女の友は女です。
めぐみは何時しか身を乗り出して、ひろ子の話に聞き入っていた。そして、ひろ子も過ぎ去った過去を鮮やかに思い出していた――
「あの日は、とても暑い日で精霊流しが綺麗だったわ……夜の海を漂って暗い海の先に明かりが見えた時。私、生き返った気がしたの。私は神戸の港に着いて……手持ちのお金で東京に戻ったの」
「東京に戻った事がバレたら、直ぐに借金取りが追い駆けて来たのでは?」
「えぇ、そうよ。でも、直ぐに追い返してやったわ」
「えぇっ! 凄い。執拗な借金取りを追い返すだなんて、島で貯めたお金で全額返済出来たんですね」
「ううん。違うわよ、そんなお金が有るわけが無いじゃない。馬鹿ねぇ」
「だって……」
「ヒント。治外法権で遊ぶと云う事はどう云う事?」
「どう云う??」
めぐみは、ほんの少し思案してひらめいた――
「あっ! もしかして……バレるとヤバいって事でしょうか?」
「うふふっ。当たらずとも遠からず。私は、あの島で数多くの殿方のチンコを握った。それは、取りも直さず?」
「弱みを握ったと云う事ですねっ!」
「正解っ!」
そのひと言に緊張が解けて力が抜けためぐみと、長い間胸に仕舞っておいた秘密を打ち明けてスッキリしたひろ子は、互いの顔を見合わせて爆笑した――
‶ あっはっはっはっは。うふふふふふふっ! ″
「でも、ひろ子さん。弱みを握られたとなったら、逆に仕返しとか怖く無いんですか?」
「さっき言ったでしょう? 生き返った様な気がしたって」
「はぁ……?」
「本当の私は主人が亡くなったあの時に、死んだの……」
めぐみは、言葉が出なくなった。そして、優しい表情のひろ子の心の奥底にある闇の正体が深い悲しみで有る事を悟った――
「だからぁ。私はね、もう、死ぬ事なんか怖く無いの。極道に恫喝されたって耳が痒い程度よ。でも、社会的地位や立場の有る人はどうかしら? 名誉を傷つけられる事を死ぬ事よりも恐れているでしょう? 知らぬ者のいない大物政治家や財界の地位の有る人が小児性愛者だったらどうかしら?」
「大変なスキャンダルですよっ! 児童買春は五年以下の懲役又は三百万円以下の罰金、悪質な犯罪です。こりゃあマスメディアが黙っていませんねっ!」
「もう、やぁねぇ。マスメディアなんかダンマリに決まっているでしょう? 権力者ですもの」
「あっ、そっか。そうですよねぇ……でも、スキャンダルを揉み消す事が出来る様な権力者の弱みを握ったとなると、尚更、口封じに消される可能性だって有る様な、無い様な……」
「あのね、良い事教えてあげる。女の敵は女って云うでしょう? それでも、やっぱり女の友は女よ。その権力者の妻や娘に真実を伝えたらどうなるかしら?」
「どうなるって……? そうかっ! 世間体は保てても、家庭内で立場と信用を失い日常生活は修羅場と化す……そして、針の筵の日々が生涯続くって事か……」
「そう云う事。それを聞いたら皆、黙り込んで。逃げちゃったっ!」
「ひろ子さんの恫喝の方が遥かに怖いです……」
「あら、私。怖くなんかないわよ。単なるハッタリだもの。でも、一度は死んだ身でしょう? 怖い物が無くなったのね。それで、手持ちのお金が底を尽いて、もうダメだと思った時に。うふふっ」
「えっ、もうダメだと思った時に、何が有ったんですか?」
「何って、あなたの居る神社。喜多美神社に参拝したのよ。主人と式を挙げた思い出の場所だから……」
「もしや、その時、死を決意していたとか……」
「やっぱり。あなたとは気が合うわね。その通りよ。参拝して穢れを祓い、身を清めてから主人の所へ行くつもりだったの……」
「うぐっ、何だか、泣けて来ました」
「泣かないでよ。主人の所には未だ行っていないんだから。でも、不思議なの。参拝をすると、まるでリセットしたみたいに心が軽くなって、何故だか、もう一度やり直そうと思ったのよね……」
めぐみは、遠い目をするひろ子の横顔を見つめながら心の中で呟いた――
‶ 素戔嗚尊もやる時ゃ、やるんだなぁ……単なるエロ親父では無かったのね ″
「めぐみさん。そんな目で見つめないでよ。あなた、私に惚れてるの?」
「あはは、これは失礼致しました。さてと。それでは、ひろ子さん。私はそろそろ仕事に参りませんと……」
「あら? もう、こんな時間。私ったら、おしゃべりをし過ぎたみたいね。それでは節分の時は宜しくお願い致します」
「はい。準備は確りしてありますので、御安心を。それでは失礼いたしまぁ――す」
めぐみは外に出て康平に挨拶をしてから帰ろうと思ったが、忙しそうに仕事をしている康平の手を止めるのも申し訳ないと思い、挨拶をせずに自転車のスタンドを払い、ゆっくりと引きながら表の通りに向かって歩いて行った――
「おや? この不気味な静けさはなんだろう。あれ? 誰も居ない……」
道りに出ると、康平の鑿の音だけが遠くに聞こえていたが、生活音は全て消えていた。めぐみは異変を感じ、辺りを見回した――
「人も車も居ないなんて有り得ない……あぁっ!」
後ろに気配を感じて振り向くと、そこに死神が立っていた――
「お早う御座います。お嬢さん」
「うわぁ、ビックリ!」
「驚かせてしまった様ですね?」
「お早う御座います。だって、こんな所で死神さんと偶然バッタリ出会うなんて、思ってもみませんでしたから。やっぱり運命の人なのかしら……」
「アハハ。運命には違いありませんが、私が地上に姿を現すのは特別な理由が有るからです」
「特別な理由って……」
「実は今、内定調査をしていたのです」
「内定調査?!」
「はい。簡単に言うと、証拠固めみたいな物です」
「うふふっ。死神さん、まるで刑事さんみたいですね」
「えぇ。『現場百遍』と云う事です」
「お忙しいのですね。それで証拠は見つかったのですか?」
「勿論。お嬢さんのお陰でね」
「私? 私ですか?」
「そうです。たった今、お嬢さんが会っていた松永ひろ子さんに関連した事ですので」
「それって、もしかして……」
「フッ。お嬢さんとは気が合いますね。御推察の通りかと……」
めぐみは、運命を変えてしまった八人の中にひろ子の旦那を自死に追いやった人間が居る事を知り、愕然とした――
お読み頂き有難う御座います。
気に入って頂けたなら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援と
ブックマークも頂けると嬉しいです。
次回もお楽しみに。