死を考えて生きたいを知る。
ひろ子は見慣れぬ後ろ姿に驚いた。そして、ふたりに声を掛けた――
「この倶楽部は完全予約制です。あなた達、此処で何をしているの? こっちを向いて顔を見せなさいっ!」
めぐみと七海は恥ずかしそうに向き直った――
「あら? めぐみさん? めぐみさんじゃないの? あんたも好きねぇ……」
「あ、いやぁ、違います、違います。そうじゃなくって……」
「あの、あっシらは、そのぉ……求人に応募しようと思って、んで、こうなったんよぉ……」
「まぁ、お客様の様にバスローブを着ているからてっきり。アシスタントの応募で来たの? 人手不足で困っていた所だから丁度良いわぁ。採用決定っ!」
「本当ですか? やった―ぁ!」
「七海ちゃん、喜んでいる場合じゃないでしょ? あの、ひろ子さん、ちょっと想像と違うので……」
「ふふふふっ。ほぉら、やっぱり。めぐみさん、あんたも好きねぇ。普通のエッチなSMクラブだと思っていたのでしょう? 残念だけど、私のSM倶楽部のSは想像のS、Mは妄想のMだから」
ひろ子にキッパリと否定され、めぐみと七海は恥ずかしくて顔が真っ赤になった――
「うふふふっ。良いのよ。そう云う『想像と妄想』が大切だから。さてと、早速、働いて貰うわよ。あちらの殿方がお帰りになるから。後片付けと、次回の予約を確認してね。私は次のお客様の為の準備が有るから。ヨロシクねっ」
ふたりに指示をすると、ひろ子はラウンジに戻って行った――
「想像のS、妄想のMだって」
「もうっ! めぐみお姉ちゃん、話違くね?」
「だって、知らなかったんだもぉ――ん」
「チッ、取り合えず、言われた通りにするしか無いお」
「だけど、七海ちゃん。あのふたり。あんな酷い目に合ったら、もう二度と来ないよ」
「だな」
めぐみと七海の予想に反して、ふたりは翌週の予約を入れて嬉しそうに帰って行った――
「どう云う事????」
「有り得ねぇっつ――――のっ!」
めぐみと七海は顔を見合わせた。そして、ひろ子のいるラウンジの中に入ると、其処には和服からビクトリアン・スタイルのドレスに着替え、ベネチアン・マスクをしたひろ子が居た――
「失礼しまぁ――すっ! あの、ひろ子さん、予約の確認をお願いします」
「もう、ダメねぇ。ひろ子さんなんて言ったら興覚めよ。此処では女王様と呼びなさい。分かったわね」
「はい」
「さーせん」
「ほらほら、ふたりともサッサとしなさい」
「えっ? 私達もプレイをするんですか?」
「馬鹿ねぇ、着替えるの。そんな格好でアシスタントは出来ないでしょう?」
「あっ、はい」
「あのぉ、女王様。どうしてあのふたりが予約を入れて帰って行ったのか、あっシには理解が出来ないお……」
「そうねぇ。あなたは未成年でしょう? 子供にはちょっと早いかもね。さっき『想像と妄想』と言ったでしょう?」
「想像と妄想であんな酷い事になるん?」
「教えてあげる。あなた達が想像していたのはボンテージの女王様が鞭でM男を責める、極ありふれたSMクラブでしょう」
「はい……」
「何時しかタブーでは無くなった平凡なプレイ。性的な快楽ばかりを求め、強い刺激を欲しがる様になり過ぎた結果、興味本位のお客が増えたの」
「なんか、ガチなんですね」
「そうよ、決まっているじゃないの。めぐみさん。私は島を脱出して死んでも良いと飛び込んだ海で開眼したの……私はね。気が付くと必死で泳いでいたの……命懸けで泳いでいたあの時に、生きようとしている自分の本当の心に気が付いたのよっ!」
「あうっ……泣けるぉ」
「あなた、可愛いわねぇ。でも、泣かなくて良いの。私は絶対に負けないわっ!」
「何か感動的な話になってますけど……」
「めぐみさん。あのふたりに私が見せてあげたのはリアルな『死』よ。本物の死の恐怖を味合わせてあげたの。だから、すっかり生まれ変わったような気分になったの。分かるでしょう?」
「あ、いやぁ……ちょっと……」
「本物の死の恐怖はね、心の奥深くに眠っている恨み、辛み、トラウマを一瞬にして消し去る事が出来るのよ。病院では治す事の出来無い、現代人の唯一の治療法なのよ」
「はぁ、おぼろげながら、理解出来ました……」
「まぁ、来週まで此処が有るかは……分からないけどね。うふふふふ」
「えぇっ?」
めぐみと七海は、遠い目をするひろ子に深い悲しみを感じていた――
「次のお客が勝負なの。だから、あなた達にも頑張って貰うわよ。良いわねっ!」
「はい」
「はいっ!」
―― 一月三十一日 仏滅 甲申
「めぐみお姉ちゃん、日付を超えたお」
「本当だ。もう、こんな時間?」
「特別なお客様だから時間指定を受けたの。もう直ぐよ」
ひろ子の言う『特別なお客』とは、旦那を追い詰めて自死に追いやった堀内の事だった――
「いらっしゃいませ」
「予約をした堀内です」
「堀内様ですね? お待ちしておりました。どうぞ此方へ」
ひろ子が直々に受付けをすると、バスローブに着替えるでも無く、すぅっとラウンジの中に入って行った――
「七海ちゃん、お約束の『注文』は無し?」
「特別なお客様だから、良いんじゃね?」
「そっか」
堀内はラウンジに案内されると、ひろ子に外套を脱ぐ様に言われ手渡した――
「ふぅ。外は寒いがこの中はとても暖かいですね」
「えぇ。プレイに着衣は無用ですから。どうぞ其方にお掛けになって下さいな」
堀内は言われるまま猫足の長椅子に腰を下ろした――
「さぁ、娘達、お客様にメニューをお渡しして」
「はい」
七海はプレイのメニュー・ブックを堀内に差し出した――
「ほほう……これは、驚きです。驚愕のプレイの数々に言葉が有りませんよ」
「お褒め頂き光栄です。どれでもご自由に……」
「そうですね……破断機もプレス機も音がうるさそうなので、この粉砕機にしましょう。宜しくお願いします」
「畏まりました。娘達よ、お客様に拘束服の御用意を」
「はいっ!」
「はい、女王様っ!」
めぐみと七海は慣れないアシスタントで何時に無く緊張してドキドキしていたが、ふたりの会話が成立している事に『ふたりとも、どーかしているぜっ!』と心の中で呟いた。そして、その時、ひろ子は全く違う意味で緊張をしていた――
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