はお茶なんだ。黙って、お茶を出せと言うんだ。それで、ちゃんと真心は通じるんだ。分かったかい?」
「うん。美容にも健康にも良いし、萌奈美、これからは緑茶にするっ!」
「うん。僕もそうする」
「分かりゃあ、良いんだよ」
「お婆ちゃん、有難う」
「ねぇ、お婆ちゃん。もっと、おせーてっ!」
「そうかい。大体、あたしゃぁ日本人の食べ物に『和風』ってつけるのも気に入らないんだ。日本人が食べる物は日本食で良いんだよ」
「そうだね!」
「うん、お婆ちゃんの言う通りだ」
君子の話しを時に興味深く、興奮気味に聞く萌奈美とヒロシ。年寄りが孫と話しでもする様に目を細めている光景を麗華は暖かい目で見守っていた――
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