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ひとりぼっちで、生きてます。

 めぐみと紗耶香は、その老婆の板についた着物の着こなしと、綺麗にお団子に纏めた白い髪に目を奪われた。そして、深く刻まれた皴の奥にギラりと光る瞳に睨まれ硬直した――



「ちょいと、お前さん達。おふざけも大概したらどうだい。えぇ?」


「あ、ちょっと調子に乗り過ぎました……」


「すみませんでしたぁ……」


「近頃の若いモンはやりたい放題でしょうがないねぇ、注意すれば直ぐに謝る癖に、行動は改めやしない。その場凌ぎの口だけだっ!」


「あの、失礼ですけど、ちょっと、ふざけた位で言い過ぎじゃありませんか?」 


「謝る位なら最初から気を付けろって言ってるんだよ。分かったなら、屁理屈こねていないで、行動で示しな」


「行動と言われましても……?」


「馬鹿だねぇ、あんた達がはしゃいでいる事を咎めているんじゃ無いんだよ。昨日の節分祭で神社周辺はゴミだらけだ。うるさいし、塀は壊れるし、近所迷惑も甚だしいって言っているんだ」


「あっ……それは、気が付きませんでした。申し訳ありません。只、当神社の節分祭は世田谷区の無形民俗文化財に指定された重要な神事で御座いまして、そのぉ……」


「呆れたねぇ。お前さん達ぁ、神事なら何をやっても許されるとでも思っているのかい? それこそ罰当たりじゃないかっ!」


「申し訳御座いません……あのぉ……」


「分かったのならサッサとゴミを片付けな。それから、明日は珠美ちゃんが来るんだっ、駐車場は念入りにするんだよ。良いね」


「はい……」



 老婆は、すたすたと草履の足運びも軽やかに去って行った――



「うえ―――――――ぇんっ! 叱られたぁ――――――っ!」


「紗耶香さん、確りして」


「だってぇ、巫女がぁ、罰当たりって言われたんですよぉ、死んだ方がマシなんですよぉ……うえ―――――――ぇんっ! えんっ、えんっ! うえ―――――――ぇんっ! えんっ、えんっ!」


「紗耶香さん、そんなに泣かないで……」



 紗耶香は思い切り泣いた。その後一転、怒りに打ち震えた――



「どうしてぇ、私とめぐみさんがぁ、叱られなきゃならないんですかぁっ! 全部、典子さんが悪いんですよぉっ!」


 

 紗耶香は、社務所に駆け込むや、ピースケと暢気にお茶を飲んで談笑している典子に怒髪天の猛抗議をした――



「そんなに怒らなくたって良いじゃないのっ! 私だって、神社の事を思って、良かれと思ってやったのよっ! 大成功したんですっ! ちょっと位クレームが有ったからって何よっ!」


「この責任をぉ、取って下さいよぉっ!」


「おやおや、典子さんに天罰が下るはずだったのに、めぐみ姐さんと紗耶香ちゃんに罰が当たるとは……皮肉ですねぇ」


「ピースケさんまでそんな事を云うの? 神社の経済状況を考えたら何かやらなければならないのよっ! 大体、天罰なんて大袈裟よ。死なない限り擦り傷ですよぉ――だっ!」



 典子と紗耶香の口論は社務所の外まで聞こえていた。そして、騒動の一部始終を見ていた老夫婦が心配をして声を掛けた――



「あの、巫女の皆さん。皆さんは悪く無いんだ。全然、悪く無いんだ」


「そうですよ。気に病むことは有りませんよ。どうか仲直りをして下さい」


「あぁっ、お気遣い有難う御座います。典子さんも紗耶香さんも、神前で喧嘩は止めて下さい。笑われますよ」


 

 穏やかな老夫婦の柔和な表情に、典子も紗耶香も冷静さを取り戻し、反省をした――



「本日は参拝に来て頂いたのに、ご迷惑、御心配をお掛けおして申し訳ありませんでした」


「いやいや。言ったじゃないですか? 皆さんは悪く無いんです。皆さんは謝る事など何も無いんだ」


「そうですよ。悪く無いですよ」


「でも……」


「一部始終を見てましたから。あの人はね、本当は良い人なんだ」


「えぇ、そうですよ。誰も悪く無いんですよ」


「あのぉ、あの人って? あの人の事を、御存知なんですか?」


「あぁ、勿論だ」


「知っていますよ」


「良かったら、教えて貰えませんか? 此方に非が有るので反論も出来ませんでしたけど、取りつく島も無くて……」


「うん。あの人は、猪方二丁目の秋元君子さんと云うんだ。酷く叱られていたけど、巫女さんに非なんて有りゃしない。あの人があんな風になったのは……あんな癇癪持ちになっちまったのはねぇ、何年前だったかは失念したが……旦那さんが無くなってからなんだ」


「そうですよ。ひとりになってからですよ」


「とても仲の良い夫婦でね。人も羨む、おしどり夫婦だったんだ」


「そうですよ。だからね、ひとりになって、さぞや寂しかったと思うんですよ」


「うぅっ、またしても未亡人か……」


「いやぁ、未亡人と云ったって、あなた。旦那は九十二歳で逝ったんだ。大往生だよ」


「そうですよ。順番ですよ。最愛の妻と家族に看取られて、これ以上に無い幸せな人生だったと思いますよ」


「九十二歳って……長生きだったんですね?」


「うん。だからさ。あの人も直ぐにそちらに行きますよって。そのつもりでいたんだけどねぇ。それがまだ、生きているんだよ……ひとりぼっちでね」


「えぇ。そうですよ。あの人も、もう……九十六歳ですからねぇ」



 ‶ えぇ―――――っ! 九十六歳っ!? ″



「紗耶香さん、そんな風には見えなかったですよね、てっきり九十五歳位だと思いました。てへっ!」


「めぐみさん。こんな時にぃ、クソつまんない、ギャグを言ってはぁ、ダメなんですよぉ、駄々スベリなんですよぉ」


「うん。そうだ、思い出した。千九百二十六年生まれだ。開戦の時に十五歳だったと……」


「そうですよ。東京大空襲で生き残り、復員兵の旦那さんとは戦後に出会ったと。何時も、そう言ってましたよ」


「はぁ……そうなんですね。死線を超えた者は長生きすると言いますけど、九十六歳であの状態だと百二十歳位まで生きそうですね」


「私たち夫婦はね、亡くなられた旦那さんには随分とお世話になったんだ」


「そうですよ。お世話になりましたよ。良い人でしたよ」


「あの、事情は分かりましたけど、だったら……」


「ダメダメ、ダメなんだ。話をすれば分かって貰えたのが、ある時、酷い暴言を吐いて、近所の人から『何とかしてくれ』と言われましてね。それで注意をしたら、さっきの巫女さんと同じなんだ『態度を改めるのは私じゃ無いっ! 誰に向かって意見しているんだいっ! 子供が生意気な口を聞くなっ!』ってね。あの人にしてみたら老人の私も子供なんだ。寄る年波には勝てないと言うでしょう? もう、聞く耳が無いんだね。可哀そうな人なんですよ。だから許してあげて下さい」


「そうですよ。困った物ですよ。でも許してあげて下さいね。堪忍ね」



 老夫婦は深々と頭を下げると、仲睦まじく手を繋いで参道を去って行った。めぐみは、その後ろ姿に長い人生を共に歩いて来た夫婦の重みを感じた――







お読み頂き有難う御座います。


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