許されざる行為の代償。
ひろ子は旦那を追い詰めた堀内をこの手で追い詰め、最終的にこの世から葬り去る事を考えると心が昂ぶり、得も言われぬ興奮を感じていた――
「それではお客様、此方の拘束服に着替えて下さい」
「あぁ。分かった」
七海は拘束服をテーブルの上に置くと、堀内がジャケットを脱ぐのを手伝った。手に持ったハンガーにジャケットを掛けようとした時に、堀内の腰に拳銃が有る事に気が付いた――
「あっ!」
「茶番は此処までだっ!」
「何をするのっ!」
「とぼけるな。さぁ、女。マスクを取れっ!」
「何ですって……」
「動くなっ! この小娘がどうなっても良いのか?」
「七海ちゃんっ! クソッ‥‥」
堀内は七海の後頭部に銃口を当て、ひろ子を脅した。めぐみはクロノウォッチを外した事を後悔した――
「分かりました……」
ひろ子は顔を隠していたベネチアン・マスクを取った――
「豊田ひろ子……久し振りだな」
「どうして、私だと……」
「フッ。旧姓の松永ひろ子に戻して姿を隠したつもりか? 女の浅知恵だなぁ。何より、地域情報誌に身寄りのない高齢者や苦学生の支援を目的としたシェアハウスの広告を掲載すればどうなるか? そんな事さえ分からないのだから恐れ入る」
「私はどうなろうと構いません、でも、このふたりは関係ありません。解放して下さい」
「見てしまった以上、関係無いとは言えないね」
「ちょっと、あんたっ! 何が目的なの? 七海ちゃんから手を放しなさいっ!」
‶ バキュ――――ンッ! ″
堀内が七海の後ろから発砲すると、七海の髪とめぐみの髪が揺れパラパラと床に落ちた――
「動くなと言っただろっ! 脅しじゃないんだよ。フッ、目的を教えてやろう。その女は知り過ぎたのだ。弱みを握ったつもりだろうが相手が悪かったな。泳がせていただけなのに勘違いも甚だしい。此方にしてみれば時を窺い、適切なタイミングで始末するだけの事だ」
「そんな事をして、許されると思っているのっ!」
「勿論」
‶ ピィ――――――ッ ″
堀内が銃口をめぐみに向けながら指笛を吹くと、ふたりのSPが入って来た――
「この女共に拘束服を着せろ」
「ハッ」
三人は抵抗も出来ぬまま拘束服を着せられてしまった。そして、ひろ子のパソコンから、例の画像と音声のデータを押収した――
「主人はあなたの事を親友だと思って信じていた。でも、あなたは最初から騙すつもりだったのね」
「その通り。まったく、夫婦揃ってお人好しだぁ……気付くのが遅過ぎたな。おいっ、生コン車の準備は?」
「ハッ、間もなく到着しますっ!」
「よし。後は固まり次第、港に運んで沖で投棄すればお終いだ。まったく、世話を焼かせやがって」
SPは段取り良く生コン車を誘導し、手配した一メートル八十センチ四方のコンテナに拘束服を着た三人を放り込んだ。そして、頭の上から生コンを流し込み始めた――
「めぐみさん、七海ちゃん。私のせいで……道連れにして、御免なさい」
「めぐみお姉ちゃん、もう、駄目だお……これで一巻の終わりだお……優しくしてくれてあんがと。七海は、めぐみお姉ちゃんに出会えて幸せだったお……」
「諦めちゃ駄目っ! でも、もう駄目かっ……」
生コンに膝まで浸かったその瞬間、めぐみは思わず叫んでしまった―――
‶ 助けてぇ――――――――――――――――――――っ! ″
その叫び声が、運良くあの指輪に届いた――
‶ ぼわぁわぁわ、わぁ――――――――――――んっ! ″
「こんばんは、お嬢さん。お呼びですか?」
「あっ! 死神さん、来てくれたんですねっ!」
「指輪に話し掛ければ『何時でも参上致します』と申し上げましたよ。私とあなた様の約束は『絶対』ですから」
「良かったぁ。うふふっ」
堀内は突然、コンテナ上に現れた死神に狼狽した――
「おっ、お前は何者だっ!?」
「これはこれは堀内さん。申し遅れました、私は冥府よりの使者。人は死神と呼んでいますがねぇ」
「死神だと? ふざけるんじゃないっ! どうやって此処に入ったんだ」
「ですから。私は死神だと言っているじゃないですか。死神に不可能など有りませんよ」
「戯言を……おいっ、知られた以上、生かしてはおけない、こいつも一緒に沈めてしまえっ!」
「ハッ」
「撃てっ!」
ふたりのSPが死神目掛けて発砲した――
‶ バキュ――――ンッ! ダンッ、ダンッダンッダンッ ″
弾丸は死神の身体を通り抜けて行き、手応えもダメージも無かった――
「いったい、どう云う事だっ!?」
「何度も言わせないで下さいよ……堀内さん」
「そんな馬鹿な……撃てっ!」
‶ バキュ――――ンッ! ダンッ、ダンッダンッダンッ、ダンッダンッダンッダンッダンッ、ダンッダンッダンッ、カチャッ、カチャッ ″
「どうしました? もう、お終いですか? それなら、今度は此方の番ですね?」
死神が手を翳すと、ひろ子とめぐみと七海の身体は空中に浮かび、コンテナから出て静かに床に着地した――
「一体、何故そんな事が……」
堀内とSPのふたりはイリュージョン・マジックを見せられているような気分になっていた――
「有難う御座いますっ! 死神さんっ!」
「いやいや。礼には及びません。レディ・ファーストですから」
優しく微笑む死神に、ひろ子と七海も緊張と恐怖から解放され安堵した――
「クソッ、取り押さえろっ!」
SPが飛び掛かろうとすると死神の血の通わない冷たい瞳がギラりと光った――
「うげっ!」
「ぎゃぁ―――あっ!」
死神に睨まれたSPは全身の関節が外れて、もんどり打って冷たい床に転がった。そして、手を翳すと操り人形の様に空中に浮かびコンテナの中に落とされると生コンが溢れ出た――
‶ ドボンっ! ズブズブズブ‥‥‥‥‥ ″
「おいっ! 止めろっ! お前は、何をしているのか分かっているのかっ!」
「ええ。勿論ですとも」
「何だと……これは誰の命令だっ!」
「おやおや。これが誰かの命令だとでも? 死神だと言いましたよ」
「そんな事を、信じるとでも思っているのかっ!」
「フッフッフ。警視庁警備部警護課が、有ろう事か『神』に向かって発砲をした。これは我々神の世界に於いては大変、罰当たりな『許されざる行為』なのです」
「死神などと、戯けた事を……お前は、正気なのかっ!」
「堀内さん。それはこちらのセリフです」
「‥‥‥‥‥‥」
死神は懐から『言霊』の入った黒い革の袋を取り出した。そして、袋の口を開けると堀内に差し出した――
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