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注文の多いSMクラブ。

 重厚なドアの前に立つと、めぐみは勇気を振り絞ってインターフォンのボタンを押した――



「あれ? ウンともスンとも言わないよ?」


「めぐみお姉ちゃん、故障中って書いてあるじゃんよ――ぉ」


「本当だ」

 


 ‶ インターフォンは故障中です ″


 ‶ 急募、アシスタント。複数名、委細面談 SM倶楽部 山猫亭 ″



「求人してるんだね。やっぱ、繁盛しているんだぁ……」


「めぐみお姉ちゃん、こっちにも何か張り紙がしてあるお」


「どれどれ?」




 ‶ どなたもどうか、お入りください。決してご遠慮はありません ″




「なーんだ。SMクラブって以外にフレンドリーなのね」


「商売だから当然だお。遠慮なく入ろうぜ」


 その重厚なドアを開けて中に入ると可愛いドアが有り、張り紙がしてあった――




 ‶ 事に太ったお方や若いお方は、大歓迎いたします ″




「若いお方は『大歓迎』だって!」


「やった――!」


 そして、ドアを開けて中に入ると、次のドアにも張り紙がしてあった――




 ‶ 当SM倶楽部は、注文の多いSM倶楽部ですから、どうか、そこはご承知下さい ″



「まぁ、御丁寧に。ひろ子さんらしいわぁ……人格が表れているよ」


「人手不足だから。張り紙をして案内をする丁寧さが泣けるお」


 ドアを開けて中に入ると、又、ドアが有り張り紙がしてあった――




 ‶ お客様方、此処で髪をきちんとして、それから履物の汚れを落として下さい ″



「やっぱ、身だしなみは大切よな?」


「気合入っているんだお」


 更にドアを開けて中に入ると、又、そこにドアが有り張り紙がしてあった――




 ‶ 注文は随分多いでしょうが、どうか、いちいち堪えて下さい ″




「いちいち、堪えるんだぁ……」


「プレイに比べりゃ序の口だお」




 ‶ 壺の中のローションを顔や手足にすっかり塗ってください ″




「七海ちゃん、ローションだって……塗るとピクピクしちゃうヤバイ奴かしら?」


「めぐみお姉ちゃん、妄想し過ぎだお。国産の天然由来の自然派ローション。オーガニックで刺激が少ない身体に優しい奴だお」


「あら? 意外ねぇ」


「刺激は中に入ってからだお」


「そう云う事かっ!」


「さぁ、マッパになってローションを塗るお」


「あら? これって、高級だねぇ。スベスベになるよっ!」


「めぐみお姉ちゃん、背中に塗ってちょ」


「おぉ、全身くまなくって事か……」


「耳の中も塗るんだお」


「えっ、ちょっとやり過ぎじゃね?」


「最新のエステは皆、こんなんだお」


「そーなん? ほんじゃ、ほれほれ。ちょいちょい」


「きゃはっ、感じちゃうお」


「敏感な部分をさらに敏感にしてから、このバスローブに着替えるのね」



 張り紙のドアを開けの中へ入ると、長い廊下が奥まで続いていて、突き当りを右手に進むとプレイルームが現れた――



「随分、長い廊下だこと……」


「工場をぐるっと一周した感じだお」


「ここがプレイルームね」


「うん」



 めぐみは軽くノックをすると静かにドアを開いた――



「ごめん下さい……」


「めぐみお姉ちゃん、先客がプレイの真っ最中だお」


「だって、ひろ子さんに御挨拶をしないと……」


「プレイを中断するのは御法度なんよっ!」


「ご、御法度? あんた時々、昔の言葉遣うねぇ。御法度じゃぁ……此処で待つしかないか?」


「チッチッチ。大人の社会見学だお。ぐふっ」



 めぐみと七海はこっそりと覗き見をする事にした――



「七海ちゃん、着物を着て能面の女王様って、どうなん?」


「有りじゃね?」


「あらら? ねぇ、ひろ子さん、割烹着に袖を通したよ?」


「着物が汚れるからじゃね?」


「何か、期待していたのと違うんだけど?」


「これが最新のプレイ・スタイルって事なんよ。ほら、目隠しされたオッサンの手を取ったお」


「ねぇ、ひろ子さんが手にしたのはドライバーだけど、何するん?」


「もう、見てりゃ分かるっちゅーのっ!」


 ひろ子はドライバーを課長の指の間を縫う様に通すと、万力に挟んで締め上げた――


「ぎゃぁ――――――――ぁあっ! 指が折れる―――――ぅ」


「静かにしなさい。男の癖にっ! だらしないわねぇ」


 ‶ ポキポキポキ、ゴリッ! ″


「ぎゃぁ――――――――ぁ―――――――あっ!」


「うぅ――んっ、快感っ!」



 めぐみと七海は予想外の展開に驚いた――



「七海ちゃん、最新のプレイ・スタイルは、お客じゃなくて女王様が快感を貪るん?」


「さぁ……それは、ちょっと……」



 ひろ子は隣で怯える部長の耳元で囁いた――



「さぁ、ベッドに行きましょう……うふふふ」



 めぐみと七海はベッドと聞いて我が意を得たりと喜んだが、直ぐに異様な光景に青褪めた――


「七海ちゃん、ベッドって……あれはマシニング・センタのベッドだけど?」


「めぐみお姉ちゃん……ボルトで固定したお。嫌な予感しかしないお……」



 ‶ ガチャン、シュイ――――ンッ、ゴゴゴォ―――ゴォ、グワン、グワングワングワン、ギュィ―――――――ン、ギュィ―――――――ン ″



 ひろ子が配電盤のレバーをONにすると工作機械の電源が一斉に入り、待機状態になった。そして、水銀灯がじわりじわりと光量を上げて行くと、工場の全容が顕わになった――



「七海ちゃん、プレイルームとは名ばかりのリアル工場だよ?」


「何が行われるのか……確り、見届けるんだお」



 高速回転するフライスカッタが部長の眉毛を百分の一ミリの精度で切り落とすと、工場内に悲鳴が響き渡った――



 ‶ ひぃ―――――――ぃい、怖いぃ――――――――――ぃい、助けてぇ―――――――――ぇえっ! 殺されるぅ――――――――――うっ! うっ! ″




「七海ちゃん、あれは死んだの? 逝ったの? どっち?」


「めぐみお姉ちゃん、気を失ったみたいだお。此処はヤベぇSMクラブだお、サッサと逃げようぜ」


「うん」



 その場を立ち去ろうと振り向いた瞬間、七海が床に置いてあった工具箱に躓き、めぐみは七海に躓いて壁に立て掛けて有った鋼材を倒してしまった――



 ‶ ガラガラガラガラ、ガッシャ―――――――――ンッ、カランッ! ″



「其処に居るのは誰っ!?」



 物音に気付いたひろ子が振り返ると、其処には背中を向けたバスローブ姿のめぐみと七海が居た。見つかってしまったふたりは絶体絶命のピンチだと思った――








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