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精霊流しと島流し。

 ひろ子に言われるままリフォームが完了した室内に入ると、ステインされた昭和の建物のレトロ感を控えめなステンドグラスが際立たせていた。綺麗に張り替えられた青畳に鍋島緞通が敷いて有り、革張りのソファと黒柿の座卓がマッチしていた――



「どうぞ。粗茶ですが……」


「有難う御座います」


 ひろ子が丁寧に淹れたお茶を差し出すと、さわやかな香りが広がった――


「ふわぁっ、良い香り。頂きまぁ――す……んっ? 美味しいっ! まろみが有ってスッキリして、胃が寛いでいますよ」


「うふふふっ。胃が寛ぐだなんて、あなたって本当に面白い人ねぇ。お菓子もどうぞ」


「頂きます。あれ、これは芋羊羹ですよね? 大好きなんですよ私。ん? これはまたナチュラルなお味ですねぇ……この自然な甘みが溜まりません。お茶と良く合う事。うふっ」


「あら、気が合うわね。私も大好きなのよ。でも、最近は売っている所が無くってね。知り合いの和菓子屋さんに頼んで特別に作ってもらっているの」


「そうなんですね、流石です。美味しぃ」


「うふふふっ。ねぇ、めぐみさん。あなたにお聞きしたい事が有るのだけど……」


「はい。私で良ければ何なりと」


「私の事どう思う?」


「どう? って、寄進して頂いた上に、お茶まで御馳走になっちゃって、感謝していますぅ」


「そうじゃなくて。私の噂。聞いているでしょ?」



 めぐみは思わずお茶を吹き出しそうになり、慌てて飲み込んだ――



「ゲホっ、ゲホっ、ゲホっ! ごっほん、うんぐっ。ひろ子さん、噂なんて知りません。それに噂なんて、噂でしかありませんから……」

 

「あら、そう? でも、本当だったら。どう?」


「えぇっ!?」



 ひろ子はめぐみの顔色が変わり、目が泳ぐのを見て心の奥では『謎多き女』と思っている事を得心した――



「やっぱり」


「あ、いやぁ……その、ですね」


「ううん、良いのよ。無理も無いわ。未亡人が大金を寄進するなんて、おかしいと思う方が自然だもの……だからねぇ、めぐみさん。あなたには本当の事を教えてあげるわ」 


「本当の事? ですか……」


「私は西麻布でSMクラブを経営しているのよ」


「うえぇっ! マジっすかっ!?」


「マジもマジ。大マジよ」


「そんな風には、見えませんけど……」


「そうね。それが私の持ち味ですから」


「持ち味……ですか?」


「そうよ。SMクラブの女王様と云ったら、大抵は私とは真逆の派手なタイプでしょう? でもね、そういう分かり易いセクシーとかエロって、私に言わせれば本当のエロティシズムとは掛け離れていると思うの。めぐみさんもそう思うでしょう?」


「いやぁ、同意を求められましても……」


「あら? 気が合うと思ったのに」


「世間知らずな人間ですから……」


「そんな『不器用な人間ですから』みたいな言い方しても駄目よ」


「あのぉ……ひろ子さん。どうして私に、そんな事を?」


「うふふっ。可笑しいわよね。でも、きっと、寂しいのよ。誰かに知って欲しい。聞いて欲しいのねっ」



 ひろ子が過去の出来事を話し始めると、めぐみは聞き入った。紗耶香の言う通り、借金取りの取り立ては親戚から友人知人にまで及び、その事で旦那の信用は失墜。ついには会社に街宣を掛けられ経営破綻、追い詰められた結果、自死を選んだ。だが、借金取りの取り立ては容赦なく、ひろ子は借金の形に見知らぬ離島に売り飛ばされたと――


「それは、大変なご苦労をされたんですね‥‥‥」


「まぁね。売られた挙句、どうなったと思う?」


「ど、どうなったって……その島で薄給で重労働をさせられたとか……」


「それじゃ、普通じゃない? その島で高給で売春行為をさせられていたの」


「ぐぇっ! マジっすか?」


「マジマジ、大マジよ。治外法権を求める殿方の相手をする島だったの」


「そんな、無法が許されるなんて……」


「あらまぁ。本当に世間知らずなお嬢さんね。でも、知らない方が良いかもね。目隠しをされて船に乗せられて着いた島は断崖絶壁。絶対に逃げる事の出来ない島なの。騙されて連れて来られた若い娘の中には、その断崖から飛び込んで自殺する娘も居たわ」


「何て、恐ろしい……」


「そうね。ちょっと恐ろしい話よね……」


「ちょっと、どころじゃ……あの、私はそろそろ……」


「あら? まだ話はこれからよ?」


「ぐぇっ……」


 めぐみは逃げ出したい気持で一杯だったが、ひろ子が肩を掴んで押さえるものだから逃げられず、仕方なく話の続きを聞く事にした――


「ねぇ、めぐみさん。それからどうなったか……知りたいでしょう?」


「あっ、いやぁ、『知らない方が良い事』の様な……」


「聞きたいでしょう?」


 

 怯える瞳をひろ子の眼光が鋭く突き刺した。めぐみは、この威圧感と押しの強さこそ、SMの女王として君臨するひろ子の持ち味だと確信した――



「私は、殿方の相手をさせられる事なんて、何ともなかったの」


「マジっすか!?」


「だから、マジだってばぁ。あなた、マジマジし過ぎよっ!」


「さーせん」


「謝らなくても良いわよ。でね。それからどうしたと思う?」


「いやっ、全然、分かりませんし……勘弁して下さい」


「勘弁なんてしないわよっ! 私はぁ……」


「えっ! 何で急に小声?」


「……脱走したのよっ!」


「うえぇっ! ど、どうやって、絶対に逃げる事の出来ない断崖絶壁の島なのに?」


「ふふっ。相手をした殿方のお酒に、盛ったのよ……」


「えっ! 殺しちゃったんですか?」


「小声で言わないでよ。殺しゃしないわよ。睡眠導入剤だか媚薬だったか、覚えていないけど、たらふく飲ませたらバタンキューよ」


「あら、何だか楽しくなって来た。っで?」


「ちんちくりんの禿げ親父の背広が、私にピッタリだったのよ」


「変装して脱出したって事ですか?」


「そうなの」


「でも、逃げた事がバレるのも時間の問題ですよね? その後が大変だったのでは?」


「あらっ、良い質問ねぇ。まぁね。大変だったわよ。うふふふふ、うふふふふふふふ、うふふふふふふふふふっ」





 めぐみは、ひろ子の意味有り気な含み笑いに戦慄を覚えつつも、怖いもの見たさからか、どんどん話しに引き込まれて行った――






お読み頂き有難う御座います。


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