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夜の新宿、裏通り。

 紗耶香とめぐみはお互いの顔を見合わせて、運転手に聞いた――


「あのぉ、此処ですか?」


「そうですよ。深沢六丁目……朝日荘です」


「あぁ、そうですかぁ、分かりましたぁ………」



 ハイヤーを降りて、足場で囲まれたアパートの前にふたりが歩いて行くと、中から人が出て来た――


「ようっ! めぐみさん。久し振りだね」


「あれっ! 康平さん? お久し振り……どうして、こんな所に?」


「はぁ? どうしても、こうしても、おいらの仕事場だよ。見りゃあ、分かるでしょうに」


「あぁ、この現場は康平さんが……」


「喜多美神社の改修工事の時に、神主さんが親方を施主に紹介したって訳さ」


「まぁ。そう云う御縁なのね……」


「もう少しで足場もおりて完成なんだ。で? 今日は可愛い巫女さんがふたりで何しに来たんだい?」


「そのぉ、施主のぉ、松永様にぃ、多額の寄進をして頂いてぇ、そのお礼に来たんですよぉ」


「ふーん。やっぱ、出来たお人だねぇ……見上げたモンだぁ。心に余裕が有るお人ってえのは、懐にも余裕が有る物なのかねぇ……寄進なんて、この不景気に出来るものじゃあ無ぇ。大したモンだよ」


 

 三人の話声を聞きつけたのか、ひろ子が出て来て声を掛けた――


「あら……喜多美神社の方ね? こんにちは。見ての通り散らかってますけど……どうぞ、中へ入って」


「あっ、はい。失礼いたしますぅ」


 

紗耶香とめぐみは、アパートの中に入ると、その作りに驚いて口を開けていた――



「あら、驚いた? 此処はリフォームして下宿屋にしたのよ。うふふっ」


「これが下宿屋ですかぁ? お洒落な感じですね。まぁ、下宿屋なんて、今時、流行らない気がしますけど……ねぇ、紗耶香さん」


「あわわわ、ま、松永様ぁ、すみません。めぐみさんはぁ、世間知らずなんですよぉ。不景気の今ぁ、シェア・ハウスとかぁ、下宿屋なんてぇ、利用者にとってはぁ、最高なんですよぉ。有難いんですよぉ」


「うふふふっ。ありがとう、紗耶香さん。めぐみさんは正直ね。仰る様に、流行らないわよねぇ……下宿屋なんて……」


 紗耶香はフォローした甲斐が無かったと落胆し、めぐみは、うっかり失礼な事を言って傷付けてしまったと反省した――


「でもね。流行らなくて良いのよ。人助けみたいなものだから。うふふふっ」


「人助けですか?」


「この辺りは生活するには便利で良いけど、家賃が高過ぎるでしょう? 私には何も出来ないけど……それでもねぇ、たとえ気休めでも、何か社会貢献が出来ないかと思って……苦学生の支援を出来ればと思って。うふふふっ」



 紗耶香は、ひろ子の優しい横顔に胸が苦しくなった。世の中には社会貢献をしている立派な人に嫉妬して、悪く言う人が一定数居る事を思い出し、その噂を信じて『SMクラブの女王様』だと吹聴した自分を恥ずかしく思い、深く反省し落ち込んでいた。だが、めぐみはSMクラブの女王様なら、若い男を食べ放題のブッフェ型式の『未亡人下宿』にするに違いないと疑惑を深めていた――



「松永様。この度は多額の寄進をして頂き、神職一同、心より感謝申し上げます」



 紗耶香とめぐみは、特別なお札と御守りを渡し、お祓いを済ませると待たせていたハイヤーに乗り込み神社へと戻って行った――



「あれ? 紗耶香さんどうしたんですか? そんなに落ち込んで」


「めぐみさん。世間知らずとか言ってぇ、ごめんなさい。噂を信じたぁ、私がぁ、馬鹿だったんですよぉ、恥ずかしいんですよぉ」


「あら? むしろ、私は謎が深まりましたけど……」



 めぐみは、ひろ子の優しい笑顔の裏側に、悲しみと憎しみを見た。単純なお人好しでも無ければ正直な善人とも言えない、只ならぬ、その気配に深い闇を感じていた――



「ただいまぁ。戻りましたぁ」


「任務完了ですっ!」


「うむ。ふたりともお疲れ様。疲れたでしょう? 社務所に行って、お茶でも飲んで来なさい」


「はぁ――い」


「やったー!」



 社務所に行くと、丁度ピースケが休憩を終えて仕事に戻る所だった――


「めぐみ姐さん、紗耶香ちゃん。お疲れさまでした。ごゆっくり。ふふんっ」


「ちょっと、ピースケちゃん。やけに嬉しそうね。何か良い事が有ったんでしょう?」


「えぇ。今日のお茶菓子は、あの、月昇庵のきんつばです。最高ですよ」


「いいや、それだけじゃないな。他にも有るでしょう?」


「めぐみ姐さん、感が良いですねぇ。今夜、仕事終わりに青春を謳歌しに行くんですよ」


「あら、良いわね。でも、ボーリングでもカラオケでもないでしょ? お友達と何処に行くの?」


「新宿歌舞伎町ですよっ!」


「歌舞伎町っ! あー嫌だ嫌だ。男ってこれだから。まぁ、ボッタくりに合わない事と病気を移されない様に気を付けてね」


「嫌だなぁ。めぐみ姐さん、紗耶香ちゃんの前で、僕が風俗にでも行くみたいな決め付けは止めてもらえます?」


「だって、夜の新宿ですよ? 裏通りですよ? 立ちんぼが沢山居てチンポが起つと云う、あの、新宿だよ? 綺麗事を言ってもダメですよ」


「もう、紗耶香ちゃん、何とか言ってやって下さいよぉ……新宿でご飯を食べて、レイトショーを観た後、下北沢の居酒屋で盛り上がる計画なんです。やましい事は何も無いので。誤解しないで下さいね」


「うん。分かったぁ。紗耶香はぁ、ピースケ君をぉ、信じている――ぞっと。気を付けて行って来てねっ!」


「うんっ!」


「チッ、イチャイチャしやがって、どーせ私は仲間外れですよぉ――だっ! きんつば食いまくってやるっ! がるるるるぅ」


「あっ、めぐみさん、私の分はぁ、取っておいて下さいよぉ!」





 ―― 夜の新宿 裏通り


 「あ―――寒いよぉ。寒くて耐えられないよ……誰か、お金くれないかなぁ……新宿は直ぐに男を捉まえられるけどさぁ……縛らせろとかぁ、小水飲ませろとかぁ、変態ばかりなんだよなぁ……家出した身で贅沢は言ってられないけどさぁ、ホテルでやり放題やられて、なけなしの金まで取れたら最悪だし。守ってくれる人も居ないし……ぐっすん。あーぁ、真人間のおじさん達に会いたいなぁ……何時かまた会えるかなぁ……」


 表通りは煌びやかなネオンが凍えるような寒さを打ち消し、乗降客数の多さが束の間では有るが孤独を忘れさせていた。だが、裏通りの家出少女にはキラキラと輝く街の灯りが雪の結晶の様に見えていた――








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