二人の少女の縁結び。
自分の部屋に戻ると、神官に「日報」を送った。そして、お風呂に浸かりながら七海の事を思い出していた――
母親に心配をかけまいと「転んだだけだよ!」と言った時の表情が脳裏に焼き付いて忘れられなかった。そんな強がる七海の前で母親に対して、不良グループに暴行を受けていたとはとても言えなかった――
お風呂から上がって、パソコンに目をやると神官からメールで「エラーコードの報告が有ります。そのまま任務遂行をして下さい。検討をご祈念致しております」とあった。
めぐみは参拝に来た少女の事をすっかり忘れていたのだった――
――翌日
お昼休みに、昨日の出来事を皆に話すと典子さんが憤慨した――
「多分、お母さん生活保護でしょう? それ給付金か、その子の給料を狙った犯行ね、悪質だわ! 許せない!」
紗耶香さんは興奮した――
「でもぉ、めぐみさんが合気道の心得があるとは思わなかったですぅ。相手もビックリでしょう? 見たかったですぅ―」
神職の者が厳しい表情になった――
「あまり関わらない方が良いかも知れませんよ、仕返しをされる可能性も有りますからねぇ……気を付けて下さいね」
お昼休みが終わると仕事に戻り、日も傾いて来た頃、再びあの少女が参拝に来た。めぐみはケータイのアプリで少女の測定をしたが、何の反応も無かった。
「昨晩のエラー・コードの報告とは何だったのだろう?」
めぐみは昨日と同様、少女の祈りを翻訳アプリで解読した――
すると画面には「お兄ちゃんが建設会社に就職出来ました。神様、お父さん、お母さん、力を与えて頂き有難う御座いました……」と表示され「ほっ」と安堵した。
「感謝の気持ちを報告に来るとは、少女ながら見上げた心掛けであるな。『神恩感謝』は大切な事よのぅ……」
感嘆の息を漏らしていると、小女の祈りは更に続いていた――
めぐみは画面に目をやると、二度見して釘付けになった。
「神様、お父さん、お母さん、どうかお兄ちゃんに素敵な人が現れますように。良き伴侶に恵まれますように……見守っていて下さい」
めぐみは真顔に変わり、瞳の奥がキラッと光り『何か』が確信に変わった――
めぐみは大声で「キタ――ッ!」と叫ぶとバク転から側転をして「くるくるっ」とターンした。
「その願い聞き届けたぞ!」
そう言って少女の手を両手で確り握ると、少女は驚き、周囲の神職の者も巫女達も目が点になっていた――
「願いを聞き届けて下さり、ありがとうございます。巫女さん、ダンサーみたいで格好良かった! ふふっ」
「お兄さんに『巫女がよろしく言っていた』と伝えてね! 必ず良き伴侶に恵まれるわよ!」
「えっ、どうして……お兄ちゃんの事を??」
「あははは……いやぁ、きっと、お兄ちゃんが居るだろうと思って……」
「めぐみお姉ちゃ――ん」
遠くから声が聞こえて振り返ると、そこには手を振る七海が居た――
七海は顔を真っ赤にして息も上がっていた――
「はぁ、はぁ、めぐみお姉ちゃん! 昨日はあんがとっ。これ、旨いよ!」
そう言って、自分で焼いたパンを差し出した――
「やった―! 今日はなんて良い日なのだろう! 生かされて 生きるや 今日のこの命 天地の恩 限りなき恩! ってか!」
「めぐみお姉ちゃん、この人……誰?」
「…………」
「あ、私は富田栞です。参拝に来ただけなので、じゃあね……」
立ち去ろうとする栞に、七海は間髪を入れずに言った――
「あっシは、七海ってんだっ! 十六歳だよ! 青春ど真ん中! 栞ちゃんは?」
「わ、私は十四歳……」
「せっかく貰ったパンだけど、ひとりでは食べ切れないなぁ、栞ちゃん良かったら貰ってくれない?」
「あんだぉ! 食いしん坊だからと思って、沢山焼いて来たのに! じゃあ栞ちゃんに全部あげるよ!」
「全部は無いよぉ―、コレとコレは貰うからねっ! 後は栞ちゃんの兄弟と食べてね」
「栞ちゃんは、何人兄弟なの?」
「五人兄弟です」
「五人! 良いなぁ、あっシも兄弟が欲しかったよぉ。でも、全部で七人家族じゃ……チっと足りないかもねぇ」
そう言ってめぐみを鋭い視線でチラ見すると、めぐみは死守した――
「父と母はいません。だから……大丈夫です」
冷たい風が吹いて気まずい空気に変わった――
「七海ちゃん、やっちまったな……」
七海は、慰める事も同情する事も無用とばかりに、元気よく気まずい空気を吹き飛ばした――
「じゃあ、また此処に来て! あっシが美味しいパンを焼いて持って来っからさ!」
「うんっ! 七海ちゃん、ありがとう」
すっかり日も暮れて「さよなら」の時が来て少女はゆっくりとふたりに最敬礼をして去って行った――