待ちに待った節分祭。
豊田は事務所の窓から夕暮れ時の街を眺めていた。足早に家路を急ぐ者と、これから仕事をする者が交差し街は人で溢れていた――
「何だか懐かしいなぁ……天の国では仕事も無かったし、お腹も空かなかったからなぁ……」
豊田は、地上に来てからお茶を飲んだだけで、何も口にしていなかった――
「そう云えば、全くお腹が空かないなぁ……」
そこに突然、巫女twin’zがやって来た――
‶ ガッチャン、ガッチャン、ジャラジャラーー、ガチャッ、キイ――ィ、バタンッ! ″
「豊田様ぁ。こんばんは――ぁ」
「うわっ! 巫女さん。今晩は……」
「聞こえちゃいましたよっ! 豊田様がぁ、お腹が空かないのは――ぁ」
「未だ天の国に籍が有るからなんですねっ」
「あぁ、そう云う事ですか。もう、空腹さえ忘れてしまっていたので気にもしませんでしたが、何故だろうって……思いましてね」
「豊田様はぁ、地上生活にぃ?」
「以前の暮らしに? 戻りたいですよねっ」
「はい……でも、人に騙され裏切られ、その事に気付きもせず、結果として何もかも失い、その上、最愛の妻さえ守る事が出来ませんでしたので……」
「超最悪ですよねっ。でも、自殺では無く、殺されたと云う事は――――ぁ」
「それだけぇ、人のために頑張っていた――ぁ、証なんですねっ」
「そう言って頂けると有難いのですが……こんな、私が蘇っても良い物なのでしょうか?」
「失った記憶を取り戻してぇ、繋がった記憶を整理して頂いてですねっ」
「今後の人生に、活かす事が――ぁ、約束出来ますかっ!」
「はい、勿論ですっ!」
「有難う御座いまぁ―――すっ!」
巫女twin’zはケータイを取り出すと、神官に報告した――
「もしもし。ご報告致しまぁ――すっ! 豊田様のぉ、地上での社会復帰の――ぉ」
「意思確認が出来ましたので――ぇ、宜しくお願いしますっ! えっ。もしもし、あ、はいはい。あー、はい。はい、畏まりました――――ぁっ!」
巫女twin’zは通話を完了すると、報告書を取り出した――
「豊田様ぁ。二千二十二年、二月二日、二十二時二十二分。命籍が天の国から地上に正式に移動になりまぁ―――――すっ!」
「おめでとう御座いまぁ――すっ!」
「あぁ、有難う御座います」
「ではぁ、報告書の此処にサインを」
「お願いしますねっ」
「はい……」
「有難う御座いまぁ――す」
「で、ですねっ。明日の午前十時にぃ、喜多美神社の節分祭に来て頂きたいんですねっ!」
「節分祭…ですか?」
「そこには――ぁ」
「幸福が待ってますよっ!」
「はい。分かりました」
「ではっ、此れにて失礼っ!」
「さようなら――――――ぁ!!」
‶ ガチャッ、キイ――ィ、バタンッ! ″
豊田は巫女twin’zが出て行った事務所で、ひとり静かに人間に戻る時が来るのを待った。そして、約束の時刻になると、堀内卓也の手紙は消えて無くなった――
―― 二月三日 先負 丁亥
喜多美神社は節分祭の熱気と賑やかな人の声で活気に満ちていた――
「紗耶香さん。いよいよですね」
「めぐみさん、人の数がぁ、ハンパじゃないんですよぉ」
「紗耶香ちゃん、事前に節分祭をSNSでリークしたのは、典子さんの戦略に違い有りません」
「あら? やっと気付いたのね……喜多美神社は、本当の意味で新たな年を迎えるのよっ! フッフッフッフッフ」
節分祭には寄進の多い大森文子と松永ひろ子も招待されていた――
「大森さん、お早う御座います。今日は宜しくお願いします」
「これはこれは、寄進額の一番多い豊田様。此方こそ、宜しくお願い致します」
ひろ子は、何時も当りの強い文子が『豊田様』と丁寧に優しく接した事を不思議に感じたが、旧姓で呼ばないのは彼女特有の皮肉だろうと聞き流した――
「ひろ子さん、お早う御座います。今日は最後まで宜しくお願いしますね」
「めぐみさん、お早う御座います。お招き頂き有難う御座います。宜しくお願い致します」
「お着物が素敵ですねぇ。ピースケちゃん、ひろ子さんを御案内して」
「はい」
ひろ子はピースケに案内され、社務所の控室で豆まきの準備をする事になった――
―― 二月節分 午前十時 斎行
「はぁ―――ぃっ! 皆様ぁ―――っ!」
「こんにちはぁ――――――っ!」
‶ こんにち、はぁ――――――――――――――っ! ″
「本日、節分祭のMCを担当させて頂くのはぁ、皆様から見て向かって左手の私、夕子とぉ」
「向かって右手の――ぉ、弥生でぇ―――――――すっ!」
「ふたり合わせて――――ぇ、夕子と弥生でぇ―――――すっ!」
‶ わぁあ――――――――――ぁっ! パチパチパチパチパチパチパチ ″
「それでは皆様ぁ、節分祭が良く分からない人や――ぁ」
「初めて喜多美神社の節分祭に来た人のためにぃ、御説明さてぇ、頂きまぁ―――すっ!」
‶ うをぉ――――――――――ぉっ! パチパチパチパチパチパチパチ ″
「有難う御座いまぁ――すっ! えっとですねっ、祝詞奏上の後、社殿前で迫儺の豆まきが行われるとぉ」
「赤・青・黒・白の鬼が現れてぇ、社殿に上がろうとするんですねっ」
「それを拒む神官と問答が行われます。この問答をする神楽が『鬼問答』なんですねっ」
「鬼は神主との問答に負けてぇ、桃の弓・葦の矢と、いり豆にて『鬼は外』と、もとの山へと追い返へされまぁ――――すっ!」
‶ うおぉ――――――――――おっ! パチパチパチパチパチパチパチ ″
「鬼が逃げた後でぇ、『福は内』と豆をまきますとぉ、福の神様の行列が社殿へ進んでぇ」
「神前で『恵比寿舞』が舞われぇ、大きな鯛を釣り上げてぇ、にっこり恵比寿顔をつくられ、引き続いてぇ、大国様は祝詞を奏上し、小槌から皆様に宝を授けてぇ、目出度い舞を舞い納めまぁ―――――――すっ!」
‶ わぁあ――――――――――ぁっ! パチパチパチパチパチパチパチ ″
「ピースケちゃん、こっ、これは一体っ! 何だか『夕子と弥生』のライブ・イベントみたいになっているよ」
「めぐみ姐さん、ヲタは基本ロリ。双子の巫女に魅せられ、霊力の高い瞳に見つめられて、すっかり『夕子と弥生』の虜になっています。そして『夕子と弥生』の名前の響きは、通常の喜多美神社の氏子である昭和世代には親しみ易く、孫の晴れ姿でも見ている様な……いや、むしろ孫に肩でも揉んで貰っている様な心持で、目を細めていますよっ!」
「典子さんの戦略はぁ、ちょっと、やり過ぎなんですよぉ」
「ふふふふ。紗耶香さん、この氏子と巫女のコールandレスポンスを見なさいっ! これこそ、私が求めていた神との一体感っなのよっ!」
節分祭に来た氏子達は『夕子と弥生』の操り人形の様になっていた。そして、めぐみも紗耶香もピースケも、情念の炎を燃やす典子に圧倒されていた――
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