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めぐみと七海の潜入捜査官。

 食事を済ませて暫く談笑をしていると、駿がすっと立ち上がった――


「さて、僕はコレで失礼するよ」


「もう帰るのぉ」


「あまり遅くなるとね」


「じゃぁ、あっシがそこまで送ってくっ!」


「うん。ありがとう」


 駿が出て行くと、七海は新妻の様に見送りに外へ出て行った――



「ふぅ。さあてと、これからひろ子さんのSMクラブへ行かなきゃならないのよね……気が重いなぁ」


 めぐみの溜息を打ち消す様に駿のベスパの排気音が去って行き、カンコロロンと階段を駆け上がって戻って来た七海が俯くめぐみの頬に冷たくなった手を押し当てた――



「冷たい―――――ぃっ!」


「めぐみお姉ちゃん元気無いお? どーかしたん?」


「いや。どーもしないよ。子供は早く寝なさい。私は用事が有るから」


「あぁっ! 何かひとりで良い事する気でしょ?」


「良い事でも何でもないよ。任務なのっ!」


「任務って? 何すんの? どこか行くの?」


「SMクラブに遊びに行って、気分転換よ」


「マジで? めぐみお姉ちゃん、そんな趣味有ったん?」


「無いよっ! だから、任務なの。何が行われているのか、潜入して調査するのよ」


「潜入捜査官、面白そうっ! じゃぁ、あっシも一緒に行くっ!」


「ダメよ。ダメダメ。子供には刺激が強過ぎるよんっ!」


「あっシも夜の世界に興味津々だお」


 ジッと見つめる七海を見て、めぐみはひらめいた――


「そうねぇ……七海ちゃんは未成年だけど、何かの役に立つかもしれない」


「でしょ? でしょ? 七海も一緒に行く行くっ! 一緒に行きたい――――ぃ!」


「一緒にイクイクって、やらしいわねぇ」


「妄想し過ぎじゃね?」


 

 めぐみと七海は潜入捜査官となった――



「七海ちゃん、潜入捜査官って、こんな格好で良いのかしら?」


「いやっ、こんな格好言われても、黒のピタピタのヤツとか持ってねぇ――しっ! 普段着で諦めるしか無ぇっつ――のっ!」


「ふーん。そっか、なんか盛り上がりに欠けるよね? でも、あんな格好してたら職質されそうだもんね。えっと、確か、この辺だと思ったんだけど……」


「めぐみお姉ちゃん、こんな所にSMクラブなんて本当に有るん? 場所間違ってね?」



 そこはビルとビルの間の金網越しの狭い通路を通って突き当りの建物を左手に進んだ工場だった――


「そんな事無いよ……有ったっ! 此処だよ、七海ちゃん」


「めぐみお姉ちゃん、SMクラブだお? 西麻布だお? シャレオツで高級なビルの会員制クラブゆーたら、シークレット感が満載だお? こんなんぢゃないお、間違ってるお。ちゃんと、地図を確認しろっつ――のっ!」


「だって、此処に間違いないんだもん。おっかしいなぁ……」



 その工場の看板を見上げると其処には『松永製作所』と書いてあった――



「七海ちゃん、どうやら此処らしいわ……間違い無いんだわ」



 めぐみと七海が顔を見合わせていると、ジリリンとベルが鳴り回転灯が回り出し、大きな鉄製の扉が駆動するモーターの大きな音を伴って開くと、真っ暗な工場の中の様子が伺えた。金属加工業と思しきその内部に、似つかわしく無い彫刻の施された重厚な木製のドアが怪しく灯っているステンドクラスのドア・ランプに映し出されていた――



「めぐみお姉ちゃん、此処って……ヤバくね? もう、帰ろうよ……」


「そうはいかないよっ! イクイクッって言ったのはあんたでしょっ!」


「はっ! めぐみお姉ちゃん、し――っ!」


「何?」


 七海はめぐみの肩を掴んで電柱の陰に身を隠した――



 ‶ ガチャッ! キイィ――――ィ ″



 重厚なドアが開くと真っ暗な工場の作業場に室内の照明が溢れ出し、着物姿の老人のシルエットが切り絵のように浮かび上がった。姿こそ見えなかったが、ひろ子らしい人物が 二重廻にじゅうまわしのマントを背後から掛けてあげると、山高帽とステッキを老人の手に持たせるのが見えた――




「いやぁ、ひろ子クン。良かったよ」


「巨匠。ご満足頂けた様で何よりで御座います」


「嗚呼っ! 満足満足、大満足だっ! また来るからねっ。宜しく頼むよ」


「えぇ。勿論です。巨匠、足元が暗いのでお気を付けになって下さいな」



 巨匠と呼ばれる老人の足元をランタンで照らしながら工場の外まで見送りに出て来たのは着物姿の松永ひろ子だった――



「またのお越しを心よりお待ちしております」



 ひろ子は巨匠が角を曲がるまで、深々と頭を下げていた――



「めぐみお姉ちゃん、旅館か料亭みたいな感じだお……何か変くね?」


「あんたの言葉遣いの方が変よ。ひろ子さんが確認出来たから、いよいよ内部に潜入捜査開始よっ!」


「おっす!」



 めぐみと七海は気合十分で、いざ内部へ潜入しようとしたその時、驚いた事にふたりの男が角を曲がって此方へやって来てしまい、出ばなをくじかれてしまった――


「えぇっ! あんだお、人が来ちゃったお……」


「七海ちゃんアレってまさか?」


「お客に決まってんじゃんよぉ―――っ!」


「あら結構、繁盛しているのね」


「ある意味、逆に、こんな変なクラブの方がそそるのかもしんないお」


「男って馬鹿ねぇ……」



 ふたりの男は嬉しそうに工場の前までやって来ると立ち止まった――



「部長、此処ですよ。噂のSMクラブ」


「課長、君は分かっているなぁ。それにしても彼奴らは何だ? 全く、近頃の若いモンには幹事が任せられん」


「えぇ、そうですとも。二次会のセッティングもお持ち帰りの段取りも無し。もう、呆れて物が言えませんよ。失格です」


「ところで課長。どんな具合だね?」


「最近はSMクラブと言っても、アルバイトの女王様ですからねぇ『マジでぇ、超ウザいんですけどぉ?』なんて。もう、そういった嗜好が全く分からないギャルだった日にゃぁ、目も当てられません」


「うむ。此処は特別なんだね?」


「部長。もう、殊の外」


「そうなのかね?」


「噂によれば『その真価を認める本物嗜好の紳士が足繁く通う本物のSMクラブ』超一流と言われておりマスです。はい」


「何? 超一流……では、先程すれ違ったのは、本当に……」


「巨匠の黒澤昌平ですよ。文化人に政財界の大物まで、太客が揃っているらしいですよ」


「なるほどぉ。それで、この様な廃工場の一室で……やるじゃないか君っ! これは期待出来る」


 

 部長と課長が中に消えて行くと、めぐみと七海は活動を再開した――



「めぐみお姉ちゃん、機械油の臭いが凄いお」


「まるで稼働中みたいよね。七海ちゃん、足元に気を付けて、音を立てないでね」


「うん」


 真っ暗な工場の内部は工作機械が並んでいるのが分かる程度で、ふたりはドア・ランプの灯だけを頼りに歩みを進めて行った――







お読み頂き有難う御座います。


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