総長!速攻!落ちました。
栞の後ろ姿を見送ると、めぐみは心配して優しく聞いた――
「七海ちゃん、昨日の怪我の具合はどう? 少しは良くなった?」
「うん! 大丈夫! 余裕、余裕。あんがと!」
そう言い終えると、めぐみの表情が変わりビビった――
「昨日の話の続きだけど、七海っ! あの不良グループの連中とどう云う関係だ! 生活保護の給付金や給料を奪おうなんて以ての外だっ! 只事ではないぞ!」
蛇に睨まれた蛙の様に七海はおとなしくなり、話し始めた――
「あいつらは……敵対関係の暴走族グループのメンバーなの。あっシの入っていたレディースの総長にボコボコにされた事を未だに恨んでいるの」
「七海ちゃんがレディース? 暴走族? 何故そんな物に?」
「中学を卒業した後、あっシが街でブラブラしてたら総長にスカウトされて仲間に入ったんだけど、あっシは単車を買う金もねーし、母ちゃんがあんなだと分ると『族は時代じゃねぇ! 堅気になれっ』つってパン屋で働けって。そんで、他のメンバーの就職も世話して、解散したの」
「そんな事? もう終わった話でしょ……」
「総長は喧嘩上等! 負け知らずの伝説を作ったリーダーだから―― あいつ等は雑魚グループだったんだけど、半グレと連合になってからやりたい放題、でも、どんなにイキっても必ず『総長にフルボッコにされてトンズラしたチキン野郎』て思われてっから『リターン・マッチでブチのめしてやる!』って息巻いてんの。あっシも特攻服着てニケツしてたから、顔覚えられてっからさぁ……」
めぐみは幾つかの言葉が理解出来なかったが、概略は理解した――
「その伝説の総長とやらが未だに恨まれていて、その仲間の七海ちゃんも狙われているって事か……その総長は今、何処?」
「確か……建設会社で働いてるって言ってた。けど、解散してから一度も会っていないからさぁ……分かんないの。あいつ等にも散々、尋問されたけど知らないもんは知らないからさぁ……」
「どうやら山が動いたぞ! 解決の要は建設会社と見つけたり!」
建設会社は高速道路の工事を専門に行う会社だった――
「おーい新入り! あそこの怖い姉ぇちゃんに聞いて車線規制の準備をしろ。それが出来たら昼飯にすっからよ、良く教わってな、サッサとやっちまいな」
「はい! 監督、直ぐやります!」
ランマーをトラックに積み込むと、怖い姉ぇちゃんの元へ走った――
「あの、監督から車線規制の準備を指示されました。手順を教えて下さい!」
「おう! あそこのパイロン・コーンを積んで、全部な! 色違いのアレもな! 後、発煙筒とフラッグ、分かったな! 一度しか言わねーからっ」
「はいっ!」
「もう一度聞いたら、ぶっ飛ばすかんなっ……」
そう言おうとしたが……言葉を飲み込んだ。全てが終わり片付いていて点検すると感心した――
「うん、良いよ、良い。言わなかった物までキッチリ用意してあるじゃん、気が利いてる。お前、初めてじゃねーだろっ。何処でやってた?」
「道路は初めてです。でも……ビル関係は色々やりましたから」
「ふーん、ビルって言うと鉄筋? アンカー? 型枠? まさか斫り?」
「あっ、はい……足場以外は全部やりました」
「はぁ? お前ぇ借金でも有んのか? 金になるなら何でもアリって感じだな。ハンパな事やってると何も身に付かねーゾ!」
「兄弟が居るので……仕事を選んでいる余裕は有りませんから」
「言っとくけど、この仕事舐めんな! 兄弟が居んなら尚更だ! ボーっとしていると轢かれてあの世行きだからなっ! 分かったか」
「はい、分かりました」
「お前、名前は?」
新入りの作業員は踵を付け、五指を揃えた――
「富田耕太です!」
「あたいは相田美織。よろしくなっ!」
怖い姉ぇちゃんはにっこり笑うと、そう言って右手を差し出した。
新入りの作業員は作業用の手袋を外し、排気ガスと粉塵の保護ために顔に巻いていたタオルを取りヘルメットを脱いだ。そして、タオルで汗を拭い、埃を払うと頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
そして、差し出された右手を耕太の右手が優しく包んだ――
日に焼けた肌、涼やかな目元、すっと通った鼻筋、引き締まった口元、精悍な中にも幼さの残る可愛らしい表情。キラキラと輝く瞳に美織は心を奪われた――
そして―― 呼吸を止めた瞬間に、恋に落ちていた――
「あのぉ……美織さん、お昼にしませんか?」
美織は握った手を何時までも離さずにいた事に気付き、慌てて手を離した―――
「おっ、おう、案内するから……付いて来い」
美織は高鳴る胸の鼓動を止める事が出来なかった――